鳶田夜凪まいにち創作(2025年)

鳶田夜凪

11月17日『ゆめをみた』

 うすぼんやりとした朝焼けだった。僕は助手席に座っていた。小さなコンパクトカー……メーカーは分からない。色も。あのときの空の色と同じように、僕の記憶も曖昧なのだ。

 車はいつからか走り続けていた。あるときはアメリカ西部のような大地を、またあるときは長野のどこかのような景色のいい山道を走ってきていたような気がする。そして今この車は、途方もない時間をかけて、茫漠とした寒々しい荒野を切り分けるように真っ直ぐ走っていた。

 緯度が高すぎるのか、周囲に高木は見当たらなかった。あるのはただ、強風に吹かれるくすんだ色をした草のみだった。草木の名前など知らない私は彼らにそれを訊こうとして、寒いでしょ、窓を開けたら駄目だよ、と運転席のひとに止められてしまった。

 このひとは——性別も年齢もわからないが、便宜的に彼女と言おう——いつから運転席に座っているのだろうか。僕は彼女が眠っているのを見たことがなかった。日が何回落ちて昇っても、ひたすら何かに縋るようにハンドルをきっと握っていた。静かな、二人きりの車内には、いつもエンジンの音だけが響いていた。

 

 二人?

 

 ああそうだ、思い出した。もう一人乗っていたんだ。ひょっとしたら、このひとが乗ってくる前だったかもしれない。ずっとずっと昔、僕らは動かない車の中に二人でいたのかもしれない。急にそんな気がした。心臓がどくんとしてバックミラーに目を遣っても、そこには空白があるだけだった。でも確かにそこにいたんだ、もう顔も背たけも、声も思い出せないけれど。

 どうしたの、と隣で声がした。真っ直ぐ前を見たまま、彼女が小さく口にしていた。その宇宙のような瞳は何を見ているのだろう。僕は今、バックミラーの向こうを見ている。

 大地の果ての、あまりに強い風に吹き飛ばされてしまう草が目に浮かんだ。僕らの小さな車が路面の小さな石を拾って跳ねた。

 

 もう明るくなっていた。

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