瑞原大学現代妖怪研究会 ~銀髪美少女になったボクは普通の大学生活を送りたい~
みやび
第一章 瑞原大学に入学しました
第一話 現代妖怪研究会
1 入学式の勧誘合戦
一本歯の下駄を履いて、ぬかるんだ泥道を行く方がまだ数倍マシだ。
瑞原大学、入学式。
都内でも指折りの名門とされるこの大学のキャンパスは、今や満開のサクラと、それ以上に浮ついた新入生たちの熱気で埋め尽くされている。その喧騒のど真ん中で、ボク――鈴木翔(すずき・しょう)は、人生で初めて履いたピンヒールという名の狂器に悪態をついていた。
「……っ。女性ってのは、毎日こんな不安定な棒切れの上でバランスを取っているのか。正気じゃないな」
一人称は『ボク』にしようと決めたのは、つい数日前のことだ。元々の『俺』では外見との乖離が激しすぎるし、かといって『私』と猫を被るのも性に合わない。妥協の結果としての『ボク』だったが、まだ口にするたびに舌の上がむず痒い。
今日おろしたばかりの女性用スーツも全く着慣れない。
服の知識なんて皆無だったボクは、スーツ屋の店員に「瑞原の入学式ならこれくらいは最低限の嗜みです!」と熱弁されるがまま、このタイトスカートとヒールを揃えてしまった。だが、今のボクにとってこのスカートは歩幅を制限する拘束具であり、ヒールは膝を震わせる拷問器具でしかなかった。
一年前のあの日まで――龍災という名の天変地異が起こるその瞬間まで、ボクは自分が銀髪の美少女として名門大学の門を潜るなんて想像だにしていなかった。
崩落する瓦礫。焼ける空気。死を覚悟したボクを繋ぎ止めたのは、妖怪による超常的な治療だった。結果、ボクの体は龍の因子とやらで再構築され、気がつけば一五〇センチに満たない小柄な少女の体に作り替えられていた。
別に、絶望しているわけではない。あの地獄から五体満足……いや、男から女になったのだから満足といえるかは怪しいが、少なくとも生きてこうして大学に通えている。死ぬよりは数兆倍マシだ。浪人生活の一年で、鏡に映る見知らぬ美少女の顔にも、それなりに折り合いはつけてきたつもりだ。
だが、このヒールとタイトスカートの不合理さだけは別問題だ。一歩踏み出すたびに、アスファルトの硬さがダイレクトに足首を攻めてくる。今すぐヒールをへし折って、スカートを破って歩きたいという衝動を、エリート大学生としての理性でどうにか抑え込む。
「新入生の方ですか!? テニスサークルどうですか! 初心者大歓迎だよ!」
「こっちは演劇部! 君、銀髪自前!? めちゃくちゃ舞台映えしそうなんだけど、ちょっと話だけでも!」
キャンパス中央のメインストリートは、サークル勧誘の激戦区だった。
次から次へと差し出される色とりどりのチラシが、自由な方の手を塞いでいく。かつてのボクなら、巨体と三白眼で軽く睨むだけで、モーゼの十戒のように道が開いたものだ。
だが今のボクが眉間に皺を寄せたところで、周囲には「不機嫌で、だからこそ放っておけない美少女」にしか映らないらしい。
「あの子、ツンとしてて最高じゃない?」なんて野郎どもの声が、春の生ぬるい風に乗って聞こえてくる。
――やれやれ、こんなんで楽しい大学生活なんて、本当にできるのだろうか。
そんな不安を飲み込んだ時だった。
華やかな騒音の隙間から、粘りつくような不快な声が鼓膜を叩いた。
「いいじゃん、ちょっとお茶するだけだって。断るなんて冷たいこと言わないでさ」
「あ……あの、わたくし、その……予定が、ありますので……お引き取りくださいまし……」
人混みの影で、二人の男が小柄な少女を囲んでいた。
一人は少女の肩に馴れ馴れしく手を置き、もう一人は逃げ道を塞ぐように立ちはだかっている。少女は金色の長い髪を震わせ、今にも泣き出しそうに俯いていた。
