老人は殺せ、異端者は沈めろ【氷と銀の宗教街】
アルフライラ
1話 氷と銀の効率司祭
老人は殺せ。
異端者を見つけたら浸礼式。
学者はおだてて利用しろ。
司祭ラジャーの好きな言葉だ。
教会堂の執務室に飾ってあり、修道士達に叩き込んでいる標語。
「ラー君。もうちょっと、他人に優しくなれないの?」
助祭ユーリが酸味の強い果実茶を持って来てくれた。
執務室は重厚な木を基調に、青と白、所々に銀が散りばめてある。
彼女は、書類を片付けて果実茶を置く。
「効率を考えるとそれは無理だよ。ユーちゃんも、寄付金は無駄にしたくないだろ?」
ラジャーは礼を言ってから茶を啜り、羊皮紙を脇に避けた。
汚い字で『寄付金の使用計画』と書かれている。
「せめて一番上の『老人は殺せ』は、やめようよ。私たちもいつか、おじいちゃん、おばあちゃん、なんだし……」
ユーリは、肩まである茶色の癖毛を揺らし、口はへの字に曲げた。
首のアミュレット――銀と青い石がチャリ……と静かに揺れる。
「俺たちが老人になったその時は、力の限り騒ぐさ。俺の周りさえ護れれば、あとはなんでもいいからな」
ラジャーは自慢げに額を示した。
黒い髪の中に閃く、四角と銀山を模した聖痕――神に選ばれた証。
「なんで、こんな輩司祭と結婚したんだろ。最初はイイ感じの青年だと思ったのに……へぇ……」
「騙された方が悪い! ふははは」
「もうー」
ラジャーは立ち上がりニヤニヤしながらユーリを抱き寄せた。
その時、
「ラジャー司祭、朗報があります!」
修道士が執務室に入ってきた。
朗らかな腹立たしい笑顔。
「ノックはして欲しいです」
ユーリは不満げに頬を膨らませた。
リスみたい。
「すいません!」
「んで、要件はなんですか?」
ラジャーはユーリを離すと、席につき、羊皮紙とペンを準備する。
「はい! 件の街にバカ共を送り込めました。偉いだけのアホに贈り物をした甲斐がありましたよ!」
修道士は恍惚として語り出した。
「おおおー! では、今日の晩飯は奮発しないとな! ふはははは」
「あ、あと、他にもお知らせがありまして」
修道士は懐から羊皮紙を取り出した。
若いのに指が乾燥してるらしく、指先にツバを着けて羊皮紙をめくりだした。
ユーリはそれをみて、顔をしかめた。
「もちろん、なんでも言ってください」
「学者共がウチでも、『信仰をしない自由』を広めるべきだって言っています……殺しますか?」
修道士は少しだけ低い声で話す。
外では、銀の美しい羽を持つ鳥が木に佇み、執務室を覗く。
「……ラー君、流石に殺さなくても」
ユーリは目尻を下げ、沈んだ声。
ラジャーはこめかみを抑え、脳内に血流と思考を巡らせる。
「……そうだな、殺さなくてもいいな」
「ラー君!」
「ラジャーさん、それだと、後々面倒になりませんか?」
ユーリは安堵の息を漏らし、修道士は顔をしかめた。
「効率を考えた方がいいですね」
ラジャーの声に、修道士は納得したように手を打つ。
---
ラジャーが修道士二人を連れて早足で応接室に向かう。
扉を開けると、件の学者が四人。
ラジャーはそれを見て、少し顔をしかめながらも席につく。
「ラジャー司祭! この街でもやはり、信仰は愚かな軍のプロパガンダになっています。信仰しない自由も認めるべきですッ!」
中央左に座っていた、中年の女学者が鼻息荒く話す。
窓の外をチラリと見ると、銀の鳥。
女学者をジィっと見ていた。
「ええ、一理ありますね」
ラジャーは作り込んだ愛想笑い。
女学者は破顔し、ラジャーの手を握る。
「諍いは話し合いで解決しましょう。軍は解体し、平和的外交で共存共栄を心掛けるべきですッ! ラジャー司祭からも、中央に掛け合ってください!」
ラジャーは配下の修道士に小さくハンドサイン。
右手を剣の柄にかけ、足に力を込める。
「ええ、もちろんです」
「……って言うわけねーだろ? バカ女」
ラジャーは素早く立ち上がると、女学者の首筋に剣を向け、脅しかけた。
剣は冷たい銀。
白い光が閃く。
「は、は、ぼ、暴力では何も解決できませんッ! 今すぐに剣をおろしなさい!」
女学者は両手をあげ、歯をガチガチと鳴らしている。
「じゃあ、今すぐに、この状況を話し合いで解決してみろよ。死にたくなかったら、ついて来てください」
「……私の夫は、ギルドマスターです。タダで済むと思いますか?」
「もし、声が届けばね」
---
教会堂の一室に大きな桶。
青いカーペットの先、餌を待つ魚のように口を開ける聖なる水。
「俺、音痴だから
ラジャーは嘆息し、恨めしそうに桶を見た。桶には聖水が並々と張られている。
「けひひ、終わったら呼んでください。バカ共を連れて行きます」
修道士は、縛り上げた学者達を部屋の隅へ追いやった。
「今、バカにしました?」
「してません」
「ったく」
修道士達が部屋の隅に行ったのを確認し、ラジャーは短剣で手を切った。
滴る血を桶に垂らす。
「いてーな! ゴホンッ! ……おおーいーなるー…………」
ラジャーが
「準備できましたよ」
ラジャーがそう言うと、修道士たちは学者達を整列させる。
「この暴力人ッ! 私たちをどうする気?」
「信仰しない自由があるなら、信仰する自由もありますよね? あなた達には、それを体現して貰うだけです、よっと!」
ラジャーは女学者を桶に突き飛ばした。
女学者は聖水で暴れている。
「引き揚げますか」
ラジャーは修道士と二人がかかりで、女学者を引き上げた。
「これであなたも、氷と銀の信徒だ。歓迎しますよ……彼女をよろしくお願いします」
ラジャーが言うと、修道士の一人が女学者を掴む。
「わた、私はどうなるんですか?」
「陽の当たらない静謐な銀鉱で、祈りを捧げ、働く日々も、そう悪くないと思いますよ?」
女学者の顔は青ざめる。
「やめろおおおお! 離してええええ!」
女学者は連れ出された。
残りの学者も、聖なる銀の水に沈む。
浸礼式は無事に終わった。
従順な信徒が四人も増えた。
ラジャーは高揚した足取りで、讃美歌を終えたユーリを連れ、家へ向かった。
銀の鳥は機嫌良さそうに歌いながら、ラジャーの後を追いかける。
---
「ん……むっ!」
息苦しい。
唇に慣れた感触。
柔らかい腕が首の後ろに回され、締め付けてくる。寝ぼけたラジャーは、のし掛かるユーリの肩をパシパシと叩く。
「……ぷはっ、苦しいって! 重いし」
「……ん、おはよう、ラー君。ご飯出来てるからね?」
ユーリは顔を離して口を拭いながら、ラジャーから降りた。
「……あぁ、いつもありがとう」
「後、私は重くないから」
ユーリはジト目。
「軽い軽い」
「後、手紙が来てたよ」
ユーリは手紙を差し出した。
蜜蝋も無く、水に濡れたようにぐちゃぐちゃだ。
「なんだこれ?」
目を細めて封をきる。
『俺を養え』
ラジャーは顔をしかめた。
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