勇者と魔女
藍銅紅@『前向き令嬢と二度目の恋』発売中
勇者と魔女
田舎で生まれて育って。
剣なんか持ったこともなかったのに。
勇者しか抜けない聖剣とやらを持たされて、鞘から剣が抜けて、白銀の光を放ったから。
オレが、勇者だ……って、言われて。
呆然としているうちに、王城に連れていかれて。
大勢の貴族の前で、王様に「魔王を倒す」とか誓わされて。
「魔王を倒した暁には第三王女との婚姻を認めよう」とか言われて。
確かに第三王女サマはすんごい美少女だったけど。白い肌と金の長い髪と赤い唇と……整った、作りものみたいで。人形みたいで。人間には思えない。
そんな王女との婚姻なんて、褒美にならない。
何もいらないから、村に帰してくれ。
村には、好きな女がいるんだって。
オレは、ちゃんと、言った。
言ったのに。
田舎の村で、早起きして、洗濯して、料理をして、家畜の世話をして。日に焼けてそばかすだらけの顔で、その顔をくしゃくしゃにして大笑いする彼女が好きで、彼女の誕生日には求婚するつもりだったのに。
彼女だって、オレが求婚したら、きっと嬉しいって言ってくれると思うのに。
だって、彼女はオレに言った。
「あのね。バラの花とか百合の花とか、そんなのは要らない。その丘に生えている、名もない黄色いかわいい花。それを摘んで、あたしに好きって言ってくれたら嬉しい」
彼女が、待っていてくれるんだ。
世界なんてどうでもいいから、村に帰してください。
魔王も王女様もオレにとっては遠い世界の、絵本の中の、作り話みたいなものにしか感じられない。
オレには無関係。
騎士とか王子サマとか、そういう偉い人が、魔王を倒して、世界を平和に導けばいい。
……だけど、オレが、魔王を倒さないと、田舎の村も、口を大きく開けて笑う彼女も。
全部が全部、魔物に滅ぼされてしまうんだって。
だから、聖剣とやらを振って、魔物を倒して、倒して、倒して。泥にまみれて、血を流して。痛みをこらえて、倒して倒して倒して……。
最終的には魔王も倒して。
これでもういいだろう。
オレを村に帰してくれ。
彼女が待っているんだ。
彼女に求婚して、故郷の村で、山羊を飼って、畑を作って、彼女と一緒に平凡に生きるんだ……って、ちゃんと言ったのに。
第三王女サマには愛する男がいるとかで。
その男は、オレの従者として、魔王討伐の旅に付いてきて。
旅の手配とか、食料の準備とか、きちんとしてくれる従者で。
信頼していたのに。
魔王を倒して、魔王の城から出た途端に、オレを背中から、躊躇なく、刺した。
「従者のフリは辛かったが。魔王を滅ぼしたのだから、もう演技も不要。勇者、お前を殺してこの私がお前に成り代わり、第三王女と結ばれる」
第三王女なんてどうでもいい。
勇者役もどうでもいい。
放っておいてくれれば、オレは、勇者ご一行様御帰還なんて、仰々しく王都なんかに行かないで、そのまま村に帰って、彼女に求婚したのに。
「キサマが生きていると困るんだよ」
ただそれだけで、オレを殺した。
何なんだよ、従者のフリでオレの命を狙っていたのかよ。
そんなことしなくても、第三王女なんてどうでもいいのに。欲しけりゃ勝手に持って行けよ。
オレが、欲しいのは、たったひとつ。
彼女の、笑顔。それだけなのに。
ああ……。
魔王なんて倒さなければよかった。
従者だったお前も、第三王女も、この世界も、滅びてしまえばいいのに。
オレは彼女と。
二人で平凡に過ごせれば、それだけでよかったのに。
目の前が、暗くなる。
ああ、死ぬんだな……って思った。
なのに。
死ぬ間際の幻影なのか。
それともここは死後の世界なのか。
いつの間にか、オレは、魔王城を出たばかりの外の場所ではなく。
懐かしい田舎の……、山羊なんかが草を食んでいる丘にいて。
彼女に膝枕をされて、風に吹かれていた。
「え……?」
「おはよう。よく寝ていたね」
彼女が笑う。大きな口を開けて。よく日に焼けた肌で。そばかすの浮いた顔で。
「え……?」
起き上がって、きょろきょろとあたりを見回す。
……オレと、彼女が、共に過ごした、田舎。
空は青く、雲は白い。草は緑で、丘には黄色い花が咲いていて……。
「オレは、夢でも見ていたのか……?」
勇者に選ばれて、魔王を倒して、信頼していた従者に殺されて……。
彼女が首を横に振る。
「ううん。全部本当。あのクソ従者に背中からナイフで刺されて、死んだのよ、あなたは」
だったらどうして……。
「全部見ていたから、あたし。あなたが魔王を倒して帰ってくるのなら、全部不問にしようと思ったのに」
いつの間にか、彼女は大きな鏡を手にしていた。
どこから出したんだ、この鏡……。いやそれより。
鏡には、オレがさっきまでいたはずの魔王の城が映っていた。
「今のあたしには、魔王なんて、そんなもの、いくらでも作れるの」
彼女が、ぼそりと言う。
「あなたが聖剣で倒した魔王。まだ体が残っているから、ちょっと修復して、もう一度命を与えちゃうね」
「え……?」
彼女は鏡の中に手を入れる。そして、その手が動く。
「さ、これでいいわ」
鏡に映っていたのは……魔王。オレが倒す前の、ふてぶてしい顔をした……。
