【カクヨム11短編】ただのオークですけど?

腹減りマンモス

ただのオークですけど?




「は……? あなた、オークではないの?」


背後で冒険者が驚きの声をあげていた。


「……オークですけど?」


僕の姿を見たらわかるじゃん。


一言で説明すると、怪人、ブタ人間だ。



                ☆



三月下旬。ちょうど春休みの最中、僕はオークに転生した。


前世は日本人だった。

生まれつき国の指定する難病にかかってしまって、やりたいことは何もできないまま、ベッドの上で命を引き取った。


享年十五歳。

高校には入学したけれど、学校には一度も通ったことがありません。チーン。


その後、出会った神様と面談をして、『病気に負けない丈夫な体をください』と言ったら、剣と魔法のファンタジー世界で第二の人生を送れるということで話がまとまった。


何が起きたのかは薄々わかってた。

前世はほとんどベッドの上で過ごしていたから、よく本を読んでいたんだ。

おかげでピンときた。


これが俗に言う異世界転生だって。


僕の意識がはっきりしたのは、森の中にある小さな小屋。

暗くて狭くて何もない小屋だったけど、そこが僕にはどこか光り輝いて見えた。


ここが新しい世界の入り口かとワクワクしていると、外から足音が近づいてくる。


人間にして足音は大きく、間隔もどこかおかしい。その時点で異変を感じた。


なにより、近づくにつれてずしんずしん、と地響きのようなものを伴うようにもなっていたから。


(なんだ、もしかして魔物か……?)


「ライナちゃ〜ん。帰ったわよ〜」


現れたのは屈強な体と、豚の頭を持つ見たこともない生物だった。

ゆうに身長が二メートルを超える巨漢で、全身緑色の肌の上には服を着ておらず、原始人みたいに獣の毛皮みたいなものを体に巻きつけている。


僕を見るや否や、その奇妙な生命体は、持っていた槍みたいなものを投げ出して、のしのしとこちらに向かってくる。


(こ、殺される……っ!)


咄嗟にそう思ったけど、彼女は僕を両手で抱き上げて、背中を優しくポンポン叩き始めた。

子守唄まで歌い始める。

しかも何気に上手だった。





結論から言うと、僕の母親は魔族だった。

それも魔族の中で最も醜いとされる緑の怪物ことオーク。


当然の如く、オークの子供である僕もまたオークだった。


……なぜ、オークなんだろう?


当然、僕はそう思った。


オークは、豚の亜人種だ。

分類は魔族で、トロールが豚の被り物をしたような見た目をしている。

当然その被り物には血が通っていて、しっかりと感覚もある。


頭のあたりに手を伸ばせば、ぐにゃりと潰れる子豚のような中折れ耳。

突き出た鼻と、少しだけ愛嬌のある顔立ち。多分まだ子供だからだ。


とにかく、それが今の僕。


不運なのは、恐らくキモさでは一、二を張り合うであろうゴブリンがこの世界には存在しないことだ。

なので奴隷として売り買いされる際も、オークが圧倒的に最安値。

その評価が、この世界でのオークの評判を全て物語っている気がする。



(最初はげげって思ったさ。よりにもよって、オークなんてって)







でも、でも夢は叶った――!

丈夫な体、好きなだけ走り回っても苦しくない健康な体をようやく手に入れたんだ。

この体で思う存分遊ぼうと思った。

ずっと夢だったんだ。

同年代の友達と外で遊ぶのが。


初めて会ったエルフとは顔の作りが違いすぎてびっくりした。


手足はすらりと長くて肌も透明感があって、光り輝く笑みを浮かべた美男美女たち。


……なにこれ、全然違う。


しかもこれで長寿なうえ、魔法にも長けているんだから、エルフの存在には畏敬の念すら抱いてしまう。


なんだか畏れ多いよ。彼らに僕なんかが話しかけるなんて。


エルフは誰も彼もが美形で、華があって品格があって。

それなのにオークときたら、緑色のずんぐりした見た目で、まさしく害獣という言葉がぴったりくる気がする。これって同じ魔族としてどうなの?!


