第10話

「一先ず……こっから離れた方がいいな」


 攻撃を感知し、來花を抱えて飛び退く。足下のアスファルトが鋭利な棘へと形を変えた。串刺しにしようと飛び出してくる。紙一重のタイミングだった。


(掠めただけでこれか……風の結界が削れた)


 青嵐の額に冷や汗が浮かぶ。風の精霊による不可視の結界が彼の周囲に張り巡らされていたが、その結界の強度を上回る攻撃によって完全には防ぎきれなかった。


 真正面から受ければ間違いなく貫かれる、防御不能の攻撃。青嵐はそう結論を導き出した。


(棘が飛び出してくる時に回転してるな……その回転で速度と威力を底上げしてるわけか)


 攻勢は依然衰えない。立て続けに棘が青嵐達を狙う。風の精霊による探査能力のお陰で凌げてはいるが、このままでは防戦一方。


 勝機を見出さなければ先に体力が尽きるのは青嵐。死は目前だった。


(フリーの精霊使い……なわけがないな。術の練度が桁外れだ)


 優秀な精霊使いが生まれるのは、優秀な家系であることが多い。一般家庭からも稀に化物じみた才能を持った逸材が誕生することはあるが、奇跡にも等しい確率だ。


(人格を与えられるほどの分身と、このレベルの術……間違いなく何処ぞのご令嬢いいとこの血筋だな)


 何より才能や資質があったとしても磨かれなければ開花することはまずない。來花のようなケースは基本起こり得ない。奇跡を超越した何かが、彼女に働いたということだろう。


 空気の層を重ね、風の結界の強度を底上げする。防音効果も高めたことで、町中の雑音がシャットアウトされた。防弾ガラスの何十倍もの風の膜を重ねる。


 しかし、相手の術の威力は今が最大ではなかった。上昇した防御性能に即時応じ、棘の貫通力も上がる。


 風の結界に罅が入るのを見て、青嵐は思いっきり舌を打った。


「手強いな」


 素直な感想だった。


 地の精霊使いは接地しているもの全てが手足となる。


 そして、接地している場所に立つ全てを感知する。


 つまり、地面に立っている間、地の精霊使いの間合いに居るということだ。無論、術の範囲や規模は人それぞれだが、決まっている。


 流石に日本列島全てが間合いということはないが、都市の一角程度の広さであれば術者の技量と精霊使いとしての資質次第では十分支配下に置ける。


 青嵐は地面を蹴り、道路に並ぶ車の上へと飛び乗る。すでに持ち主は乗り捨てており、この場から離れているようだ。


 しかし、ひと息吐く間もなく、足下で膨れ上がる気配を青嵐は感じ取る。


 車を突き破り、彼の足下から棘が襲いかかってきた。あと一歩逃げるのが遅れていれば、槍衾のようになっている車と同じ末路を辿っていただろう。


 次々と車から車へと青嵐は飛び移っていく。一箇所に留まっていては格好の的だ。棘は彼の後を追うように、青嵐が乗って車を破壊していく。無惨な姿へ変えられていく車を憐れむ暇などなく、青嵐は躱すのに必死だった。


(このままじゃジリ貧だ。まずは空へ逃げる)


 これ以上、地上にいても不利は覆せないと判断し、青嵐は建物の壁を足場にし、跳躍する。地面から僅かに距離があったことで、操作するのに多少のラグが発生する。攻撃が一拍遅れた。


「あれ?」


 誰かが声を上げる。見ていたものは皆共感していた。


 青嵐が姿を消したからだ。まだ辛うじてその場に残っていた者達の目には急に青嵐が消えたように見えただろう。先程まではアクション俳優のような身体能力があるだけだと思われていたが、空気に溶けるように姿を消しては言い逃れはできない。


 だとしても自身の命の方が圧倒的に大事だった。目立つことと天秤にかけても、迷う余地などあるはずもなかった。


 空気を割き、飛翔した青嵐は地上を見下ろす。術者を探すも、それらしき人物は視当たらない。


(逃げられた……わけはないな。逃げようとしたら、流石に分かる。逃げた瞬間に気配が動く。それを俺が見逃すわけがない)


 青嵐の風の精霊による探査能力は物体の動きの感知に長けている。今、地の精霊使いの女の気配を感知できないのは、相手が気配を断つことのみに専念しているからだ。


 もし青嵐の追跡を恐れ、行動を開始すれば、自然と一体化している状態は解け、今までなかった気配の動きが現れることになる。


 それは間違いなく居場所の特定に繋がる。空間を制する青嵐が見逃すはずがなかった。


(だとしたら隠れてるな。炙り出したいところだが……)


 と、そこまで考えたところで青嵐は宙を舞う土埃を見据える。ずっと周りにあったので気付いていないわけではない。


 ただの土埃ではなく、敵からの攻撃だとも理解していた。


 何故ならその土埃は高層ビルよりも高い位置に立つ青嵐の周囲を漂っていたからだ。


 彼は思わず感嘆した。


「成程な。そういうことも出来るのか」

 

 地の精霊使いは接地しているものを手足のように操る。地面から離れたものにその支配は及ばない。


 しかし、土や砂、石や岩などのであればその限りではない。


「やっぱり厄介な相手だな」


 青嵐は嗤い、抱え上げられている來花は無言で息を呑んだ。

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