擁妖精誓

@lelesk

単話

惑星レイズ。その衛星、月にあたる場所。そこに住む種族、魔法使い。

過去に魔法使いは月へ移住した。魔法の根源であるマナはここから多くレイズへ送られてくるとされていたためだ。

一般の人間よりもマナを取り込むことが出来る魔法使い達は生命の成長速度が遅く、人間より10倍ほど長寿となった。そして彼らは勤勉で探求熱心であったため一人一代の功績で文明は大きく育つ。

それにより現在はレイズいちの都市と同程度発展した衛星となった。


この衛星には四季に該当するものがある。

これは超常的な魔法によって月に顕現している門の開閉により行われている。

この門は妖精の国へ繋がっており、そこに存在するマナの樹から魔法の根源であるマナが送られてくるのだ。

この門が開き始める、マナが送られ段々生命活動が減る、作物が育たなくなる時を秋として。

門を閉じ始める、マナが送られず段々生命活動が活発になる作物が育ちやすい時を春として。


妖精の国は異世界であり、惑星レイズを含め月からはこの門で行き来することができる。

妖精の国にはマナの樹が植えられている。この樹は光合成をするがごとくマナを生み出す。他の国でも挿し木によって植えられているが全体で見るに半分以上がこのマナの樹によってマナが生み出されている。

そしてマナの樹を守り育む者たちが妖精という種族である。彼らは魔法使いより多くのマナに触れており生命活動が限りなく停止している彼らの命は実質的に無限であると言ってもいいであろう。



「で、今年も0.05%上昇か。」

惑星レイズの衛星、そこにある4つの国の統治からも外れた土地。そこにある家の書斎で机に向かっていた男は隣に立っている女性から報告されたことを反復し、頭を掻いた。

「2,3十年前からずっとその調子よ。」

報告に来た女性は机に置いた資料のグラフを指して読ませるように手を動かす。

その調子と言うとそれ以前から1%は上がっているということになる。大気全体で見ての1%だ。30%占めているモノが1%上がっているとすると実態は1.1倍ということだ。

「結局夏になろうがマナが薄くなることはなかったってな。」

それについては資料を貰わなくてもわかっていることだが。

マナは魔法を扱うのに大切な大気の一つではあるが生命活動を阻害する働きがある。

この程度の上昇値なら気圧性頭痛と同じく季節の変わり目に頭に響く程度で済む話だがそれは人間のような大きな生命だけであって、野菜などはその被害例だ。

この土地はそもそもマナが多いせいで野菜は育ちにくい。

成長に十分な生命活動が出来ず満足な大きさにならない、もしくは枯れてしまう。

故にこの衛星では穀物を含め野菜は高価であるのだ。(畜産も同じく)

輸入もあるがこの場合も政治的複雑な理由でそれよりも高価である。

「農地付近の植樹を行っても改善されないし。」

この植樹で植えているものとはマナの樹と相反する世界樹のことだ。光合成の時にマナを分解する。ただしその両方は相性が悪く、マナの樹の影響が大きいこの土地では小さい木の状態だとすぐに枯れてしまう。

「扉の管理については?」

「開閉日時、角度は常に一緒。」

つまるところ

「返事は来てたか?」

「えぇ。ハロウィンの主賓として。」

収穫祭及び開門祭、ハロウィン。開門祭が主であり門の管理は彼らの管轄である。

10年も頼み込んでこの対応である。

つまるところ彼女らはこの事態に非協力的なのだ。

「行くぞ、シーファ。」

男は椅子を引いて立ち上がる。細身ながら筋肉の締まった姿に白色のシャツ一枚。

入口横に掛かった魔法使いらしい黒いとんがり帽を被り灰色の長いローブを羽織る。

惑星レイズ。その月に住まう眷属が持つミドルネームを唯一、姓で名乗ることが出来る本家レル(魔法使い)。その4代目、レル・レヴァレル。

魔法使いにしては高身長(といっても人間の平均程度)の男より目一つ分ばかし高い女の横を通る。

腰まで伸びた紫髪を垂らし、上着も服も丈どころかまともに閉めず女性的部分を下着とともに露出した魔法使いのアイデンティティの欠片もない女性。

男と同年代の右腕、シーファ・アストレイティアだ。

男はどこへと言わなかったが女は付いていく。聞く必要がないのではなく、彼女は魔法使いと悪魔のハーフであり、数ある悪魔の中の力の一つとして女は触れた相手の情報を読み取ることが出来るのだ。そして彼女も魔法使いであるがためレルの名を持っているが珍しく省略して名乗っている。



