第3話・出世したくないから褒めないで


 ダンジョン都市スタンリー。

 今、ユーリきゅんが活動拠点としている街の名前だ。


 異世界転生モノの例にもれず、この世界にはダンジョンがあるし、そこに潜ることを生業としている冒険者という職業だってある。

 俺だって、せっかく異世界転生したんだから冒険者になりたかった。


 でも、俺が転生した肉体の持ち主ことユーリきゅんは、転生者狩り組織の一員だった。辞表を叩きつけて辞めればいいのだが、いろいろ理由があって辞められない。

 仕事辞めてぇなぁ、とため息をつきながら通りを歩く。


 スタンリーの市場通りにはいろんな出店があって、おっさんやおばちゃんが今日も元気に呼び込みをしていた。子供たちは往来を駆けまわっているが、基本はストリートチルドレンのスリなので気をつけなきゃいけない。そんな風に市場通りは猥雑な活気に溢れている。基本はくさい。糞尿から肉の焼ける匂い、甘いバニラやフルーツに花の香りとか混ざり合っていてカオスだ。


 でも、一歩通りを外れ、裏道に入ると、とたんに治安が悪くなる。普通に死体が転がったりしてるしね。そんな生と死、人々の生活が混沌とした街がスタンリーだ。だいたいダンジョンを中心に発展しているダンジョン都市は、どこも似たような雰囲気になるらしい。


 俺は市場通りを抜け、二階建てのバラック小屋のような建物がひしめく裏通りへと入っていく。少し歩くと大通りの喧噪はどこか遠くなり、ねめつけてくる住人たちの視線も鋭くなっていった。普通に追いはぎや通り魔と出くわす場所だが、頭のイカれた教団員こと狩猟使徒に喧嘩を売ってくるバカはいない。地回りのヤクザみたいな盗賊ギルドに話もつけてるし、この辺りはもう顔パスだ。


 俺は指定のあったバラック小屋の扉をノックする。返事は無い。鍵もかかってないので、そのまま扉を開ける。真四角の部屋の中央にテーブルがあり、椅子が二つ。その奥の椅子に黒衣をまとった男が座っていた。


 どこにでもいるようなよくある顔つきの男だ。それ故に何度見ても顔が覚えられない。まあ、そういう精神系の魔術スキルを使っているのだろう。この男がユーリきゅんの上司であるザブロックだ。


「早いな」


 ザブロックはポツリと言う。声もどこかで聞いたことのある声だが、会う度に違う気もする。


「時間を守るのは雇われ人の基本ですから」


 主に生前の日本ではそうだった。嫌でもサラリーマン時代の習慣は抜けてくれない。


「カナタ・サトウの件だが、伯爵も正気に戻られたよ。今後は、これまで以上の協力をしてくれるそうだ」


 だが、洗脳されていた少女たちは大変だった。

 佐藤を倒した後、チートスキルから解放されたが、どうやらハーレム時の記憶は残っていたらしく、事態を把握した彼女たちは三人とも半狂乱になって泣き叫んでいた。


「アイシャ様や他の被害者の方々はどうなりましたか?」

「主に精神的な瑕疵かしがある。伯爵令嬢が慰み者として扱われていたとなれば醜聞だ。関係者全員、魔術スキルによる忘却処置だろう」


 それで全ての問題が解決するわけではないが、忘れることで救われることもあるだろう。


「カナタ・サトウだが、わかっているだけで四十七件の殺人事件。八十三件の行方不明事件に関わっていた。婦女暴行に関しては屋台の料理感覚だ。数えるのも嫌になる」


 ザブロックが嘆息気味にため息をつく。

 異世界転生者が全員悪党というわけではないし、誰しも最初は普通の人間だ。でも、みんな判を押したように頭のおかしいサイコパスになってしまう。それも全てクソ女神が悪い。


