良く年末とかで、カウントダウンとかやるじゃないですか。私はああいうの、俗っぽくてあんま好きじゃないんですけどね。若い子なんかはよくやりますよね。


そんで、もっと若い子なんかは、カウントダウンの0に合わせて、体を思いっきり跳躍させて、1/1 0:00:00ちょうどに「俺は年越しの時に地球にいなかった」なんて友達に言って見せたりするんですよね。これは私も経験があります。


これって、一見くだらないように見えて、なかなか面白いなと思うんです。そもそも、「地球にいる」とは何だ?と、定義について疑ってみる面白い思考ですよね。地球の外側は紛れもない宇宙ですが、地球と宇宙の境界線って別に明確に線引きされていないじゃないですか。

まあ、宇宙の研究者とかの間では、大気圏とか成層圏とかで地球と宇宙を区別してるのかもしれませんが。それらも人間が便宜上、命名して区別してるだけであって、別に地球や宇宙が自ら定義して区別したわけじゃない。


「地球にいる」とは、地に足がついている事なのか?それならば、2階以上にいる人たちは「地球にいない」のか?いますよね。建物は地続きであり、地面の一部として床があります。


それでは、飛行機に乗っている人は?確かに地続きで地に足がついていませんし、「地球にいない」とも言う人がいるかもしれません。しかし、これは私はまだ地球にいる、と思います。大気圏とか成層圏とか先ほど話しましたが、人間の感覚でいうと、酸素と重力がある場所で存在している。これは地球にいる、属していると考えてもいいのではないでしょうか。


それでは、宇宙飛行士が宇宙ステーションにいる場合は?これは怪しいですね。どちらなんでしょう。地球の重力配下の外にあり、宇宙ステーションの外には大気も存在しない。完全に地球の支配から逃れた場所にいるように思えます。しかし、宇宙ステーションは地球の周回軌道上を回遊し、地球から完全に離れることはしていません。地球からは脱し、地球を外から俯瞰しているとも言えるような気もするし、いまだ地球の枠、支配下からは出ていない、とも言えるような気もします。


では、人間が跳躍する。つまり、自らの足で地球を踏みつけ、押し出し、地球との接触を一時的にでもやめた場合は?

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