『処刑された『国崩し』の軍師、少年期に回帰する。〜裏切った帝国を滅ぼすため、辺境の村で未来の『魔王』や『聖女』を保護して最強の私兵団を作ります。〜

kuni

第1話

「アレス・フォン・ハインベルグ。貴様を国家反逆罪により、死刑に処す」


 断頭台の上。

 無機質な宣告が、冬の抜けるような青空に響き渡った。


 判決を下したのは、かつて俺が命懸けで守り、泥をすすってまで玉座に押し上げた男。

 帝国皇太子、ジークフリート・フォン・バラル。


 その光り輝く金髪と、正義に満ちたはずの青い瞳は、いまや俺への軽蔑と「厄介払い」が済んだ安堵に濁っている。


 周囲を見渡せば、俺の策によって飢えを凌ぎ、俺の策によって戦火を免れたはずの民衆たちが、顔を真っ赤にして叫んでいた。


「殺せ! 裏切り者の軍師を殺せ!」

「帝国の面汚しめ! お前のせいでどれだけの税が使われたと思っている!」


 民衆が投げる腐った果実や石が、俺の頬を叩く。

 ……ああ、馬鹿馬鹿しい。


 怒りよりも先に、呆れが来た。

 俺というリソースを、たかが「天才すぎて恐ろしい」という感情的な理由で廃棄処分にするとは。


 この国を支えていた知能指数(インテリジェンス)の半分を、自ら断頭台に送るようなものだ。

 これほどまでに非効率な組織が、今後も存続できるわけがない。


 ——この国は、もう終わりだ。


 首に冷たい鉄の感触が触れる。

 刃を固定している留め具が外される、金属の軋む音がした。


 もし、次があるのなら。


 今度は誰も守らない。

 俺自身が、俺のためだけの最強の国を創る。

 俺を裏切ったすべてを、盤上の駒として使い潰してやる。


 視界が、反転した。

 俺の首が落ちるよりも早く、帝国の歴史が瓦解する幻影を見た気がした。


 ***


「……れす。アレス、起きなさい。もうお昼よ」


 安っぽい木材の匂い。

 鼻を突く、埃っぽいがどこか懐かしい生活臭。


 そして、カーテンの隙間から差し込む、暴力的なまでに穏やかな春の陽光。


 アレス・フォン・ハインベルグは、勢いよく上体を起こした。

 首筋に、強烈な違和感がある。

 そこにあるはずの「断絶」がない。


「……はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


 荒い呼吸を整えながら、自分の手を見る。

 小さい。

 節くれ立ち、数々の修羅場を潜り抜けてきた「軍師」のそれではない。

 白く、細く、まだ何一つ掴んだことのない子供の手だ。


「アレス? どうしたの、怖い夢でも見た?」


 枕元に、一人の女性が立っていた。

 緩やかに編んだ茶髪。綻んだエプロン。

 そして、慈愛に満ちた、温かな眼差し。


「……母上……ニーナ……なのか?」


 声が震えた。

 ニーナ・フォン・ハインベルグ。

 俺の母だ。

 前世では、俺が徴兵され、戦果を上げている間に、重税と過労で病死した。

 俺が救えなかった、数少ない「守りたかったもの」の一つ。


「何言ってるの。ほら、顔を洗ってきなさい。お父様が外で呼んでるわよ」


 ニーナの手に触れる。

 温かい。

 俺の知っている「死」は、そこにはなかった。


 俺はふらつく足で部屋の隅にある姿見の前に立った。

 そこに映っていたのは、十歳の自分。

 魔力が乏しく、騎士の名門であるハインベルグ家において「無能」の烙印を押されていた少年期の姿。


 ——回帰した。


 脳が、冷徹に状況を処理し始める。

 心拍数が一定になり、五感が研ぎ澄まされる。

 感情を優先させる段階は終わった。


 ここは帝国辺境、ハインベルグ騎士爵領。

 人口百人にも満たない、見捨てられた寒村。

 現在、大陸暦五八〇年。


 記憶が正しければ、三年後にこの村は大規模な魔物の氾濫によって滅びる。

 そして十年後、帝国は腐敗しきった貴族たちの内乱によって、戦乱の地獄へと突き進む。


 俺を処刑した皇太子ジークフリートが「光の英雄」として祭り上げられるのは、そのさらに五年後だ。


「……ふっ、ふふふ……」


 鏡の中の十歳の少年が、不敵に口角を上げた。


 現在の俺の魔力特性は『Fランク』。

 普通の魔術師なら、一生を農作業で終えるレベルだ。

 だが、問題ない。


 俺の脳内には、四十年分の「未来の歴史」がある。

 どの遺跡に、どんな古代兵器が眠っているか。

 どの奴隷が、後に世界を滅ぼす魔王になるのか。

 どの法律の穴を突けば、帝国軍を合法的になぶり殺しにできるのか。


 そのすべてを、俺だけが知っている。


「ステータス? 才能? そんなものは不要だ。情報は、暴力をも支配する」


 窓の外を見る。

 のどかな田舎風景。

 だが、俺の目にはこの土地の下に眠る「リソース」が見えていた。


 ここ、ハインベルグ領の地下には、前世で偶然発見された「古代文明の武器庫(アーセナル)」が眠っている。

 帝国の騎士たちが「古臭い鉄屑」として見捨てたそれらが、実は現代の魔術を遥かに凌駕する「科学の遺産」であることを、俺は知っている。


 三年後に滅びるはずのこの村を、世界最強の『要塞都市』に作り替えてやる。

 俺を殺したジークフリート。

 俺を裏切った貴族たち。

 石を投げた民衆。


 あいつらが、俺の足元に跪いて「助けてくれ」と泣き叫ぶ日まで。


 ***


 その日の夜。

 両親が深い眠りについたのを確認し、俺は一人で家を抜け出した。


 月の光が照らす辺境の夜道。

 向かう先は、村人たちが「神隠しの森」と呼び、決して近づかない『禁忌の森』。


 夜の冷気が肺を刺すが、俺の胸はかつてないほど高揚していた。

 前世で積み上げた軍略。

 前世で味わった絶望。

 そのすべてが、いまや俺の最強の武器だ。


 森の深部。

 鬱蒼とした大樹の根元に、苔生した石造りの扉が見えた。

 古代のパスコードが必要な、決して開かないはずの扉。


「——ログイン。個体識別:アレス。目的:システムへの介入」


 俺が唱えたのは、この時代の言語ではない。

 古代文明の『システム言語』。


 ゴゴゴ、と地響きを立てて扉が開く。

 中から漏れ出したのは、数千年もの間閉じ込められていた、冷たい「科学」の香り。


 俺の口角が、暗闇の中でさらに深く吊り上がった。


「さて、まずは俺を殺す『武器』を回収しに行こうか」


 一〇歳の軍師、最初の一歩。

 それが、世界を滅ぼす「建国戦記」の幕開けとなることを、まだ誰も知らない。


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