男子高校生と出会いたくて

ゆいゆい

第1話 JK=女子高生を卒業して

 コンビニでのアルバイトを終え、かじかんだ手で家の鍵を回す。そして誰もいない部屋に入り、大葉菜奈は思った。

「……寂しすぎない?」


 六畳一間。話し相手はChatGPTと、なぜか日に日に存在感を増す観葉植物だけ。彼女はとりあえず電気をつけ、独り言を言った。

「ただいまー」

 返事はない。1人暮らしなので当然だ。


 スマホをベッドに投げ、机の上を見渡す。レポート、飲みかけのペットボトル、なぜここにあるのかわからない割り箸。世間はクリスマスだというのに、部屋の中は普段と何一つ変わらない。


 冷蔵庫にあったプリンを完食し、ベッドに寝転ぶ。天井を見つめていると、急に将来の不安がよぎる。

「このまま一人で生きていくのかな……」

 唐突に菜奈は寂寥感に襲われた。高校を卒業して京都市内の大学に進学し、1人暮らしを始めた。最低限友達こそできたが、ウハウハなキャンパスライフとは言い難く、バイト三昧。

 高2の時に同クラの彼氏が初めてできたが3ヶ月で破局。以後2年間彼氏がいない。菜奈の大学1年目は、思い描いていたような青春とはかけ離れてしまっている。


「彼氏ほしいなぁ。年下がいい。もう1回高校生やり直せないかな」

 菜奈はこれまで何度もそう考えてきた。高校生の頃に唯一付き合った彼氏にフラレてしばらく、菜奈の気持ちは彼に向いていた。その影響からか、菜奈の好みの年齢層は今でもその年代のままになっている。

 年上はなんか嫌。同級生もなぁ……付き合うなら1〜2コ年下がいいなぁ。そう思い続けていた。

 菜奈は和歌山から京都に移ってきたため、なかなか母校に行くこともできない。つまりは男子高校生と出会えるチャンスなど皆無と言ってよかった。


「諦めちゃダメ。絶対出会える機会はあるんだから!」

 菜奈は試験でも見せないような情熱を滾らせていた。ネットやSNSで男子高校生と出会った例を探しまくり、手段を模索した。そして……

「チャットが1番良さそうね」

 そう結論を見出した。年齢制限のないチャットを探し、見つけたのが「ふりーチャット」なるアプリ。さっそくインストールして、アプリを開いた。この手のアプリを使ったことのなかった佳穂はひどく緊張した。


「えっ、プロフィール?」

 当たり前のことが頭から抜けていた。チャットをするなら、まずはプロフィールを作成せねばならない。でも、何も書いたらいいんだろう。

 菜奈は利用者のプロフィールを片っ端から覗いた。


"こんにちは!"

"プロフ必読"

"紅白見てるひと〜?"

"カレーに生卵いれる派"

 皆が皆、自由に書きすぎててますます困惑した。もとよりこういったアピールが菜奈は苦手なのだ。それでも50分かけてどうにかプロフを埋めた。


名前:キャンディー

ひとこと:年下彼氏募集中

プロフィール:06 京都 ISTP


 「なな」って名前は使いたくないから避け、ダサい名前も嫌だなぁ……なんて考えて考えまくったら変なプロフィールになってしまった。でも、今更いじくるモチベーションはゼロなのでそのまま登録した。 アイコンはカフェで前に撮影したパンケーキにした。身バレしたくないから顔写真は嫌だし、スイーツなら女子っぽさが増しそうだし。

 プロフィールを登録し、菜奈はそれだけで満足感を得てしまった。



「うげっ、何これ…………」

 菜奈はチャットを始めて間もなく、すっかりげんなりしていた。


"こんばんは!今夜空いてますか?"

