“天下無双” “ダンス” “布団”
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
薄暗い部屋に漂う不気味な雰囲気。桃色の霞が立ち込め、雛人形たちが布団の上で生き物のように踊っていた。まるで何かを伝えようとしているかのように。その光景に、美咲の胸は重く締め付けられる。夢から覚めるたび、冷や汗が布団を濡らし、胸の奥には奇妙な既視感が広がっていた。
美咲は、母の陽子に強い憧れを抱いていた。陽子は聡明で気品があり、村の人々からも尊敬される存在だった。特にひなまつりの時期になると、陽子は丹念に美咲のためだけに雛人形を飾り付け、美咲もその時間を心待ちにしていた。
だが、その光景を目にするたびに弟の光輝は顔を曇らせた。
(お姉ちゃんばかり、ズルい)
彼の目には嫉妬の影が色濃く映り、美咲はそれを理解しながらも、どうすることもできなかった。
―呪いの始まり―
ある日、光輝は裏庭の小さな森で奇妙な出会いを果たす。苔むした切り株の上に、背丈が15センチほどの小さな妖精が現れた。光輝は戸惑いながらも、胸の中に芽生えていた憎しみを口に出した。
「母さんに呪いをかけて、美咲のことなんて忘れさせてしまいたい」
妖精は不気味な笑みを浮かべ、小さな手を差し出した。
「その願い、叶えてあげる。ただし代償を払ってね」
光輝は考える間もなく頷いた。
その日から陽子に変化が現れた。彼女は家の中で突然泣き崩れるようになり、手の施しようがないほど感情的になっていった。村の古い伝承によれば、「三人上戸」の泣き上戸は不吉とされ、そうした者は厄を呼び寄せると恐れられていた。村人たちは次第に陽子を避けるようになり、家族の周囲には冷たい空気が漂い始めた。
―漂着した人形の呪いの噂―
一方、村では別の噂も広がっていた。何年も前、浜辺に漂着した雛人形が原因で、村に疫病が広がり、農作物が壊滅したという話だ。その影響は今も続いていると信じられ、雛人形は災厄を引き受けるために存在するとされていた。しかし、その雛人形自体にも呪いが宿る可能性があるという伝承も同時に囁かれていた。
陽子が飾った美咲の雛人形にも、何か不気味な力が宿っているようだった。その証拠に、美咲は夢の中で何度も雛人形が布団の上で踊る姿を見ていた。そしてその度に、美咲の中で漠然とした不安が膨らんでいった。
悲劇の結末 ある日、美咲は小学校で忽然と姿を消した。授業中の教室。机には彼女の名前が彫られた木札だけが残り、誰も彼女の行方を知る者はいなかった。その知らせを受けた陽子は、家に帰ると美咲の布団の上で踊るように配置された雛人形たちを見つけ、絶叫した。
光輝はその様子を冷静に見つめ、胸の内に満ちる奇妙な達成感を覚えていた。誰もが何もかも自分の思い通りになるという支配感は、少年を「天下無双」とでも言うべき高揚感で身を包んだ。彼は妖精の力を借りて手に入れた母の変貌と姉の失踪を、自分の勝利と感じていたのだ。
しかしその夜、母の部屋にも異変が起こった。妖精が布団の上でダンスをしていたのだ。すると急に、布団の足元から冷たい手が伸び、不気味な笑い声が耳元で響いた。振り返るとそこには、美咲の雛人形が立ち尽くしていた。その目は赤く輝き、光輝に向かって何かを囁いているようだった。
―翌朝―
光輝もまた姿を消した。この家には誰も残らず、雛人形の「泣き上戸」だけが、光輝の布団の上に静かに佇んでいたという。
『KAC2025 ~カクヨム・アニバーサリー☆ 1~5 』 越知鷹 京 @tasogaleyorimosirokimono
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