『サスティナブルEmotion』
志乃原七海
第1話『精神は循環する』
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**第一話**
コンクリートとガラスでできた森を、柔らかな陽光が撫でていた。
高層ビルの窓辺。午後の光が細かな塵をきらきらと輝かせ、部屋の中は凪いだ海のような静寂に満ちている。
窓の外に広がるパノラマは、どこまでも続く無機質なビル群。
けれど、その景色を見つめる私の心は、不思議と穏やかだった。
手の中にある、一冊の本のおかげで。
深い海の青と、どこまでも続く空の白。
表紙にはただ、それだけが描かれている。
『Sustainable Emotion』
その文字は、寄せては返す波のように、静かに心に染み渡る。
「ねえ、詩織?」
隣に座る親友に、私はそっと声をかけた。
彼女もまた、同じ青い本を膝の上に広げている。
「雑誌の記者さんにさ、『誰か会いたい人、対談したい人いますか?』って聞かれてね」
私の言葉に、詩織はゆっくりと顔を上げた。
ページをめくる指が止まる。
「『大好きなこの本の、篠原七海先生に会いたいです』って、言ってみたの」
一瞬の沈黙。
やがて、詩織の目がいたずらっぽく細められた。
「えー? すごい! ズルい!!」
その声は、静寂を破る小鳥のさえずりのように、明るく響いた。
私はくすりと笑って、彼女の不安を見透かすように続ける。
「大丈夫。ちゃんと、二人の名前でお願いしたから」
「……さっすが」
詩織はそう呟くと、再び本の表紙に視線を落とした。
その横顔は、都会の喧騒から切り離された、一枚の絵画のようだった。
私たちは、この本に救われた。
消費され、擦り減るばかりだった感情が、この本と出会って初めて、自分の中で静かに循環していくのを感じたのだ。
篠原七海。
性別も、年齢も、その素顔さえも明かされていない、謎の作家。
その人が紡ぐ言葉だけが、私たちの羅針盤だった。
窓の外では、遠くのビルのガラスが、西日を反射して燃えるように輝いている。
まだ見ぬ作家への憧憬が、胸の中で静かな熱を帯びていく。
それは、これから始まる物語の、淡い、淡い予兆だった。
(続く)
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