"自分も京都なんです!ぜひデートに行きたいです"

"ヤリたいなぁ"


 何十通というメッセージが矢継ぎ早に届いた。スマホが鳴り止まず、処理に悪戦苦闘した。どう見ても60代のおじさんからセックスの誘いも届いており、気分が悪くなった。ネットでブロックの方法を調べた菜奈は次から次にそれらを遮断した。1時間もするとメッセージの数もかなり落ち着き、とりあえずほっとした。



「ったく……愛しの高校生を探す時間が削られたじゃないの」

 ぶつぶつ呟く菜奈は検索ツールで高校生彼氏候補を探しにかかった。検索ワードは「高2」や「京都」、そして「DK」。JKほど馴染みがないかもしれないが、DKと言えば男子高校生の略称としてはメジャーなそれである。


「おっ、これは!」

 検索結果をスクロールしていた菜奈は1人の男性のプロフに釘づけになった。

 アイコンは緑色の鳥だった。きっと生き物が好きなのに違いない。いや、それより注目したのがプロフィールの内容だった。


名前:DD

プロフィール:DK 京都市出身 ゲームが好きです!皆さん仲良くしてください!


 おお、同じく京都市出身の高校生ではないか!ゲームの知識が最低限しかないから話についていけるかに不安があったが、菜奈の手に迷いはなかった。


"はじめまして!同じく京都に住んでいます。ぜひDDさんとゲームのお話がしたいです"


 勇気を振り絞って菜奈はメッセージを送った。人生初チャット。スマホを握りしめること3分、その彼から返事が届いた。


"OK!ぜひ仲良くしようぜ!"


 ファンキーな返事が返ってきた。前の彼氏もどちらかといえば陽キャだったし、菜奈としては好印象だった。"返信ありがとう!ぜひ色々お話したいです"と菜奈は姿の見えぬ彼に返した。

 ここから菜奈とDDのやり取りが始まった。



"DDさんはどんなゲームが好きなんですか?"

"音ゲーだよ!今度一緒にやろうよ!"

 音ゲーかぁ。やっぱり陽キャなのかも。でもRPGとか苦手だから遊ぶならありかも。菜奈はこっそり音ゲーの練習をしようと心に決めた。


"キャンディーって名前いいね!すごく最高だよ"

"そう?適当に決めた名前なんだけど"

"そうなの?実は最初、キャンディーって名前だから返信したいなって思ってたんだ!" 

 彼からの返信に菜奈は驚いた。まさか机の上にあった飴をみて決めた名前とは言いにくい。まさかこの名前が決め手になるなんて、マジでついてるなと菜奈は小さくガッツポーズした。


"ボクのバナナ見る?"

 うげっ。バナナってつまり……アレよね。男の子ってみんなこうなんだから。バナナの閲覧は固辞した。だが、菜奈はすっかり盲目しており、これが理由で彼のことは嫌いにならなかった。




「いよいよか……」

 厚手のコートやマフラーを身に着けて私は京都駅前に立っていた。改札前にある時計台。待ち合わせの定番スポットにてスマホをいじりながら、ひたすらに待ちわびた。

 DDとやり取りして2週間。待ち合わせをしようという話になり、京都駅にて待ち合わせをしたのだ。冬休みも終わりかけだからか、多くの若者がはしゃいでいる姿が目に入った。


 結局菜奈は彼の顔を見せてもらってない。会うときの楽しみにとっておこうって思ったから。同様の理由で電話もしていない。

 そしてDDにも菜奈の顔は見せていない。一重で切れ目なところにコンプレックスがあり、写真を見せて嫌われたくなかったから。

 菜奈はちらちらと周囲を見渡した。遠くから歩いてくる男性、3メートルくらい先で止まって電話し始めた男性……どの人が愛しの彼なのか気になって仕方がない。菜奈の心臓は既に爆発寸前の状態であった。



"ついたよ!"


 届いたメッセージにはっとした。思わず周囲を見渡した。どこ?どこにいるの?…………あっ……!