月の中心、門。石枠と石扉だけの20mの巨大建造物。精霊の遺物により現在までの魔法では再現できない完璧な転移門(シーファが言うに理論自体は難しいものじゃないらしい)。今は季節から閉じているがその横にある転移装置管理機関に訪れる。門が閉じている間はこの転移装置で移動する。手続きを顔パスし、荷物検査、健康調査を10分ほどしたのち転移装置で瞬時に門の先へ移動する。その先は妖精の国だ。

この国は門から始まり直線の最奥に宮殿とマナの樹が存在している。

その間に存在する町は食、土産、道具屋、民家と観光の土地である。中央の主道から木造平屋の長屋が乱立したここは外から来た者があちこちに植えられた年中咲き誇り散るマナの樹で花見を楽しむ。この土地が観光で留められているのは空気中のマナ量から妖精以外の種族には長居が出来ないためだ。

「どうだ?」

「ある意味期待通りよ。」

こちらのマナ濃度が明らかに増えている。それも比にならないほど。

簡単にその不快さを説明するなら湿度が100の空間に居ると思って構わない。だがマナはそれ以上に増えうる。

道行くこちらを商人が声掛けする。100cm程度ながらこちらの顔の高さに合うよう浮遊している奇妙な男共。彼らが妖精だ。

妖精の国で生活できる生き物であるので当然マナの保有量が多く。故に彼らの寿命はとても短かった。

マナを保有するほど生命活動は阻害されその分寿命は延びる。それは魔法使い、ひいては魔物(魔力を多く持つ生き物)が長寿である理由だ。その理論で行くと妖精は永遠の寿命を手にする。しかし行き過ぎた場合はどうなるのか。結果としては彼らの寿命は30年として持たない。そもそも身体の維持、成長が阻害されることでその成長分長生きしているのだ。生きる生命力すべてがマナにより妨害されてしまえば身体を保てなくなり身体は若いのに体がグズグズにほろけて朽ちる。一部の魔物にも見られる事象だ。

さらに妖精は男性しかいない。女王のただ一人が妖精の女性だ。おおよそ30年に一度女王は女性の妖精を産む。それ以外は男性が産まれるのみだ。さらに詳しく言えば妖精と他の種族が交じり合ったとしても生まれるのはハーフであり相手方の種族が色濃く表れる。マナが多いが故生物としての遺伝子も弱いのであろう。

つまるところ彼らはこの空間にも対応できる代わりにあまりにも歪な生き物であるということだ。そして今この国に居続ける妖精の寿命が短くなることにより死亡者数が微増しているということだ。

それだけならまだしも。



中央の道を進み続け平屋の居城に行き当たる。門番へは顔パスで通り応接室へ通される。

この町の最奥、引き戸の広い窓から見える最も大きく美しいとされるマナの樹が最大の観光資源だ。

「何度もご足労を掛けてすいません。」

マナの樹と逆側の引き戸奥から詫びの声が聞こえ、それに対し断りを入れると女王自ら戸を開けて入ってくる。

麗しの令嬢と言わんばかりの、灰色の長い髪を後ろで括った少女(年齢で見れば十分成人している)。

少女は立てばこちらと頭一つ分違う小柄(妖精から見れば十分大きい)で緩やかなドレスを着た妊婦として現れた。

相手が座椅子に腰かけ終わるのを計ってから一声を出す。

「あぁ。カルバさん。貴女がこちらの要求を呑んでくれないので。」

「無論あなたのデータは信用しています。臣民がこの気候に耐えられなくなっていると。」

「こちらの要求は下げてここまでだ。無論この前提示した通り対応はこちらでも行っている。だがそちらにも対応いただかなければ効果が薄い。」

この場での資料開示はしない。既に何度か見せたもので今回は軽い挨拶のようなものだ。

「再三になりますが呑めない要求となります。」

きっぱりと断られる。

対応案はこうだ。

門の開閉期間と量を調節して一時的に気候は崩れるが換気を行う方法。こちらは精霊に託された仕事でありスケジュールの変更は出来ないそうだ。折り合って変更出来ないのか頼みもしたがその先は不明で現状を考えれば断られているのであろう。

