第2話 延長戦
「SNSでバズった順に決める」という司会の「日本史」君の提案で、
会場がスマホのシャッター音に包まれていたその時。
バターン! と会議室の扉が力任せに開いた。
「おいおい、勝手に盛り上がってんじゃねえよ」
煙の中から現れたのは、火薬の匂いをプンプンさせた「本能寺の変」君だ。
「歴史を丸ごとひっくり返し、最強の信長を『退場』させた
俺のインパクトを忘れてもらっちゃ困る。
全部台無しにした爽快感なら、俺が1位でもおかしくねえだろ?」
「ちょっと待てよ、本能寺!」 すかさず食ってかかったのは、
雨合羽を着た「桶狭間」君だ。
「『番狂わせ』の元祖はこの俺だ! 今川の大軍を少数でボコった俺のドラマ性に 比べりゃ、お前の寝返りなんてただのバックスタブ(背後打ち)だろ!」
文化部と長老の参戦
「……やれやれ、これだから体育会系は困ります」
優雅に扇子を広げて割り込んできたのは、数珠をジャラジャラさせた
「仏教伝来」君だ。
「戦争、戦争と騒々しい。文化部代表として言わせてもらえば、この国の精神の
OSをアップデートしたのは私です。漢字も建築もセットで持ち込んだ私の貢献度、
3位どころか永世1位でしょ?」
「……OS? アップデート? 横文字はよくわからんのう」
ヨボヨボと杖をつきながら、会場の隅から現れたのは
「弥生時代」翁(おきな)だった。
「お主ら、何をチャラチャラしておる。わしが大陸から『稲作』と『金属器』を
持ってきた時こそが、日本史の真のデビュー戦よ。
米がなければ、お主らの合戦の兵糧(ひょうろう)もなかったんじゃぞ?」
「じいさん、古すぎるんだよ!」と「太平洋戦争」君が呆れるが、
弥生時代翁は止まらない。
「いいや、金属器もわしじゃ。お主の持ってるその鉄砲も、元を辿ればわしが
持ち込んだ技術の孫の孫の孫……」
皆が「それはそうだけど・・・」
と納得し始めたところ、次にまた新たな火種が注がれることとなる。
「……ちょっと、待ってくださいよ。僕を抜きにベスト3なんて決めさせません」
眼鏡をクイッと上げ、何十冊もの最新の研究書を抱えた青年が、
フラフラと壇上に上がってきました。「鎌倉幕府成立」君です。
「おっ、教科書の顔が来たな!」 「明治維新」さんが声をかけますが、
「鎌倉幕府成立」君の表情はどこか暗い。
「聞いてくださいよ……。
僕、昔は『いい国(1192年)作ろう』ってみんなにチヤホヤされて、
2位か3位は確実なスターだったんです。それなのに最近の研究じゃ、
『実は1185年(いい箱)だったんじゃね?』とか言われて、
自分の誕生日すらわからなくなっちゃったんですよ……!」
「誕生日くらいで、ガタガタ言うな!」 「本能寺の変」君が野次を飛ばしますが、
「鎌倉幕府成立」君は止まりません。
「それだけじゃないんです!
『そもそも、いつ成立したかは段階的すぎて一概には言えない』なんて
言われ始めて、最近じゃ『実体のない概念』扱いですよ。
僕は今、自分が何者なのか、いつ生まれたのかもわからない…
…存在がゲシュタルト崩壊してるんです!」
「鎌倉幕府成立」君は、抱えていた研究書を床にブチまけました。
「だから! この会議でベスト3に入ることで、僕のアイデンティティを再定義
したいんです!
『いい国』でも『いい箱』でもいい、僕を……僕を歴史に刻み直してください!」
完全なるカオスへ
会場はさらにヒートアップしていく。
「本能寺の変」君:「信長ファンからのリプ返が止まらねえ!
炎上商法なら俺の勝ちだ!」
「仏教伝来」君:「私の法力で、皆さんのタイムラインを浄化して差し上げましょう
(物理攻撃)」
「桶狭間」君:「雨よ降れ! 奇襲の準備だ!」(会議室の火災報知器が作動)
「弥生時代」翁:「ほーれ、新米の炊き出しじゃ。とりあえず落ち着いて米を食え」
「もう、めちゃくちゃだよ……」 司会の「日本史」君は頭を抱えた。
「1位は『太平洋戦争』君で確定として、2位と3位はもう…
…『次の大河ドラマの主役』に決めてもらうしかないのか!?」
その言葉を聞いた瞬間、それまで争っていた全員がピタリと動きを止め、
鏡を見て身だしなみを整え始めた。
「よし、俺だな」「いや、私の時代です」「わしの米農家ライフを映像化せんか?」
日本史の会議は、もはや「誰が一番目立てるか」のオーディション会場へと
変貌したのである。
(第3話に続く)
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