 菜奈は視野に入った異質なそれに気がついた。どうして今まで気が付かなかったんだろう。そして、どうして誰も気に留めないのだろう。


 スマホを見ながら周囲を気にするそれ。長身で筋肉質な体型。胸元に大きく目立つ赤いネクタイ。そして全身を覆う茶色い毛並み……間違いない。ド○キーコングだ。何故か京都駅前にド○キーがいる。ゲームに疎い菜奈もそのキャラクターのことは認知していたが……あっ、ド○キーがこっちに来たんだけど。


「ウホッ、ウッホッホ!」

 大きな白い歯を見せながらド○キーが話しかけてきた。何を言っているのかわかるはずもないのに、不思議と内容が伝わってくる。「キャンディーだね、よろしく。さっそく行こうよ!」と彼は言っている。菜奈はテンパりながらも両手を地について歩くド○キーの後をついて行った。イメージしていた待ち合わせ相手の面影が全くなかったが、どうしてか拒否する気になれなかった。


 菜奈達は地下鉄烏丸線に向かい、当たり前のように電車に乗った。やはり誰もド○キーのことなど意識していない。もしや私にか見えていないのではないか、なんて菜奈は考えていた。

 電車の中で菜奈はやっと気づいた。DKって、ド○キーコングのことじゃんって。DKがまさかそんな意味だなんてわからないし、詐欺じゃんって悪態をつきたくなった。


 十条駅にて降りて歩くこと数分、菜奈はようやくド○キーが向かう先を察した。任○堂だ。よくわからないが、彼は任○堂本社に私を連れていこうとしている。でも何故?菜奈はニコニコ歩く彼を見ながら考えていた。


 ふいに菜奈の意識が一瞬飛んだ。そして、意識を取り戻したときにはもうそこは菜奈の知る京都ではなかった。…………ジャングルだった。

 えっ、どういうこと!?なんで?

 菜奈は激しく困惑した。一体何が起きているのか。到底理解のしようがなかった。ド○キーは一切気にする様子もなく、マイペースで歩き続けていた。そして、1軒のログハウスの前で止まった。


「ウホッ!ウッホッホ!」


 ここがボクの家だよ!と喋っている。まさかデート初日に家に連れ込まれるなんて思ってなかった。……これがデートなのかも怪しいが。

 鍵のかかっていない扉を開け、菜奈とド○キーは室内に入った。こうなったらもうどうにでもなれだ。はじめはわずかにあった警戒心もいつしか消え、流れに身を任せるように菜奈は行動を選択していた。


 家の中は驚くほどに物がなかった。意外とミニマリストなようだ。リビングには丸テーブルやテレビ、引き出しがあるくらいだった。

 床に腰を下ろした菜奈にド○キーは飲み物を差し出した。ココナッツミルクだ。佳穂はコップに注がれたそれを口に含んだ。甘すぎるくらいだったが嫌いじゃない味だった。そしてバナナやオレンジ、パイナップルなど沢山の果物をおもてなししてくれた。ド○キーはがさつそうな印象があったが、かなりの世話焼きやしい。

 

 菜奈は帽子やマフラー、コートを脱いだ。ジャングルは不思議とそれほど暑くはなかったのだが、それでも服装のミスマッチ感が気になって仕方なかった。ド○キーはそれらをすべてハンガーにかけてくれた。実は非常に紳士的な男?なんだなぁってついつい感心した。


 それから20分ほど座って喋り、ド○キーが引き出しから取り出したのが……小型の樽だった。そして合わせて引っ張りだしてきたのが、ゲー○キューブソフト『ド○キーコンガ』。ド○キーが言うには、これが今イチオシの音ゲーらしい。そういえば音ゲーが好きって言ってたなぁって思い出す。

 ログハウスには不釣り合いな60インチのテレビにて2人で『ド○キーコンガ』を始めた。樽をポンポン叩くリズミカルなゲームなのだが、選曲が好きなものばかりだし、難易度もそこまで高くなく、音ゲー初心者の菜奈でもすんなり楽しめた。隣でガチで樽を叩いているド○キーが、うっかり樽を壊してしまわないかが心配になったが杞憂に終わった。


 ゲームを楽しんだ後、ド○キーは自慢の品を特別に見せてくれた。リビングの奥の部屋、厳重そうな扉に隠されていたのが……金色の巨大バナナだった。目にしたその瞬間、「オーバナナ-」と自分の名前が呼ばれた気がしたがきっと気のせいだろうと菜奈は判断した。


