第2話 上位存在は空気を読まない

いつの間にか、僕は空を飛んでいた。


いや、飛んでいるというより、浮かんでいるのかもしれない。




足下を見下ろすと、さっきまで僕がいた駅のホーム。


僕をはね飛ばした急行列車。


そして、その前方には赤黒い僕だったもの。




自分の遺体やお葬式を空から見ていた、なんて臨死体験の話は聞いたことがある。


今の僕が、まさにそれなんだろう。




ただ、僕の場合は臨死体験じゃない。


もう完全に、死んでいるんだと思う。




「うわぁ…… マジかぁ…… こんな簡単に死んじゃったのか。僕」


「うんうん。人生って儚いよね」




思わず独り言を呟くと、横から合いの手が入った。




「わぁ!? び、ビックリした!?」


「こんにちは、上条七桜くん。男の子なのに七桜でナオって、珍しい字を書くね」


「あ、こんにちは。亡くなった母が桜って名前で、僕の名前にもその字を入れたかったらしいです。あと字画とか、色々あって」


「なるほどねぇ。文字に意味が込められてる漢字っていう日本の文化、ボクは好きだなぁ。七つの桜かぁ」


「はぁ…… どうも」




気がつくと、僕の隣に謎の人物が浮かんでいた。


腕を組み、うんうんと満足そうに頷いている。




同じように宙に浮いているところを見ると、きっとあの世からのお迎えとか、そういう存在なんだろう。


肌も服も全体的に白く、髪は怖いくらいに綺麗な銀髪。


美女とも美男子ともつかない中性的な顔立ちだ。




天使っていうのは、きっとこういうものなんだろう。




「怖いくらいに綺麗だなんて、なかなか詩的な表現をするね」




心を読まれた?


いや、それくらいはできるか。天使様だもんね。




「ボクは天使じゃないよ。…… いや、天使でもいいかな?」


「え、天使様じゃないんですか?」


「君たちが天使とか悪魔とか神様とか邪神とか呼ぶ、上位存在であることは間違いないね。ただ、君を天国とやらに送るためのお迎え役じゃないんだ」




天使と悪魔って、真逆の存在じゃ……


それに、今さらっと邪神って言わなかった?




「君たちにとってメリットが大きければ神、デメリットが大きければ邪神さ。あんまり気にしなくていいよ」


「はぁ……それで、貴方は僕のお迎えではない、と。それじゃ僕はどうなるんでしょう? このまま成仏できずに地上を彷徨うようなことになるんでしょうか」


「うん。君の人生が面白くて、前から気にして見てたんだけどね。死因まで面白かったから、少し話そうと思って時間を止めて会いに来たんだよ。時間が動き出せば君はそのまま自然の摂理にのって消滅できるから安心してよ」




時間を止めて。


そう言われて改めて足下を見ると、駅にいる人たちも電車も、さっきからまったく動いていなかった。




それにしても、僕の人生が面白い?


自慢じゃないけど、平凡などこにでもいる陰キャだぞ、僕は。


神様的な存在の興味を引くような人生だったとは思えない。


死因が面白いっていうのも、正直ちょっと失礼だと思う。




「アハハ。ボクに面白がられるなんて、光栄に思ってほしいくらいなんだけどなぁ。そのおかげで、こうして会えたんだし」


「はぁ…… どうも?」




妙にテンションが高い。


人間で言うなら、たぶん陽キャなんだ。




ついさっき不慮の死を遂げたばかりの僕に、もう少し気を遣ってほしい気と思ってしまうのは贅沢なんだろうか。


現実味がなさすぎて、まだ夢を見ているみたいだ。


できれば、早く覚めてほしい。




「残念ながら夢じゃないんだよね。七桜くん、君は死んじゃったんだよ。人生、まだこれからだったのにね」


「そう…… ですか。やっぱり、死んだんですね。僕」




父さんにも、叔父さんにも、何の恩返しもできていない。


高校に受かって、もっと勉強して、医者になって。


僕みたいに身体の弱い子供たちを助けて。


父さんにも叔父さんにもしっかり恩返ししていきたかった。




それなのに。


こんな、つまらない事故で終わるなんて。




神様みたいな存在から改めて告げられて、ようやく死んだことが現実として実感できてきた。


涙が溢れてくる。




僕の人生は、まだこれからだったはずなのに。




「うんうん。悔いは残るよね。そんな七桜くんに朗報だ。今なら、別の世界でもう一度人生をやり直させてあげるよ。やったね!」




泣いている僕に向かって、にかっと効果音が付きそうな笑顔でサムズアップしてくる自称上位存在。


上位存在だけあって、こっちのきもちとかそういうのは、まったく気にならないらしい。

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