現実は残酷だ。


しかも、オークというだけで時折森を訪れる冒険者たちからは陰口を叩かれる。


「やだ……ちょっと臭わない?」

「うわ、オークかよ。こんなに醜いのに捕まえて売り物になんてなるのか?」

「やめだやめだ。帰ろうぜ」


こっちはただ家の近所を歩いているだけなのに、心無い言葉がグサグサと心に突き刺さる。


……こんな生活、もう嫌だ。


せっかく転生したのに、モンスターになってこんな思いをするとは思わなかった。

確かに神様には丈夫な体をお願いしたけど、これはちょっと話が違うんじゃないかな。

友達もできないし、容姿は最悪だし、僕は流石に落ち込んだ。

前世のやり直しを期待していた新しい人生が、まさかこんな形だとは思いもしてなかった。


でも、母さんはいつも笑顔だった。


毎日僕の代わりにせっせと狩りに出てくれて、両腕いっぱいの生肉や野菜を持ち帰ってくれる。


母親として立派に働きながら、いつも変わらず笑顔を見せてくれる母さんを僕は好きになってきた。

恰幅のいい、優しい母さんだ。


それに見方を変えれば、冒険者に狙われにくいのだって好都合だ。

それだけ長生きできるってことだし。


それに気づいてからは本当に平和だった。


オークのライナとして生きている今は、前世のようにいつ死んでしまうかわからない恐怖と戦う心配もない。だから、心にはいつも余裕がある。

狩りをして釣りをして、のんびり暮らす。

オークは雑食だから、森で暮らしている以上食事には困らないのだ。


ただ食事の心配もいらなければ、危険な冒険者に狙われることもないので、一日の大半はすることがない。

ついダラダラしてしまって、毎日時間だけが余ってしまう。

これじゃ、前世と全く一緒だ。

そこからさらに時間を有意義に使おうと決めたきっかけは母さんだった。







ある時母さんがふと口にした。僕の父さんのことを。


父さんとは昔、この森で出会ったらしい。

ある日傷を負った人間を見つけて、介抱しているうちに互いに惹かれあって……。

まあ、僕が生まれたわけで。


なんだか随分ロマンチックな話だけど、それきり父さんとは会えていないらしい。

彼は冒険者だったそうだ。


そんなわけだから僕は半分人の、ハーフオークってことになる。


だからだろうか……母さんは時折、「立派な人間に産んであげられなくてごめん」と言って謝ってきた。


どうやら、母さんは後悔しているらしい。

僕のことは人間に産んであげたかったようだ。


でもね、母さん。

僕はそんなのもう気にしてないよ。


ずっと一人で僕の面倒を見てくれて。

気にかけてくれて、母さんはいつだって僕の味方だ。


目が合った時に気づいてくれて、微笑んでくれるだけで僕は嬉しい。

それを伝えると、母さんの大きな両腕で抱きしめられる。


「……ありがとう。ライナは優しいのね」


優しい人に育てられたんだから、優しい子に育つのは当然だと僕は思った。

母さんは脂肪が厚くたっぷりとしているからか、抱きしめられると妙にあったかい。


「でも大丈夫よ。あなただけは、なにがあっても私が守ってあげるからね」


……だろうねって、僕は思う。


この人は決めたんだ。

僕だけは一生守っていこうって。


父さんは元いた場所へ帰ってしまって、たった一人で僕を育ててきた母さん。

その裏には強い覚悟と決意があったに違いない。


だから、僕はこの人を尊敬してる。必ず恩は返そう。僕はそう決めた。



(少し、僕の中に目標が生まれた……)



オーガは森の暴れん坊だ。

気性が荒く好奇心旺盛だから、冒険者からモノを盗んだり嫌がらせをして、自分より弱い動物たちを痛めつけたりする。


「なんだ、逃げねえのか? 珍しいオークだな」


自分の生まれに誇りを持てるようになった僕は、持ち前の力を活かしてオーガたちに立ち向かうようになった。


なんでも、オークには素手でコンクリートを叩き割るほどの力があるらしい。

それを聞いた時は、普通にこれすごくない? って思った。

まるでマー〇ルヒーローじゃないか。


僕は母さんが誇りに思ってくれるような立派な人……いや、オークになろうと思った。それが僕の恩返しだ。


「……う、うそだろっ。こいつ、どうなってんだよっ!」

「わけわかんねえ! あんなにボコボコにしたのに」

「どうなってんだよ、おいっ!」


最初は結構つまづいた。なにしろ戦う術とは一切無縁の前世だったから。

でも僕にはオークのパワーと、オークが本来持つはずのない知性があった。

上手くいかなくても学習して、二度と同じ轍は踏まない。


スタミナがないなら森を走ればいい。

武器の使い方は冒険者を見て学べばいい。

それこそエルフは森の狩人だ。勇気を出して彼らに武術の教えを乞えばいい。

できないことはない。やろうと思えばなんだってできる!