「カナタ・サトウ討伐の件で追加の報告はあるか?」


 ここだ。ここからが重要なやり取りになる。

 正直、俺は転生者狩りみたいな死亡率五割越えの危険な仕事をしたくない。俺が死ねば推しのユーリきゅんまで死んでしまうのだから当然だ。

 でも、辞めますと言って辞められる組織じゃない。辞めるには逃げるしかないが、当然、追手は差し向けられるだろう。ジャパニーズ忍者だって抜け忍は殺される。

だったらもう方法は一つしか無いのだ。


「……非常に言いづらいことなんですが」


 視線を落としながら俺はモニョモニョと声を出す。


「カナタ・サトウ討伐の諸経費なのですが、トータルで……」


 チラリとザブロックを見つつ五本の指を立てる。


「……五億かかりました。とりあえず戦線のツケにしてます」


 お金のレートは日本円と同じくらいだ。屋台の焼き鳥みたいな料理が一本百ジェムちょいだからね。早い話、俺は組織名義で勝手に五億ジェム使ったのだ。


「いや~……魔戒石って高いじゃないですか。それをダンジョンの一室に敷き詰めたんですよね。職人には急ピッチでお願いして……それで、ほら、魔戒石って持ってると魔術スキル使えなくなりますし、運ぶのだけでも職人の護衛やら何やらで人手が必要になったんですよね~」


 ヘラヘラ笑いながら言う。

 客観的に考えて、俺の行為はイカれている。


 日本の会社で考えてほしい。平社員が自己判断で勝手に会社の金を五億円も使ったのだ。そもそも日本の会社じゃ不可能だし、やったら解雇どころか訴えられるだろう。

 やらかし過ぎれば無能として排除される。当然、そのリスクはある。


 だが、厄介なことに、俺は成果を上げてしまっている。しかし、どう考えてもトータルではマイナスだ。だって五億だぞ。狩猟使徒が一生かけても稼げない金額だよ?


 となれば、当然、俺の評価はマイナスになるだろう。

 最低限の成果は出すけどマイナスのほうがデカい。この塩梅を繰り返しながら、俺は自分の評価査定を下げていきたいのだ。


 そんな働けば働くほどマイナス積み上げてく奴なんて、表に出してはおけない。かといって殺すほど無能でもない。となれば、まあ、資料管理とか通信伝達とかいわゆる窓際部署にぶち込んで飼殺すしかなくなるだろう。

 そう、俺の狙いはそれだ。


 殺されない程度にやらかしながら窓際部署に飛ばされる。


 そして、そこから始まるスローライフ!!


 ハーレムや俺ツエーができないなら、せめてスローライフくらいはやらせてくれ。

それが最後の望みなんだよ!


「五億か……」


 ザブロックがポツリと呟く。よし、怒鳴ってくれ。パワハラや恫喝は前世のブラック企業で慣れっこだぜ。でも、殺すのは勘弁してくださいっ! 死なない程度の暴力なら耐えますからっ! あ、でも顔以外でお願いしますっ! ユーリきゅんの顔は国宝なんでっ!!


「ふむ、安いな」

「え!?」


 一瞬、耳を疑った。


「なにをそんなに驚く?」

「いや、え? だって五億ですよ? たかが転生者一人狩るのに……」

「その程度の金額ならば伯爵が喜んで払うだろう。戦線から達成報酬として請求しておく」


 金銭感覚おかしいよっ!!


「え? いや、でも、勝手に発注したりしてますし……ほら、勝手にダンジョン改造しちゃったりしてますし!」

「結果、狩猟討伐には成功している。気にする必要は無い」


 違う! そうじゃないっ! 俺が思ってたのと違う展開だっ!