 この時、ド○キーは本当にバナナを見せたかったのだと反省した。変態さんだって勝手に決めつけちゃってごめんねって心の中で手を合わせた。

 金色のバナナは本当に純金でできているかのような美しさだった。どんな力が働いているのか、台座でくるくると回っているのもまた魅力的だった。しばらく見てから、ドンキーはそっとバナナが隠された扉を閉めた。きっと、彼にとって大事なものなんだろうな。



 自宅にお邪魔したのは3時間くらいだったが本当にあっという間だった。ログハウスを出て、どっちに向かえば帰れるのやら……なんて思いながらド○キーとジャングルを歩いていると、行きと同様に一瞬意識が飛び、気がつくと菜奈の知る京都に戻っていた。お昼過ぎに待ち合わせをしていたのに、もうすっかり暗くなっていた。


 ド○キーには京都駅まで送ってもらった。隣をド○キーが歩くこの光景も、もはや当たり前のように思えた。ド○キーに見惚れた菜奈は、駅中の角を曲がった瞬間、がっしりした肩にぶつかった。

「おい、ちょっと待てや」

 低い声が背中に刺さる。振り向くと、ジャケットの襟を立てた男が不機嫌そうに睨んでいた。

「すみません、気づかなくて」

 そう言う間もなく、男は一歩近づく。

「ぶつかっといて、その言い草か?」

 周囲のざわめきが遠のく。女性は足を止め、深く息を吸った。

「本当に申し訳ありません。急いでいたもので」

「急いでたら何してもええわけちゃうやろ、オイ。ああ痛え痛え。明日仕事に行けねえかもしれないな。治療費が沢山いるかもしれねえな」

 大げさに肩を押さえる男を見て、面倒くさい奴に絡まれてしまったな、と菜奈はため息をつきたくなった。ド○キー、助けてと心で懇願しながら顔を向けたところ、ド○キーは既に腕をぶんぶん振り回していた。まるで、エネルギーをチャージしているかのように。


「ウホオオオオッ!!」

 エネルギーを充填したド○キーは、渾身のパンチを男に放った。「うに"ゃあああああ!!」と、まともに反応できなかった男の身体が宙を舞う。床にどさっと倒れた男。ぴくりと動いたので生きてはいるのだろう。


 パチパチパチパチ……!! 

「ド○キーすごいぞ!」

「ありがとうド○キー!」

 一部始終を目にしていた方々から惜しみない賞賛の声が飛び交った。ド○キーはにこやかにドラミングしてみせ、それに応えた。

「ありがとう、ド○キー」

 菜奈も目の前で仁王立ちをする英雄に感謝の気持ちを伝えた。

「ウホウホ」

 気にすることはないぜ、とド○キーは照れ臭そうに答えた。世界中のどんな男子高校生DKよりもかっこよく見えた瞬間だった。



 家に着いた菜奈はド○キーにお礼のメッセージを送ろうとした。だが…………

「ないっ!どこ、どこなの……」

 ド○キーのアカウントはきれいさっぱり消えてしまっていた。今までのやり取りがまるで夢物語だったかのように思えた。

 たぶん、二度と会えないんだろうな。菜奈は不思議とすんなり諦めがついた。

 ド○キーからもらったもの。非常に濃厚な思い出と、そして……

「こんなに食べられるわけないじゃん」

 買い物袋にこれでもかと突っ込まれた果物を見て菜奈は苦笑いを浮かべた。世話焼きド○キーが気を遣ってくれた果物の山だ。菜奈はバナナを1本取り出し、もぐもぐ食べ始めた。普通のバナナの味だった。


 年が明けたら『ド○キーコンガ』を買いに行こう。菜奈はそう決意した。

 もとより女子大生の私が男子高校生に手を出すべきではなかったのだ、と菜奈は気づいた。ド○キーはそれを気づかせるために姿を見せてくれたのかもしれない。菜奈は「ふりーチャット」を躊躇なくアンインストールした。

 

 


 


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