マナの樹の剪定も断られている。精霊から授けられているマナの樹に手入れを行うなど言語道断だという。

そして世界樹の植樹も禁止された。マナの樹に相対する存在は汚らわしい物として扱われている。

「残念だ。」

「えぇとても。」

・・・少しの沈黙が流れる。

「もう少しでハロウィンになる。そこで返事を貰いたい。」

「わかりました。」

勿論この調子だと結果は変わらない。だがそれが何を示すか彼女も解っているだろう。

「姉様~?」

「お話は以上で?」「あぁ。」

ここに居るから入っておいでとカルバが扉越しに声をかける。

「あ、これは失礼いたしましたレル様。」

扉を開け、姉であるカルバと違いドレスではなく前開きの衣装を帯で閉じた民族衣装の少女が姿を現す。姉と同じく整った顔立ちで同じような背丈に長い灰色の髪を後ろで括っている。

「ハロウィンのことで話してたんだ、ノルコちゃん。」

「そうですか。そちらの収穫祭も楽しみにしています。」

単と話される。

「ノルコは食べるの好きね。」

「あ、えっと。新鮮な野菜に会えること、その恵みに感謝をするのは私たち妖精も変わりないので。」

「今年の野菜も美味しい物が出来そうだ。楽しみにしてくれ。」

「そうですか。」

乾いた会話の中に少し笑顔が生まれた。



ノルコは姉であるカルバと歳が4つ離れている。彼女が来年12になるのであれば儀礼をしたのち成人になる。そして母無き今カルバは儀礼を早々に済ませ12歳で成人して女王の位置に就いた。

帰路を歩く男と女は重い空気を抱えている。

「彼女の健康状態はどうだ?」

「子を産むということに関してなら問題ないわよ。妖精の子はマナが多いから彼女の体には障り無い。」

「種族柄だな。反吐が出る。」

レルがここまで嫌うのは珍しいことだ。

彼は最も繁栄している人間、ヒューマナから政治的不平等や差別を受けている様々な少数種族の人権問題を提示したり、自分たち魔法使いが悪魔に行う迫害を対処しているのだ。

それなのになぜ妖精に対してはこのような態度になるのか?そこには彼のもう一つの話が必要になる。

彼は精霊を嫌っているのだ。精霊とは人間を作りこの世界に送った当の本人、いわゆる神だ。正確にはその同じような存在が精霊と神、二ついるのだが彼はその内の精霊を敵にしている。

彼のお爺様は真理到達のため奔走した結果精霊に出会い、殺された。理由は不明だ。彼はお爺様も嫌っている。この魔法使いという種族を作ったこと。それと真理に到達できず勝手に消えた事。その自分勝手さが許せなかったとしてもそれを殺したさらに自分勝手な精霊を許していない。

それから妖精のような不完全な生命体をこの世に産んだことだ。彼は神話を信じていないがそれはただの反発心だ。それが真だと知っているからこそこのような口を言っているのだろう。

