【カクヨムコン11短編】年末進行で死にかけてたら、恋の終わりに祝福された話

尾岡れき@猫部

年末進行で死にかけてたら、恋の終わりに祝福された話【前編】

 クリスマス前にシステムの欠陥が見つかったのが、そもそもの始まり。クリスマス返上で、システムエラーに向き合った俺達、システム部は褒め湛えたい。だいたい、昨今は不正アクセスも巧妙で、サイバーテロも油断ならない。


 そんななか、年末にサイトデザインまで変えてコンテストを開催する小説投稿サイト。受注元の廉河かどかわ書店に殺意を憶えるが、毎年のこと。みんなある程度覚悟はできている。ただ、システムエラーがクリスマスに重なってしまった。クリスマスディナーの予約が無駄になったぐらいか。夏目コンピューターのシステムエンジニア、あるあるではある。


(……クリスマスに告白する予定だったんだけどなぁ)


 おっと、雑念はいかん。今はデバッグに集中しないと。一応、処置は済んだが年末年始の緊急呼び出しは避けたい。チーム一丸となり「正月休み死守」を掲げる俺達だった。なんなら、二年参りとして、誘って告白を――。


 と、内線が鳴る。同期の淡谷真奈実だった。ともに入社3年目。今回のシステムエラーを解決した立役者でもある。そして、俺が告白したい、その人だった。

 ビジネスフォンの内線ボタンを押――そうとして、あやうく【館内放送】のボタンに触れそうになる。


(あぶねぇ)


 なんで、こんな機能をつけた。内線と思ってプッシュして、その喋りが全館に響き渡った先輩を俺達は知っている。ナイショで飲みに誘ったつもりが、全館放送。全社公開。デートは、社内懇親会になり、涙目の先輩。今もお元気ですか? お元気ですよね。俺の斜め後ろの席の更科先輩。


「出るの、遅い」


 人の気も知らないで、呑気な声。脈なしではないと思う。視線を送ればすぐにアイコンタクト。プロジェクトで一緒になれば、阿吽の呼吸で取り組むし。オフで家飲みをするぐらいには、気を許している。他のヤツと違う態度となれば――勘違いじゃないはず。


「まだお昼に入らないの?」


 こっちの仕事まで気にかけてくれるのか。真奈実はそういうヤツだって知っているから。なお、頬が緩む自分がいる。


「あと、ちょっと片付けたら入るよ」

「ちょっとは、後輩に回しなさいよ。やらないと、憶えないよ?」

「ん、分かってはいるけど――」


 物事には段階がある。そして今は精度とともに、スピードも求められているわけで。悠長に構える時間もない。


「ま。後で私も手伝うから。それより、ごめん。フリースペースでランチにするから、ちょっと騒がしいよ?」


 フリースペース。別名、多目的スペース。簡易ミーティングで使ったり、ランチでもスタッフが自由に使う。そこが、俺のデスクから一番近い。真奈実はそこを気遣ったのだろう。今まで散々騒いだクセに今さらって感じがする。


「あぁ、そんなこと。今に始まったことじゃないだろ?」

「ひどーっ! ソコまでは騒いでないと思うよ」

「何も言ってねぇじゃん」


 思わず苦笑する。そうそう、この気を遣わなくても良いやりとり。これは、真奈実だからできることだって思う。


「ありがとう。でも、拓人もしっかりお昼食べなよ」

「分かってるって」


 そう言いながら、内線を切った。満腹になると、思考が鈍る。疲れで鈍っている自覚もあれけれど。あと少しだけ――俺は、キーボードを叩いた。





■■■





「……へぇ。ついに真奈実も覚悟を決めたか」


 盗み聞きするつもりはなかった。ただ、あいつらの声がちょっとデカいんだ。ここが、オフィスのなかだって忘れているんじゃないだろうか。


「う、うん。クリスマスは、完全になくなっちゃったから。せめて、年末でって思って」


 タイピングしていた手が止まる。


「ま、断られる未来は想像できないよね。良いなぁ、イケメン君だもんね。絵になるよね、二人」


 ……イケメン?


(誰、それ?)


 いけないって思うのに、つい聞き耳を立ててしまう。イケメンって時点で、俺は除外だ。真下ました髙和たかわか? 完全な不意打ちに、頭を打ちのめされてしまった。


「そんなにイケメかなぁ」

「何、言ってるの。作業している時の顔つき、めちゃくちゃ良いじゃん」

「……み、みんな。そういう目で見てたの?」


 真奈実の不安そうな声。


「取らないから、心配するなって。でも、人の仕事まで請け負っちゃうでしょ。ああいうところ、部長も買っているみたいよ?」


「出世コースかもね。うちの会社、人の嫌がることをするヤツ、むしろ好きでしょ」

「それはなんというか。人に仕事を回すのが下手クソなんだと思う。それで仕事ができるって勘違いしているのなら、違うって思うから」


「言うじゃん。未来の旦那様にしてライバルって感じ?」

「ちが、違うって! そんなんじゃ――」


 仕事ができる。部長に買われている。その時点で俺という線は消えた。だって、むしろ部長オヤジから仕事を押しつけられる側だし。イヤイヤやってるし。人の嫌がる仕事を進んでやりたいなんて、まるで思わない。


「真奈実のために、クリスマスのディナーを予約してくれたんでしょう? しかも、ホテル・ヴァルキリー。超高級じゃん!」


 興奮気味の女子達なかで、あわあわする真奈実。


(……知らなかったな)


 自分以外にも、そうやって誘う相手ライバルがいた。それもショックだし、自分には全く当てはまらない人物像。聞けば聞くほど、完璧だって思う。真奈実に、そこまで言わせる人って誰なんだろう。


「これは前祝いをしなくちゃだね!」

「ちょっと、本当に止めてって。だから、そういうのは――」


「何を言ってるの。こういう時こそ、景気づけが大事なんだって。その方がヘタレないで済むでしょ」

「で、でも――」


 喧噪を思考の外へと追い出す。

 から笑いが漏れる。


(バカみたいだ)


 好きな人には、もう好きな人がいた。

 言葉にしたら、これだけ。

 むしろ、遅すぎたんだろう。当たり前に思っていたことが、常に当たり前とは限らない。

 予約し直したホテルはキャンセルをしよう。

 年末は仕事を詰め込もう。

 それから――。






 ダメだ。

 これ以上、何も考えられそうになかった。






【つづく】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る