暇だから言ってみた「光あれ」

アインソフ

プロローグ

1周忌

『この一瞬が、永遠に続いたらいいな』


何の変哲もない長閑な春の一時、特に急ぐべき仕事もなくただダラダラと、リビングに4匹の猫と一緒に呑気に寝転がって男は考えた。


家族愛猫達と一緒に気持ちよくくつろげるこの瞬間こそ、幸せそのものではないだろうか。

できればこの瞬間が永遠に続きますように、と。



                 ***



その願いもむなしく、長男の猫が遠くへ、あの世へと旅立ってちょうど1周忌になった。


「お前、もしかしたら猫又になっているんじゃないの?」


22歳になるまで長寿していた長男猫に向かって、そういうふうにからかいながらも随分長生きしてくれたなぁと感謝していたある日。

眠るように安らかに、長男猫は苦しまずに新しい世界へと冒険の旅に出た。


人の歳に換算すれば104歳の長寿で、まさに大往生といえる最期だった。

しかし、だからと言ってペットロスが来ないわけがない。

愛猫家同士の体験話で、「親が亡くなった時にも平気だったのに、飼い猫が死んだ時はそれはそれは大泣きした」という話を聞いていくらなんでもそこまでは…と思っていた彼だったが、長男猫が最期を迎えようとしていた時には、号泣しながらこう語りかけていた。


「もっといい暮らしをさせてあげられなくてごめんなさい。狭いマンションで窮屈な思いをさせたね。でも、お前はもう自由だ。行きたいところへ、心が赴くまま自由に行きなさい。

 もし私に会いたくなっても、この星には戻って来ないでくれ。猫に優しくないこの星にまた戻ってきて、もし私とすれ違いになったら困るから…

 いつか、私の方からお前のいるところに会いに行くから、いつかまた会えるあの日まで、しばらく我慢してくれ。

 そしてー」



それから悲しみに明け暮れていた日々が去り、ようやく日常に戻った頃ちょうどやってきた一周忌。


非日常はなんの前触れもなく、いきなりやって来た。



                 ***



ペットロスから立ち直ったと思っていた男だが、どうやらそうはいかないようだった。

彼は今朝、何気なく見たSNSの過去ログで今日は長男猫の一周忌だと知り、どうしようもないやるせない気持ちに駆られていた。


『ああ、もう一年が経ったのか』


男は今にも号泣しそうな気持ちをかろうじて押さえ込み、少しでも気を晴らそうと、わざわざ忙しく振る舞いながら用事に出かけた。



                 ***



仕事関連のミーティングに出たり、友人に会ったりするなどの用事を済ませた帰り道に、行きつけのペット病院によった。

次男坊の猫ももう20歳をすぎたけど、この子も猫又にはなってくれていなかった。まあ、当たり前と言えば当たり前なんだろうけど、老猫というのは色々と健康管理が大変なので常用しているお薬を買いに来たのだ。幸い腎臓にはまだ問題がないけど、腸の軽い炎症のためのお薬とか、 栄養剤とかが欠かせない。


様、あまぎたいき様-」


お薬の用意が終わったのか受付の係員が自分の名前を呼ぶ声を聞いて、男は苦笑を浮かべた。スタッフの呼び方は普通に考えれば間違っていない。でも男の名前はそれではなかった。


『行きつけの病院だから、常連の飼い主の名前ぐらい覚えていてほしいけどね…』


と思ったが、改めてみると受付の係員は見なれない顔だった。今までそのことに全然気づいてなかったのか、と男はまた苦笑した。これでは他人のことを無神経とは言えないな、と。


「すみません、天城大輝()ですが…」


「えっ?…… あ!申し訳ございませんでした!4*歳男性、あましろおおてる様。ノルガーちゃんの飼い主のお方ですね?」


「はい」     


「誠に申し訳ございません。前の受付担当が産休で休んでおりまして、交代に入ってきて日が浅く…」


「いえいえ、よくあることですからお気になさらず。それより会計をお願いします」


「はい。ノルガーちゃんとそのほか2匹分の炎症薬と栄養剤1ヶ月分、合わせて2万5千3百円になります。」


「はい。カードでお願いしますね」


「承りました。一括払いでよろしいでしょうか?」


「ええ」



そう、彼の名前は天城大輝あましろおおてる

よく、あまぎと呼ばれたりたいきと呼ばれたりはするけど、苗字と下の名を全部間違えられるのは…結構ある。



                 ***



「ただいま〜 みんないい子にしてた?」


仏壇とまではいかないが、長男猫の遺影写真の前に供えようと、生前に好きだったおやつも買って帰ってきた。玄関のドアを開けながら、待っているはずの猫たちに声をかけた。


「あれ?」


玄関には、誰もいなかった。

普段なら、3匹のうち少なくとも1匹は「おかえり」と言わんばかりに玄関まで迎えに来るはずなのに、今日は誰も姿を見せない。

寝ているのかと思ったが、猫は鋭敏な生き物だ。玄関で待っていないこと自体は不自然ではないが、靴を脱いでリビングに向かう間も何の反応もないのは妙だった。


『いや、違う。誰かいる?』


猫たちが反応していない訳ではなく、他の誰かに気を取られている。

奥の方に誰かがいるような気配を感じた。


誰かが侵入した?

猫たちに、何かあった?


