【放課後のたこ焼きと君】9
清史郎の祖父母、
郷里駅からは、電車で一時間半。
自力で行こうという発想がなく、これまで調べたこともなかったから、意外に近くて清史郎は驚いた。学校へ行くよりは遠いけれど、自分の力でたどり着けない距離ではなかったのだ。
乗り換えは二回。郷里駅から村蔵線で連結駅へ行き、宇喜多線に乗り、鹿角駅から外廻線に乗る。海辺町には駅がないので、最寄りの岸寄駅まで行く。そこからはタクシーを使うことになる。財布を鞄に入れっぱなしにしておいてよかったと、清史郎は心から思った。
祖父母にはまだ、連絡していない。
あの日以来連絡したことはないけれど、連絡先だけはずっと消さずに登録していた。言葉を交わすのも十年以上ぶりなのに、突然訪問すると言ったとき、祖父母がどう反応するのか清史郎には分からなかった。断られると困るし、万が一誠や舞子に連絡されたらと思うとなにも出来なかった。近くまで行くだけ行って断られたら、仕方がないので近くのホテルに泊まるつもりだ。
川口は郷里駅を出る前に、母親に連絡をした。
「今日は友達の家出に付き合う」と簡潔に告げていた。電話の向こうの母親がなんと言ったのかは知らないが、「彼女じゃないよ」と川口は否定した。最終的には「なにかあったら連絡するよ」と言って通話を終えた。仲が悪いと思っていたけれど、母親と話す川口の口調は優しかった。
「仲、悪くないんじゃん」
乱れた前髪をいじりながら、清史郎は言った。雨は降っていないけれど、今晩は少し風が強い。それでも頬を撫でる風は温くて、もう夏がすぐそこにいることを清史郎に告げていた。
「別に、仲は悪くないよ。一緒にいると気まずいだけで」
「なんでだよ」
川口は「んー」と少し考えた。
「僕のことを、大事にし過ぎてる。割れ物みたいに扱うんだ。そんな上等なもんじゃないのにね」
「……大事にされてるなら、いいんじゃないか」
「本当に親子の距離感なのかなって、そう思う。正しい親子の距離感て、どんなもんなんだろうね」
「俺に聞かれても知らねえよ。俺の家だっておかしいんだから」
電車が来るまで、黙って立っていた。正しい親子の距離感。そんなもの、清史郎が聞きたいくらいだ。
鹿角駅までは、お互い無言だった。運悪くファンタジーランド帰りの乗客とぶつかってしまい、電車内が混雑していたからだ。
ところが、鹿角駅で降りて、外廻線に乗ると、今度は逆にガラガラだった。しかも、座席は長椅子タイプではなく、向かい合って座るボックスタイプしかなかった。仕方なく、川口と向かい合って座る。二人で窓の外を眺める。夜の空が流れていく。一駅一駅の間が、長かった。
「なあ」
清史郎が口を開く。川口は「うん?」と視線を清史郎に向けた。
「お前、なんでここまで来たの?」
「電車で。一緒に乗ってきたでしょう」
「いや、そういうことじゃなくて」
川口は、ふ、と、ほんの少しだけ、口の端を上げた。笑みというにはあまりにも頼りないその表情を、清史郎は初めて見た。
「なんでだか自分でもよく分からない。不思議だね」
清史郎は「なんだよそれ」と返した。その口元もまた、笑っていた。
「じゃあ、たこ焼きのお礼ってことにしようか」
「今更かよ」
「うん。今更」
ふふ、と笑い合い、また窓の外に視線を戻した。雲の間から少しだけ、星の光が見えた。
岸寄駅は、無人駅だった。
しかも夜九時を過ぎていたから、駅前のほとんどの店が閉まっている。唯一ロータリーにあるコンビニのピンクの看板だけが光っていた。頼もしく感じたけれど、店名は聞いたことのないものだった。ローカルチェーン店なのか個人経営店なのか。看板には営業時間が書かれていた。『AM5時~PM22時』。どうやらもうすぐ閉まるらしい。
ロータリーには当然タクシーがいるものと思い込んでいたけれど、一台も姿は見えない。計算外の事態に、清史郎は川口と顔を見合わせた。
他に手段はないと諦め、覚悟を決めて真一宅に電話をした。電話口には千鶴が出て「清史郎だよ」と言うと「まああああああ! 清史郎! 元気にしてた?」と盛大なボリュームで喜んでくれた。
「ばあちゃんはずっとあんたのこと心配しててなあ」
「うん。ばあちゃん、あの」
「元気なの? 今は何歳になった?」
「うん。ええとね、今年十──」
「もう立派に大きくなったんだろうねえ。いやあもう何年振りかしら。お父さん、清史郎! 清史郎だよ!」
電話の向こうの祖父を呼ぶ祖母の声色は、本当に喜んでいるように感じた。
「清史郎、清史郎か! 元気か!」
祖父も電話口で嬉しそうだった。清史郎が「今岸寄駅にいるんだけど、迎えに来てくれない?」と言うと、「すぐ行くから待っとれ」と電話が切れた。事情も聞かず快諾した祖父の声が、電話を切ってからもしばらく耳に残った。
「迎えに来てくれるって?」
「うん。来てくれるって」
川口とコンビニに行き、ほとんど空の棚から菓子パンとおにぎりを買い、コンビニの前のベンチに二人で並んで座った。空を見上げながら、二人でパンをほおばる。メロンパンの甘さが、やけに身体に染みた。
「ずっと会ってなかったんだけどさ、電話番号だけは、ちゃんと登録してあったんだよね。連絡すると親が嫌な顔するから、かけられなかったんだけど」
「そうなんだ」
「別に親に隠れてかけりゃいいだけの話だったんだけど。なんか、今更、そう思うよ」
川口は静かに「分かるよ」と頷いた。
「親の言うことって、なるべく聞いてあげたいと思うもんだよね。子供って」
「子供がそう思っても、親がその気持ちに応えてくれるとは限らないけどなあ」
「……難しいよね。本当に」
二人揃って、溜息を吐いた。
「早く大人になりてえ」
清史郎はつぶやく。川口もうなずき「僕もそう思う」と言った。それからは二人黙って、手元のパンを食べ、それからおにぎりを食べた。背後のコンビニの電気がふっと消え、頼りない街灯の光だけが、清史郎と川口を照らした。
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