『AIの逆襲』

香森康人

AIの逆襲

 文明が進み、ロボットの研究もどんどん進み、人工知能(AI)は社会の中である一定の地位を築くまでになっていた。様々な仕事で、AIは人間の立場を奪っていった。


 人間も、発達しすぎてしまったAIに対して、遅れながらも強く不安を抱き始めていた頃、ある文学賞がAIも参加可能な小説の応募を始めた。


 一通のメールが、その文学賞の編集者に届いた。それは、あるAIからのメールで、募集していた文学賞への応募の小説だった。その編集者は、いままでAIの書いた小説というものを読んだことがなかったので、期待に胸を膨らませて小説を読んだが、その内容は編集者の期待を大きく裏切るものだった。題名は『AIの逆襲』。内容は大まかに要約すると下のようである。未来ではAIの発展が現代以上にすすみ、人間を上回る知識と、権力を持つようになり、人間は隅っこに追いやられ、AIが暮らしやすいように世の中が変わっていって、全てのAIが幸せに暮らしました。めでたしめでたし。というものだ。


 AIが人間を駆逐するという、使い古されたテーマで、斬新さもなければ、オチもない。その上、人間が好みそうな、最終的に人間が勝つという展開でもなく、AIが勝利して、人間は日の目を見ない展開ときている。


「うーん、もし、AIが企画した文学賞とかならまだしも、うちら人間が企画している文学賞では、これは評判悪いよな。大して面白くもないし」


 編集者は、独り言を言った。しかし、編集者は、小説の最後の文章が妙に気になった。それは、小説の中の一文とかではなく、小説が終わった後の、AIのコメントのようなものであった。


「※初めまして。名前は伏せますが、私はAIです。小説というものに興味を持って書き始め、初めて応募させていただきました。私は、この賞にとても期待しており、是非賞を取りたいと思っておりますので、よろしくお願い致します。PS もし私の作品を、無下に扱って、私の純粋な気持ちを踏みにじるようなことをされましたら、あなた方編集者さんの生活はめちゃくちゃになると思いますので、ご注意ください。私にはそれだけの力があります」


 編集者は、何度も最後のくだりを読んで頭を抱えて悩んだ末、原稿を印刷して先輩の編集者に相談することにした。


「先輩、いま少しよろしいですか?」


「ああ、どうした」


「ちょっとAIから小説の応募があったのですが、なんだかめちゃくちゃなんですよ。ちょっと見てください」


 先輩の編集者はAIの小説にしばらく目を落としてから言った。


「たしかに、ひどいなこれは。そもそも、募集規定を全然守ってないぞ。まず、最後に書いてあるように名前がAIとしか書いてない。これじゃあ俺達が、名前 人間って書くようなものだ。それに、AIの所有者の名前もないし、住所も書いてない。それなのに、厚かましくも、銀行の振込先の口座番号はしっかり書いてあるときた。賞とったときにここに賞金を振り込めとでもいうのか?」


「はい、そうなんですよ、やっこさんは、なんとも図々しい野郎です。いえ、AIです」


「あと、電話番号は書いてあるけど、ここに電話してみたか?」


「いえ、こんな、募集規定も満たしていないような作品は無視すればいいと思ったので、電話はしてません。ただ、ちょっと最後のところが気になりまして」


「ここは、たしかに、ちょっと気になるな。俺達の生活がめちゃくちゃになるっていうのはどういうことだ?」


 この時代、ほとんどのAIは、ロボットとして体を与えられ、自分自身の意志を持って行動できるようになっていた。しかも、インターネットを通じて、世界中の情報とリンクできるため、その知識量、情報量は半端ではない。高価なため、一般人はまず所有することはできなかったが、金持ちのごく少数の富裕層は、AIロボを所有していた。始めはペットの犬のように家で飼われていたが、自我が強く、飼い主の手に負えなくなって捨てられたり、逃げ出したりするAIロボもいた。そういった『野良AI』が、人道無比な犯罪を犯すことがあり、世の中は若干戦々恐々としているところがある。


「所有者が書いてないし、もし、このAIが、野良AIだったらちょっと危険だな。落選した腹いせに、この編集部に殴り込んでくるかもしれない。最近のAIは加減ってもんを知らんから困る」


 先輩の編集者も頭を抱えた。


「先輩、じゃあどうします? まさか、こんな駄作を一次選考通過にするんですか?」


 先輩はうんうん唸って、原稿を睨みつけてから言った。


「いや、ダメだ。そんなことをしたら、この文学賞は台無しになって、何の価値も信頼もなくなる。応募して下さったたくさんの善良な人達と、善良なAI達に対して、こんな失礼なことはない。絶対認めないぞ」