故に彼は妖精を嫌っているわけではない。むしろ健全に生きるためにどうすればいいのかこうして願いを届けているのである。

「ほんとに嫌いなのね。」

「この前の含めてな。」

この前というのは影という種族が居る文字通り裏世界のような場所に行ったときのことだ。いろいろあったが出来事の犯人がその精霊でありそして彼自身の中に居座っている。

そして彼はそれをお爺様のせいだとも言っている。表に現れて荒らされては、まあその気持ちもわかるというものだ。

結局その後何も喋ることもなく転送装置を通りレルの家に着いた。

「じゃ、あたいは仕事あるから帰るわね。」

「珍しいな。」

「言うほどかしら。そういうなら朝まで居てもいいけど。」

「やめてくれ。」

「そ。じゃあまた。」


男が帰った後の屋敷で座布団に腰を下ろしながらマナの樹をそのまま流し観する姉妹がいた。

「姉様?最近レル様が良く来ますね。」

「えぇ全く。」

「結婚でもするの?」

鼻で笑われる。

「私たちは結婚しないの。」

「いいじゃないですか。レル様は様々な人に手を掛けてるって言われてますよ。」

「ただの趣味と私たちでは違うの。・・・彼の場合はただの節操無しというか。」

呆れた存在だ。こちらの気は変わることはないというのに。

「そうやって気に思ってるってことです。」

「あぁ。とても悩ましい。」



日が立ってハロウィン当日。

人々は門の前で賑わっていた。

月で行われるのは単に宴であり、催事は妖精の国で行われている。

道に屋台を広げ、野菜を売り、料理を売り、趣旨とは関係ないがここぞとばかりにアクセサリや研究書を売っているものもいる。

月にある4つの都という肩書も関係なくマナの恩恵に感謝・・・しているのかわからないくらいの盛り上がりを見せている。

それは妖精の国でも同じだ。彼らもまた転移装置を利用して祭りに参加しようと並んでいる。門の開錠が始まるのはまだ先だ。それに開いても完全に開くにはひと月は必要で、しばらくは少ししか開いていない。なれば今と並んでいるのである。

それにより今居るこの平屋の城に近づくほど厳かな雰囲気になっているのである。

「今年も開門の時期となりました。私たちの生活を豊かにするマナを魔導月、ひいてはレイズの土地に分け与えるハロウィンが。」

「魔導月では今年も豊作と聞いております。それに、今年は果物がより良い物が取れているそうです。」

「私たち妖精はこれからも精霊から承った目的を忘れず、そして良き隣人である魔法使いの皆様と共に繁栄することを心より願っております。」

女王からの祝辞だ。例年自ら書き下ろしているマメな人物であるが今年はその中でも一層気楽な文章を書いているようだ。

「それでは、魔導月より祝いの言葉をいただきたいと思います。レル・レヴァレル。」

祝辞だ形式だのしているがこの場に居るのは彼女の関係者と月の偉い人というクローズドな空間である。まぁ、城の中で行っている儀式のための礼だからこの程度にしているのだろうが。

「あー、今年もこのように開門祭が開けた事を嬉しく思います。特に今年は時勢の変化や研究の成果もあり量よりも質で勝る素晴らしい果物が収穫できているということは私の耳にも届いております。」

「これから私たち魔法使いは休業期間に入り、扉の開門、マナの樹の恩恵を十分授かるべく魔法の研究に取り掛かる時期に入っていきます。これからも妖精の皆様方と友好的な関係を、マナを通してだけでなくよきパートナーとなれるよう一層励んでいく所存です。」

式は定型的に進んで行く。そして定刻になり女王は扉を開きに奥へ消えた。



・・・

遠くで祭りの音がする。喧騒と真逆のマナの樹の下。

「居たの?」

「あぁ。」

日が沈み切る僅かな時間、先に木の下に居たレルにカルバは声を掛けた。

「お腹の子は大丈夫か?」

「えぇ。無事男の子が。」

「そうか。」

男は互いに距離を取って見つめていた目線を身体ごと外す。

「いつ見てもこの樹には反吐が出るな。」

咲き散り誇り続けるマナの樹には人体の一部が付き出るように埋まっている。

妖精はそのマナの濃さからやがて身体を維持できず自壊する。そして30年に一度しか産まれない女性の妖精1人だけではこの人口を維持することすら難しいだろう。ではどうなっているのか。それは、彼女達が死ぬ前にマナの樹に埋められマナの樹の一部となる。それによりマナの樹がマナを作り出すために取り込む生命力の一部を受け取り、自壊せず永遠の命に戻るのだ。