なんでこんなお祝いの場においてこういうのが湧くのか。
いやこういう場だからこそ湧くのか。大学当局も無理な勧誘に気を付けてという注意をしていたのを思い出す。
そして体が、思考より先に動いた。
困っている奴がいたら、まず間に入る。柔道家として長年やってきた、やめるにやめられない行動原理だ。
「おい。その子が嫌がってるだろ。離してやれ」
低く、凄みを利かせたつもりだった。
だが、男たちはボクの姿を見るなり、ニヤニヤと下品な笑みを深めた。
「おっ、また美少女登場じゃん。もしかして友達? じゃあ君も一緒に遊ぼうぜ」
男の右手が、ボクの肩を掴んだ。
失敗したと思った。どうも前のイメージが抜けない。
今のボクは、身長180cmオーバー、体重100kgオーバーの重量級の柔道家ではなく、小柄な美少女といっても過言ではない女性なのだ。
それがすごんでも何も迫力はないだろう。
「ほら、2人と2人でちょうどいいし、遊ぼうぜ。いろいろ教えてあげるから」
「ひっ!」
金髪の少女が悲鳴を上げた。
ボクの方も生理的嫌悪を感じ肌が寒気立つ。
むやみやたらに力を振るうのはよろしいことではないが、ここまで来たら実力行使もやむを得ないだろう。
ボクは男の右手首を右手でがっしりと掴み、一歩踏み込む。
ボクの体はかつてのような圧倒的な質量はない。だが、龍災を経て手に入れたこの体は、驚くほど軽く、そして鋭い。
ヒールの不安定さをむしろ「予備動作のなさ」に転換し、右手を引いて相手の重心を崩しながら、男の重心が右足に移る一瞬の隙を右足で払う。
「せいやっ!!!」
「えっ?」
大内刈りだ。
そのまま、この小柄な体の全体重を相手のへそあたりに押し付けて、自分ごと真後ろへ刈り落とす。
ドォォォン、と重い衝撃音がアスファルトに響いた。
受け身も取れず、尻と後頭部を強く打った男は、当分の間は立ち上がることもできないだろう。
「な、なんだお前っ!?」
金髪の少女を掴んでいたもう一人が、慌ててこちらを抑え込もうと覆いかぶさってくる。
だが、その動作はあまりに緩慢だった。
ボクは男の左襟を迷わず掴み、その左腕の下へ潜り込む。
前の体では巨体過ぎて不向きな技だったが、今の小柄な体格ならばむしろこれの方が適当だろう。
「……せいッ!」
自分の脚のバネを使い、相手の勢いをそのまま前方へ。
鮮やかな背負い投げ。
重力から解放された男が、先に倒れていた相方の上に重なるようにして沈んだ。
周囲の喧騒が、潮が引くように消えていく。誰もが、目の前の可憐な銀髪美少女が繰り出した、あまりに『ガチ』すぎる投げ技に呆気にとられていた。
「ふぅ……。やっぱり、この靴は歩きにくいな」
ボクは乱れたタイトスカートの裾を払い、助けた少女に手を差し伸べた。
「大丈夫か? 怪我はないか」
少女が、ゆっくりと顔を上げた。
透き通るような肌。潤んだ大きな瞳。そして、その頭上には――カチューシャなどではない。
感情に合わせてぴこぴこと震える、柔らかな毛並みの金色の狐耳があった。
(……妖怪か。やはり都会の大学、そういう子らもいるんだな)
そんなことを考えていた時だった。
少女は、ボクの手を両手でギュッと握りしめると、顔を真っ赤にして叫んだ。
「あ、あの……わたくし、今日、本物の運命に出会いましたわ! 助けていただいたお礼に、わたくしと結婚してくださいまし!!」
「…………は?」
瑞原大学、入学初日。
ボクの平穏な「普通の女子大生ライフ」への道は、背負い投げでどこか遠くの空へ飛んでいったらしい。
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