「あと二体か三体くらい、世界のあちこちに魔王と魔王城を作るわ。ついでに魔物もたーっくさん生み出しておくね。それから……、この村と丘と川とか……、そこだけはあたしとあなた以外誰も入れないように結界を張っておく。また、この村での生活を脅かされると困るから」
にっこりと笑う彼女。
「えっと、それはいいんだけど、あのさ、その鏡って何? どうして魔王を作れたり、魔物を生み出したりできるんだ……?」
ごく普通の村娘だったはず……。
聞いたら、彼女はさみしげに笑った。
「あたしが怖い?」
「いや? 怖くなんてないけど。前からそんなことできたっけ……?」
「ううん。前はできなかった。だけど、今はできる」
「何で……?」
「あたしも一回死んだから」
「え?」
「勇者が、田舎の青年であるという事実が、王様や貴族たちには不本意だったのよ。だから、この村出身の勇者という事実を消すために、村ごと全部滅ぼした」
彼女は言った。
オレが聖剣を抜いて、勇者にされて、この村から王城に連れていかれた後。
この村の人間は、全員、王の命令によって、殺された。
淡々と話す彼女。
呆然とするオレ。
「じゃあ、アイツ……、オレの従者……が、魔王を倒した後、オレを殺したのは、アイツと第三王女だけの考えじゃなくて……」
彼女はこくんと頷いた。
「ああ、魔王を倒したのは、元々第三王女の婚約者だった侯爵家のご令息……ってコトになっているわよ。ご令息は第三王女への愛故に、勇者となって魔王を倒し、第三王女と結ばれたんだって」
つまり、オレは、もともと存在しなかった……ってことにされた。されたっていうか、王族や貴族は、侯爵家のご令息が本当の勇者ってことにしたいんだ。
そのために、オレを殺しただけでなく。オレが生まれて育った村も……。
なんて勝手な……。
「王とか王女が描いた筋書き通りに、魔王を倒して世界は平和になりました……ってなるはずだったけど。あなたを取られて、村を焼かれて、あたしも殺されて……。呪って、呪って、呪ったあたしが魔女になることまでは、王女様たちの想定外だったみたいねえ」
「魔女」
「うん、そう。あたし、魔女になっちゃったの」
「魔女……」
魔女。
呪い。
オレは、その言葉を繰り返した。繰り返すしか、できなかった。
「あなたが勇者になって魔王を倒しても。帰ってきてくれれば、あたしは帰りを待っていた村娘って役で終わったと思うんだけど。でも、お父さんもお母さんも村の人も全員、山羊や馬や羊や鳥や畑や作物も……全部焼かれて、あたしも焼かれて、呪った。呪って呪って……あなたまでナイフで刺されて死にそうになって。……許せなくて」
寂しそうに彼女が笑う。魔女になってしまった彼女が。
「世界を呪う魔女になって、生き返ってからずっと、この鏡で、ずっとあなたの様子を見ていたの。生き返ったばかりのころは、あたし、魔女の力をうまく使うことができなかったけど……、今、なんとか、あなたも生き返らせることができた」
もしかして、オレが無事に魔王を倒すことができたのは……彼女が魔女の力で守ってくれていたのかもしれないなんて、ぼんやりと思った。
ぼおっとしているオレに、彼女はふっと笑った。
「魔王よりひどい魔女があたし。だって、世界を亡ぼす魔女だもの」
あたしが作り直した魔王たちとたくさんの魔物が、そのうちにこの村以外の世界のすべてを亡ぼすでしょう……、そう言って、さみしく笑う彼女。泣き出しそうな顔。
オレが見たかったのは……、そばかすの浮いたその顔をくしゃくしゃにして大笑いする彼女。
だから、オレは。
しゃがんで。
黄色い花を摘んで。
束ねて。
彼女に差し出した。
「誕生日には間に合わなかった。ごめん。だけど、遅くなったけど、言う」
死に戻りのオレと死に戻りの魔女。
結界の外の世界は、魔女が作った魔王たちと魔物に滅ぼされてしまうかもしれないけど。
どうでもいい。
オレを騙して、殺した奴らなんかどうでもいい。
無関係な人もいるけど……、そいつらを庇護するのは王族の役目だろ?
オレも彼女も元々は村の人間。
他人なんて、守るべき対象じゃない。
世界がこうなったのは、オレのせいじゃない。彼女のせいでもない。
王が、王女が、従者だった令息が責任を取ればいい。
空は青く、雲は白い。草は緑。
魔女が張った結界の中。
誰も入れない二人きりの場所。
「一生、オレと、一緒に生きてください」
魔女になった彼女は、顔をくしゃくしゃにして、泣きながら笑った。
オレも、泣きながら、笑った。
たとえ、世界が滅びても。
たとえ、誰かに恨まれても、恨んでも。
青い空と白い雲と……黄色く小さなかわいい花と……彼女の笑顔があれば。
もう、それでいいだと思えるオレは……すでに勇者なんかじゃなく、身勝手な、死に戻り。
終わり
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1/1 文章修正いたしました
1/1 小説家になろう様のほうで、[日間]ハイファンタジー〔ファンタジー〕 - 短編 4位 をいただきました!
魔女視点、投稿!
お読みいただけると嬉しいです。
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