どうせなら父さんのように強くなって、母さんを守れるようにもなりたい。


思えば、前世は病気を理由にして何も行動を起こさない、のんびり屋さんだった気がする。

行動を起こす前から諦めてしまっていた。

今度は、ゆっくりでもいいから着実に行動していこう。積み重ねていこう。


「頑張るぞー!」







努力はたぶん、実を結びました。


目の前で困っている人に、事情も聞かず、遠慮なく手を差し伸べられるくらいには強くなったつもりです。


「おや、あんなところに人が……ってあれ、なんか怪しい集団に囲まれてない?」


たまたま通りがかった小径で目撃したのは、冒険者らしき格好の一人の女性と、彼女を取り囲む黒い集団……あれは盗賊だな。


森へ入ってきては誰かれ構わずちょっかいをかけて、狼藉を働くやつらだ。


「あの、大丈夫ですか?」


冒険者の方を手助けをしようと声をかけたところ。


「ひぃっ」


あろうことか救いの手を差し伸べた相手に引かれてしまう。


……あーあ、ホントにオークって損だよな。

これが美形のエルフならともかく、オークってきもくて近づきたくないモンスターの代表格みたいな存在だし。


目も合わせてくれないよ。


いきなり襲われると思ったのかな。


「あの、あなたが困っているように見えたので助けに来たんです」


そしたら、『は? 嘘だろこいつ』って顔してる。


「けっ、オークかよ」

「何しにきたんだ、一体」

「さっさ◯して、女からとるもんとっちまおうぜ」


盗賊たちが漏らす呟きからして、すでに彼らはやる気十分。


彼女を守るように立ち塞がる……んだけど、背中越しに伝わる視線からはちっとも期待されてないのがわかる。


「うおっ」


盗賊の1人がナイフで襲いかかってきたので、その手を取り上げ、彼の体を弾きます。

胸椎の急所。


僕は弾いたつもりでしたが、弾くというよりはむしろ、胸を打つと言った方が正確だったかもしれません。


白目をむいて倒れてしまった盗賊の一番槍さん。  


他の方々は呆然とその様子を見ており、頭上にはてなマークが浮かんでいます。


なにしろあっという間の出来事でしたから。


こちらも立ち止まってはいられません。

唖然としたお仲間を置き去りに、次の行動を起こします。


オークはよくのろいと言われるけど、僕は足の速さには自信があります。


彼らとの距離を一息で駆け抜けると、獲物の柄を地面へ突き刺し、反動で体を浮かせ――さらに距離を短縮し、勢いもつけます。


「は――?」


反応すらできない盗賊の腹部を両足で蹴り飛ばし、次に一人の股の下目掛けて、懐に飛び込みます。


刀を逆手に持ちかえ、柄の先端をその方の喉へ――押しつけます。


もちろん加減はしました。


結果を見届けることなく、体を反転させます。振り向くと同時に、横なぎにした柄が、今度は背後の方の首筋を打ち、もう一人崩れ落ちます。


これで盗賊団はもう半分ほど壊滅。あとは消化試合になるでしょう。


「は……? あなた、オークではないの?」


背後で冒険者が驚きの声をあげていた。


「……オークですけど?」


僕の姿を見たらわかるじゃん。


一言で説明すると、怪人、ブタ人間だ。


「な、ななな、何なんだこいつっ!!」


「オークだよな? ただのオークだよなぁ?!」


ナイフを踵で蹴り上げ、ガラ空きの腹部を狙う。回し蹴りです。


「あがっ」


僕の姿を見失った所を背後から、ふくらはぎを狙って踏みつけます。


「ぐおっ」


オークといえば、その辺にいる雑魚モンスター。

それがこの世界の一般的な認識です。


決して目立たず、強大な他のモンスターの影に隠れ、ただそこにいるだけのモンスター界のモブ。


でも僕がここまで強くなれたのは、転生先が他でもない『オーク』だったから。


ゆっくり力を蓄えていくのにちょうどよかったんだよね。


誰にも見向きもされない、嫌われ者の雑魚モンスターって。








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