「いや、でも、考えてくださいよ。他の狩猟使徒なら、あの程度の転生者を狩るのに五億は使わないと思うんですよね。そりゃあ、組織の懐が痛まないにしたってお金は大事じゃないですか」


 ザブロックはフッと笑った。


「カナタ・サトウをあの程度と言うのか、君は……さすがはシュルトバッハ辺境伯の血筋だな」

「そうです! あの程度ですよ! 他の人なら五億とか使わないと思いますっ!! 私はよくないことをしたっ! あー本当に無駄な金を使ってしまった!! 私は私を許せません!! どうぞ罰してくださいっ!! どうか正当に罰してください!! 史料編纂でもなんでもしますからっ!!」


 ザブロックは苦笑を浮かべてからため息をついた。


「なにをそんなに不安がるんだね? 君の成したことを私は正当に評価している」

「はい! 正当に評価してくださいっ!! 五億の使い込みはダメですよっ!!」

「安心しろ。私から上には君の成果だとしっかりと伝えておく」


 安心できないんだが? え? なにこの流れ?


「五億ですよ? もう一度よく考えてください。だって普通はザブロックさんに許可とかもらうじゃないですか。そういうことしてないじゃないですか! 独断専行ですよ!」

「狩猟使徒は基本、現場判断だ。邪神の使徒を狩れるのであれば、大抵のことは看過される。私もそうやって成果をあげてきた」


 前世のブラック企業よりコンプライアンス意識がガタガタじゃないか! ちくしょう! 現代日本の倫理観と産業心理学無双で組織論を一から叩きこんでやりたい! いや、ダメだ! そんなん余計に出世してしまうっ!!


「それにだ、私服を肥やすために使えば、背信行為として討伐対象にはなるが……」


 あ、やっぱ殺されるんですね。よかった~、着服しないで……。


「邪神の使徒を狩るために使ったのだ。君は誇れることをしたし、仮に君が着服してたとしても、私はそれを咎める気は無い」

「着服は咎めてくださいよっ!!」

「したのかね?」

「してないですけど!! お願いします! 正当に罰してくださいっ!! 私は役立たずなんです!! 史料編纂や裏方で一からやり直させてください!」


 不意にザブロックの眼球から光が消えた。


「君において、そんなことは無いと思うが、まさか使徒として転生者を狩るのが嫌になったということはないだろうね? いや、時々いるんだよ。誓いを忘れてしまう者が……」


 威圧感がハンパない。笑顔ではあるのだが、背筋がぞくっとする。


「私たちは神の猟犬だ。狩りの誓いを忘れた豚に使徒を名乗る資格は無く、背教者に生きる価値は無い。私は常々、そう思っている」


 うん、やっぱり逃げたら殺されるね。ザブロックさんにブチ殺されるね。

 鏖殺おうさつのザブロック、血飛沫製造機ブラッディ・ミスト、聖なる処刑人、チーターキラーの通り名はダテじゃない。


「ザブロックさん、冗談でも言っていいことと悪いことがあります。異世界転生者なんて即ぶち殺しますよ。ですが、その足手まといになるくらいなら、私は私の感情よりも組織としての実利を取るだけです。そういう提言です。いくらザブロックさんでも私を背教者扱いは聞き捨てなりませんね」


 こちらも一応、怒りを込めて睨み返す振りはする。生前、何度も殺したくなった上司の顔を重ねつつ。


「冗談だ、忘れてくれ。私も君のような有能な部下を亡くしたくはない」


 無くすじゃなくて亡くすって聞こえたのは気のせいだと思いたい。これ以上、ごちゃごちゃ言ったら、裏切者候補に名前が並びそうだ。


「君の組織への忠誠心は理解している。だが、その反省は次に活かしてくれ。だからと言って、君という人材をうしなうわけにもいかない。使うべき時に使うからこそ、金には価値がある」


 ザブロックは立ち上がり、にっこり笑いながら俺の横に立ち、肩に手を置いた。


「引き続き君には期待しているよ。次の査定は期待しておいてくれ」


 言いたいことだけ言ってザブロックはバラック小屋を出ていった。

 俺はただうなだれることしかできない。


「次はもっとやらかしてやる……五億じゃダメだ。もっと損失を出さないとダメだ。組織が無視できないマイナスを積み上げてやる……殺されない程度に……」


 イカレた暗殺組織で出世なんてしたくないんだよっ!!


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転生したら転生者を狩る暗殺教団員でした~出世拒否して、理想の俺(推し)を布教する~ 谷夏読 @koizukasakuya17

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