そうして身体の機能だけ取り戻した歴代の女王達は孕み袋として扱われる。

遠くから見れば咲き乱れる桜のような美しい木であるが実態は無能人間と化された人間を利用した生産工場である。

「この身体はお前の母か。」

最も低い位置、男の目線に合わさる位置に局部にあたる造詣が出ているのが分かる。

辺り一帯の腐敗した匂いで紛れているが彼女もまた汚されている。

「えぇ。良き母でした。」

「この裏手にはおばあさんが居たな。」

「・・・」

「彼女は結局生きている間に女の子を産むことが出来なかった。」

「・・・そう聞いております。」

「女の子を産ませれればその種子を提供できた男は一生困らない生活が出来る。」

「それは名誉あることですから。」

「んなわけがあるか。彼女が死んでからどうなっていたか知っているのか。」

男は確かに見ていた。その地位を手に入れようがために本能よりも汚い理性で群がっていた男どもを。

「お前達のそれは治すことは出来ないのか?」

「ええ。この身は精霊に頂いた大切な物。何度も言っているけどそれは呑めない内容です。」

男は向き直る。

「それならあなたこそ、魔法使いでありながら悪魔を使役してますよね。」

「使役?いや。対等になるようにしているだけだ。」

魔法使いは悪魔を魔法に悪する者として迫害している。なんなら悪魔であるシーファも悪魔殺しの家系の出だ。

「何が違うっていうの?マナと生命は相反する存在。マナを使うために生まれた存在である魔法使いのあなたが神の力を信用するなんてね。」

「どっちかって思想は良くないぜ。俺らは精霊でも神でもない。むしろその2つがあるんだったらバランスを取るのが一番なんじゃねぇのか。」

「私にはわからない。でも、あなたが言っている事は何度も言うけど呑めない内容。」

彼女はこのためにと帯刀してきた太刀を腰の鞘から抜き出す。

「だから、ここで決めましょう。」

「まいったな。お前は殺したくなかったんだが。」

召喚魔法で男は銀の直剣を取り出す。

構えるや否や一閃が突き刺さる。

それを面で受けて横に流す。

流したまま剣を外に弾き上げながらその逆方向から剣を下げる。

それを体の動きで避けられ、互いに間合いを詰め直す。

「スジがあまり良くないな。」

男は多少なりとも剣の扱いは出来るがあくまで並である。

そしてカルバ自身もあまり筋のいい刀の使い手ではない。

それが彼女の経験か、今の体調か。いずれにせよほぼ互角の剣戟になるのは必然だ。

とあらば、

男は左手を開け魔法の詠唱に入る。

瞬間的に唱え、自分の正面の空気を硬化させる。

そう。魔法に関していえば魔法使いである彼。よりも女王の方が強い。なぜと言われれば簡単である。妖精である彼女達の方がマナ自体に強く、そして人間とは違うのだ。

人間は総べからずの魔法を使用するために手順を踏んで発動する必要がある。

しかし妖精は他の魔物やより上位の存在に近い。

彼女達は無詠唱で属性の無い単純な魔法を使用出来る。

それは今のように空気の壁先から伝わる炸裂的な衝撃波のような、単純でありながらも強力なものを打てるのだ。壁が無ければマナの伝達がこちらまで伝わり胸元が吹き飛ぶことくらい有り得た。

