僕、上条七桜（カミジョウ・ナオ）十五歳は今、人生最大のピンチを迎えている。

小さい頃から身体があまり丈夫ではなかった僕は、将来は医者になりたいと思っていた。

そのために必死で勉強して、この春、県内でも有数の進学校に合格した。

今日はその入学式。

生まれて初めて満員電車に揺られ、学校へ向かう、はずだったんだけど。

「おい、聞いてんのかよ。ボーッとしてんじゃねぇぞ？」

金髪にピアス、着崩した制服。

どう見ても「不良です」と自己紹介しているような男が、顔を近づけて凄んでくる。

「ビビって口もきけなくなっちゃったんですかぁ～？　もしもーし？」

隣では、最早絶滅危惧種なんじゃないかと思うガングロギャルが、可笑しそうに笑いながら煽ってくる。

場所は、学校最寄り駅の一つ手前。

小さな駅だけど、朝のラッシュということもあって、ホームには人が溢れている。その端っこで、僕は二人に挟まれていた。

なぜこんな事になっているのかというと――

さっきまで乗っていた満員電車の中で、僕は痴漢に間違われてしまったのだ。

ガングロギャルのお尻を撫で回していた僕を金髪ピアス氏が発見。

電車から引きずり降ろされ、「どう責任を取るんだ」とか「イシャリョー払え」とか、そんな感じで詰め寄られている。

正に、人生最大のピンチ。

誓って言うけど、僕は痴漢なんてしていない。

そもそも人生で、女性に触れた記憶すらない。

母さんは僕を産んだ時に亡くなったし、身体の弱い僕は学校でも教室の隅で本を読むか勉強しているかの、典型的な陰キャだった。

男友達は少しはいたけど、女の子とはクラスメイトでもほとんど話したことがない。

そんな僕が、電車で痴漢？

出来るわけがない。

「だからぁ、イシャリョーだよ、イシャリョー。お前、その制服、あそこの進学校のだろ？

　こんな問題起こしたらマズいんじゃねぇの？　イシャリョー払うんなら、ここは穏便に済ませてやるって言ってんの。わかるぅ？」

「アハハ、リョーちゃんやっさしー。惚れ直しちゃう」

……　これ、噂に聞く痴漢冤罪ってやつだ。

ネットでよく見る話だ。

濡れ衣を着せて、示談金をせしめる。

僕の通う進学校は裕福な家庭の子が多い。

気が弱そうで、身体も貧弱な僕なら逆らえない。

そう思って、カモに選ばれたんだろう。

チクショウ。

大正解だよ。

頭の中では色々考えているけど、現実の僕は完全にパニックだ。

視線を周囲に投げても、みんな遠巻きに見るだけか、足早に通り過ぎていく。

助けは、期待できない。

このまま揉めていたら、駅員さんが来て、警察に連絡されるんだろうか。

痴漢冤罪の無実の証明は難しいって聞く。

そうなったら、せっかく受かった学校も……

男手一つで僕を育ててくれた父さんにも、迷惑をかけてしまう。

どうしよう。

どうしよう。

「おい、聞いてんのかよ。返事ぐらいしろっての」

ドンッ。

答えられずにいる僕に苛立ったのか、金髪ピアス氏が僕の肩を強く押した。

ただでさえ細っちょろくて、足が震えていた僕は、簡単に

そして、彼の想定以上に、突き飛ばされる。

ホームの端で、身体が宙に浮く。

最後に見えたのは、駅に入ってくる急行列車。

驚いた顔で固まる金髪ピアス氏とガングロギャル。

そして宙を舞う、買ったばかりの通学カバンだった。