第17話 楽園への道と内なる葛藤


勝利から数日。


二隻の船は、ブラックホール密集宙域「ヴォイド・リング」へと進んでいた。

ここは通常の航行図に載っていない、観測者種族だけが知る秘密のルート。

無数の小型ブラックホールが環状に連なり、その事象の地平線が淡く光っている。


ブリッジは静かだった。


ミケロンは操縦席の隣に座り、窓の外をじっと見つめている。

トリオンは少し離れたところで丸くなり、ピコがモニターを操作しながら時折声を掛ける。

リナと太郎はコーヒーを片手に、地図を広げていた。

ピコが画面を指差した。


「この先のブラックホールの一つが、楽園への隠し窓だよ。ミケロンとトリオンが座標を教えてくれたやつ。でも……一度入ったら、簡単には出られないかも」


太郎がミケロンに視線を向けた。


「お前、大丈夫か?故郷に帰るって決めたけど、無理してないか?」


ミケロンは少し目を伏せた。


『……正直、怖いよ。

楽園は、私が生まれた場所。みんな優しかったし、美しかった。でも、もう戻れないって思ってたのに、自分から帰ろうとしてる』


トリオンが小さな声で言った。


『私も、怖い……家出してきたばかりなのに、

また楽園に戻るなんて』


リナがコーヒーを置いて、二人(二匹)に近づいた。


「怖いのは当然だよ。私だって、家出してから一度も実家に戻ってない。戻ったら、昔の自分に引き戻される気がして」


ミケロンがゆっくりと語り始めた。


『楽園は、完璧すぎて息が詰まる場所だった。

でも、同時に、安心できる場所でもあった。退屈だけど、痛みもない。失敗もない。外宇宙に出て、初めて知ったんだ。痛みや怖さが、生きてる証だってこと』


太郎が静かに聞いた。


「お前は、もう昔のミケロンじゃない。俺たちと旅して、戦って、変わった。楽園に戻っても、引き戻されないさ」


ミケロンが太郎を見上げた。


『……うん。太郎がいて、リナがいて、ピコがいて、トリオンがいて。みんながいなかったら、私はここまで来られなかった』


トリオンが体を起こした。


『私も、ミケロンに会えてよかった。

一人で家出してたら、きっとあの衛星で力尽きてた。今は、楽園を変えたいって思える』


ピコが耳をぴくぴくさせて言った。


「情報更新。楽園内部で、革新派のデモが起きてるらしい。若い猫たちが、記憶の星の前で集まって、『外宇宙との交流を』って叫んでるって」


リナが笑った。


「私たちの発信が、火をつけたんだね」


船がブラックホールの近くに到着した。

スクリーンに、特定のブラックホールが表示される。他のものと変わらないように見えるが、

ミケロンとトリオンには「窓」が見えるらしい。

ミケロンが立ち上がった。


『ここだよ。このブラックホールの事象の地平線に、特定の思考パターンを送れば、楽園に繋がる』


太郎が確認した。


「危険はないか?執行者に待ち伏せされてないか?」


ピコがスキャンした。


「反応なし。隠し窓だから、保守派も完全には把握してないみたい」


ミケロンが深呼吸するように、体を一度震わせた。


『いくよ。みんな、準備して』


二匹の猫が前足を虚空にかざす。

テレパシーで思考パターンを送信。

ブラックホールが、淡く虹色に輝き始めた。

空間が開き、船を優しく包み込む。


――視界が白く染まる。


次に目を開けたとき、船はネコ・エリシオンの内部に浮かんでいた。


無限のふわふわの草原。

ミルクのような川。

空には、無数の記憶の星が輝いている。

遠くに、無数の猫たちがいる。

驚いた顔で、船を見つめている。


ミケロンが震える声で言った。


『……帰ってきた。楽園に』


だが、草原の向こうから、大勢の執行者たちが近づいてくるのが見えた。保守派の最終部隊。

そして、同時に、若い猫たちの群れが、別の方向から集まってくる。

革新派だ。

二つの勢力が、船の前で対峙しようとしていた。ミケロンが一歩前に出た。


『これで、終わりじゃない。ここから、本当の話が始まる』


船のハッチが開き、五人(三人と二匹)は、楽園の草原に降り立った。

古き猫たちの幻影が、空に現れ始める。



決戦の時が、来た。






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