この差を埋めるために男は自らが潜った戦闘の知識で戦わなければならなかった。

相手の思考より早く防御魔法を貼り、剣戟と立ち回りを最小限の動きで捕らえ、且つ間に合わない無詠唱魔法に対して自分の防御魔法を再利用する立ち位置まで自分が動く。

その合間にも相手の行動を阻害し、次の予測を立てやすくするフェイントにも似た通常の斬撃、そして相手の威力に大きく満たない僅かな時間で詠唱できる真空波を飛ばす。

「あなた、何かを隠してて?」

「いや。俺にはお前を殺す気はない。」

「でなければ私があなたを殺します。」

「曲げてくれてもいいもんだと思うがな。」

互いに傷は浅い物の劣勢である。

隆起し、整った壁面と崩された床に飛び回る。

だがその差は遂に開く。体内の魔力量も違うのだ。これ以上の魔法は見込めない。

そう、次の無詠唱魔法は避けれない。

それに対して男は別の手法を取る。剣で挑む構えを取った。

その僅かな隙を流石の女王は逃さなかった。


勝負が着いた。

女王の胸元を、魔力を貯蔵する器官を貫いている。

魔法が出ないのだ。

「悪いな。」

「・・・」

そう。シーファは最初からこの惨状がバレない様人払いしていた。そして今、ついでにこのあたりのマナを固定化させ魔法に出来なくさせる空間固定の魔法を放っていた。

カルバの魔法は不発に終わった。そしてその隙をついて男がとどめを刺す形となった。

差し込んだ剣をそのまま払い、身体を引き裂く。

「なぁレル。」

「なんだ。」

「一ついいか。」

倒れたカルバの口元に近づく。

「ノルコを、頼めるか。」

「何の風の吹き回しだ。」

「・・・私はお前の要件を呑まないからな。」


「シーファ。」

付近にいるであろう彼女の名前を呼んで少しすると女が来る。

男の肩に女が手を触れる。

そのまま何も言わずに女が男と立ち代るように女王の傍に寄った。

詠唱。

展開。

辺りは以前のように静けさを取り戻していた。



翌日、置手紙と共に女王が失踪したことが発見された。

置手紙の内容から次の女王にノルコが選ばれた。

そしてレル達はすぐに呼ばれる。

「やぁノルコ。おっと。」

フランクに居城へ上がり、彼女の待つ応接間の戸を引いた瞬間、喉元にカルバの太刀を突きつけられる。

シーファが即座に魔法で首元を守ってくれなければ刺さっていた所だ。

「昨夜、姉様の部屋にこの置手紙が置いてありました。」

そう言って彼女は空いた手で手紙を掲げて見せる。

しかしその内容は至って普通で、自分が失踪することと引継ぎの話が書いているだけである。

「この手紙の前に姉様の刀が置いてありました。」

「それが俺と繋がるのか?」

「えぇ。最近の姉様はあなたの事に悩んでいた。勿論私が聞いていないとでもとは言わせません。ハロウィンに向けた準備を。」

「レル。貴方は姉様をどこへやったのですか。」

少女の鋭い目に、シーファにコンタクトを取れない。

「殺した。」

シーファが口を出した。

少女はその言葉を飲むことが出来ず、立ち尽くし、むしろ刀を握る手をきつく締めた。

「お前を託された。ノルコ。」

男が口を開いたことに反射的に少女は襲い掛かる。

それに対し素早くシーファが回り込み、腕を掴み地面に伏せさせ拘束させる。

バレていたらそんなことも無理であろう。男がそう思うとシーファがこう返事した。

「記憶をちょっといじろうかしら?」

「・・・ああ。」

その言葉に答えるとシーファは魔法を詠唱し、ノルコを気絶させる。

少女を抱えてまた別の魔法で男の家まで転移魔法を唱えた。

男の家の地下室。その広い地下室の一角で簡易的な、魔法を使った医療を行える場所がある。

シーファはそこまで少女を運んでくると少女を部屋の中心にある台に乗せて身に着けている衣服を脱がせ始める。

男は記憶を弄る魔法を使えない。なぜならそれは脳や身体の微弱な信号を魔法で切り替える方法しかなく、理論上魔法で行えようが普通の人類であれば記憶領域に今回操作する場所とその小ささに対する魔法の操作など不可能だからだ。しかしシーファであれば常に情報を読み取り正しい位置に魔法を当てることが出来る。だからこの場から少し離れて待つことしかできない。


1時間ほどして部屋に籠っていた男の元に扉をノックする音がする。

「レル~出来たわよ。」

無論返事も待たず女は入ってくる。

その横には年相応に身長がまだ育っていない銀髪の長い少女、見た目上は以前と変わらないノルコが居た。

一つ違うとすれば彼女の周りにまとわりつくようヒトダマが回っている事か。

「それは元の記憶よ。一応取り出して魔物としてみたの。」

「さ、ノルコちゃんは業務があるから一旦お城に戻らないとね。」

ほら、挨拶しなと女は少女の背中を軽く押した。

「はい!行ってきますね!兄さま!」

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