そんなことは考えたくもない。不安に駆られながらおそるおそるリビングを進んでいたら、不意に寝室の方から誰かの声が聞こえてきた。


「ノルガー、いつまでいじけているつもりだ?私だよ、兄さんだ。

 イーシャ、気持ちはわかるけど、舐めるのはほどほどにしてくれよ、くすぐったいぞ。

 いたっ、アーシャ、噛むな!まったく、お前ってやつは……

 おお、皆、父上がお戻りのようだぞ」


聞き覚えのない、渋い声に酷く戸惑いを感じた。

その声の持ち主は猫たちと親しく戯れあっているようだが、天城家の猫たちはみんな人見知りだ。天城の友人が家に遊びに来ても戯れあうどころか、皆隠れて顔を見せようともしない。なのにこの声の主は猫全員の名前を知っている上に、親しく接しているようだ。


というか、「兄さん」だと?


戸惑っていると、寝室のドアが開き、中から大きな人影が現れた。

2メートルはありそうな長身で、引き締まった筋肉が洋服の上からもわかるような屈強そうな体。


瞬間、生き物としての圧倒感で息が詰まりそうになるのを感じた。

咄嗟に身構えたが、あのような相手に何もできないだろう。


そう諦めていたがその顔を見た瞬間、天城は今夢でも見ているのか、と混乱してしまった。


エメラルドの瞳、黒い縦長の瞳孔、顔全体を覆ったブルーグレイの艶のある毛並み、頭の上に鋭く聳えている1対の三角の耳、真っ直ぐな鼻筋と黒い鼻先、口元から横に生やした何本かの猫ひげ、ぷにぷにとした口元。


……不審者の肩の上にあるのは、猫の頭。

つまり、侵入者は所謂「猫の獣人」だった。


しかも、その顔はこの1年間、忘れたことのなかった懐かしい顔だった。

夢の中ででも会いたいと切に願っていた長男猫の顔。


そんなことがあり得るのか?


これは夢?幻覚?


混乱していたところに、目の前の猫頭の男が話しかけてきた。


「おひさしゅうございます、父上」


『チチウエ?ナニソレ?』


その声を聴いた瞬間、理性が限界まで追われ、気が遠くなるのを感じて、天城はそのままリビングに倒れ込んだ。


「父上!お気を確かに!父上!」


父上を連呼するあの男…猫獣人…いや、お化け?の声を横に、意識は完全に闇に落ちた。



                 ***



「三途の川辺か、ここは…」


いっぱい花が咲いた野原。

天城はその川辺にぼうっと座り込んで、ふと思ったことを口にした。


「…川の向こうから私を呼ぶ知らないおじいさんは…」


「いるはずがないじゃないですか」


「だよな…って、ええっ?!」


いきなり聞こえてくる声にびっくりして横を向くと、そこには夢にでも会いたがっていた長男猫の姿がいた。


「ラシオン!お前…」


「おひさしゅうございます、父上。」


「やっと会いに来てくれたんだね!ああ、お前の夢をどれだけ見たがっていたことか…」


「お気持ちは察しますが、これは夢ではありませんよ。」


「え?」


「だから夢ではないって。」


「えっ。まさか、私、死んだ?もうあの世?だからお前に再会できた?

 た、大変だ、ノルガー達がまだ現世に…」


普段からあまり生への執着は持っていなかったと思っていたけど、まだ面倒を見てあげなけれならない猫たちを現世に残したまま死ぬことだけは忍びない。

大事な家族、面倒を見てあげなくては生きていけない幼い子供達を残したままでは……


「父上、目を覚ましてください。」


「ああ、そうだ。とりあえず落ち着いてあの子達を助ける方法を…」


「いや、だから…」


「どうすれば生き返れる?うおおおい!責任者をよべ!私はまだ死ねないよ!」


ひどく混乱してとんでもないことを言って騒いでいる天城を見て、猫のラシオンはやれやれと仕方なさそうに頭を振った。


「仕方ありませんね。不本意ですが… どうぞおくらいを!ネコパーンチ!」


「アベシ!?」


あの小さく可愛い(と思うのは多分天城だけだろうけど)お手で飛ばす力一杯のビンタが

思った以上効いたけど、ああ、最高だ、この肉球の感触は-と思いながらー


- パチッ


目が覚めた天城は、いつの間に眠りに落ちていたのか怪訝そうに思った。

同時に、やっぱ夢だったんだなとも、切なさを感じていた。


『あいつ、どうせ夢に出てくれるのならもっといいシチュエーションで出てほしかったな』


ビンタを飛ばしてきた肉球の感触は今にも新しい。

天城は内心、あの懐かしい感触をもっと堪能したかったのに、なんでこうも早く目覚めてしまったのか、惜しいなと思っていた。


が。


-ぷに


夢の中で感じていた長男猫の肉球の感触が、まだ残っている。

そう、この感触だった。なんて気持ちいい…… いや、なんかやけに心地いい気がした。


誰かに抱かれているような、すごく安心感のある懐…


懐?


「父上、やっと目を覚まされたか」


「ぎゃあああああ!」


どういうことか、先ほどの猫頭の男に抱きしめられている自分に気づき、思わず悲鳴をあげてしまった天城だった。








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【作者の一言】

ずっと前から、いつかは書いてみたいと 思っていた物語がありました。


小説を書くのは今回が初めてで、 至らない点も多々あるかと思いますが、 少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。




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【更新予定】


1月1日~4日 プロローグ、毎日0時更新


1月5日以降 毎週月曜・木曜、0時更新


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それでは、どうぞよろしくお願いいたします。


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次回、第2話「オカエリナサイ」


1/2(金) 0時更新 お楽しみに。



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