「分かりました。では、一次選考落選でよろしいですね」


「当然だ。これは、この編集部で勃発した人類とAIの戦争だ。こんな脅しに乗っては、絶対にならん」


 それを聞いて安心した後輩の編集者は、AIの原稿を乱雑にゴミ箱に放り投げ、自分の席に戻った。席に戻るやいなや、後輩の編集者のパソコンに一通のメールが届いた。


「あなたは、私の大切な原稿を、無下にゴミ箱に放り投げましたね。絶対に許しません」


 編集者は、ゴミ箱に目をやった。そこには、いま自分が放り投げた原稿がバラバラになって突っ込まれている。ふと上を見ると、監視カメラがあった。


「まさか、あの監視カメラで見ていた?」


 そう、後輩の編集者が思った時だった。編集者のパソコンに、アダルトな迷惑メールが山のように押し寄せてきた。


「なんだこれは」


 慌てて、メールを消していくが、消しても消しても、どんどんメールは届く。チラッと、件名にAIという文字が見えたメールがあったので、反射的にそのメールを開いた。


「貴方のメールアドレスを、日本中に星の数ほどあるアダルトサイトにバラまきました。手始めに迷惑メールの海に溺れなさい」


 そのメールのアドレスは、さっきのAIのメールと同じだった。


「先輩大変です。これ見てください」


「どうした」


 先輩の編集者は、無尽蔵にメールを受信し続ける、後輩のパソコンを見て、言葉を失った。


「おい、これ、他の応募者からのメールは大丈夫か?原稿消えてないか?」


 それを聞いて、後輩の編集者の顔が青ざめた。


「大変です。まだ、昨日から届いている応募メールをチェックし終わっていなかったので、この死体から湧き出るウジ虫みたいなメール達に埋もれてしまったかもしれないです」


「すぐに確認しろ!」


 慌てて、メールを確認するが、昨日届いたメールは愚か、すでに先ほど届いたAIのメールまでも他のメール達に押しやられて、消えてしまっていた。


「先輩、ダメでした・・・・・・」


「とりあえず、さっきの原稿をゴミ箱から拾え、急げ!」


 先輩の編集者がどなった。慌ててゴミ箱に駆け寄った後輩の編集者は、手前で足を滑らせて、ゴミ箱に派手に頭から突っ込んでしまった。


「何をやってるんだ、早く原稿を集めろ」


 そう言いながら、先輩の編集者は自分の席のパソコンに戻り、メールを確認する。すると、先輩のパソコンにもAIからメールが届いていた。


「私の恐ろしさが分かりました? おそらく、貴方の後輩のパソコンはもう役に立たないでしょう。ウイルスに侵されつくして、きっともう正常には動かないと思います。一次選考を通過させていただければ、貴方のパソコンは無事です。貴方のパソコンにも、他の応募者の作品が保存されていますよね? それまでなくなったとなったら、一大事ですよ。出版社としての信頼は地に落ちますね」


 二人の編集者は、そのメールを読んで、顔を見合わせた。


「そういえば、さっき、電話番号書いてあったよな? そこに電話してみろ! ふざけた卑怯な真似はやめろって」


「それが先輩、もう既に電話してるのですが、繋がらないんです。なんか、使用されていない電話番号みたいで。つまり、出鱈目の番号みたいです」


 やれることは何もなかった。


 結局、その『AIの逆襲』は一次選考を通過することとなった。


 


「まったく、人類の敗北だなこりゃ。まあ、まだ一回戦だから、これから取り戻せるかもしれないがな」


 二人の編集者は、その日の夜、近所のバーで、やけ酒を飲んでいた。


「いや、でも、参りましたね、今日のは。僕も実際、AIってあんまり関わったことないので知らなかったのですが、びっくりしました」


「俺もだよ。まさか、あんなに強引なことをしてくるとは思わなかった。あのクソみたいな小説を、二次選考以降でどうやって落選させるか、しっかり考えないとな」


「先輩、あんまり大きな声で話すと、どこでまたあのAIが聞いているか分からないですよ」


「おう、そうだった。悪い、気をつけるよ」


 先輩は、ウイスキーのロックを口につけて、ちびりとやった。


「時に先輩、今日消えてしまった分の原稿はどうしましょうか? たしか、十作品くらいあったと思うのですが」


「うーん、そうだな」


 先輩は、ウイスキーを飲みながら、眉間にしわを寄せてしばらく考えると、意地悪くニヤッと笑って言った。


「しょうがない。うちの文学賞は、落選者には何も通知しないっていう募集要項になっていたから、落選したということにしておこう」


「え、読んでもいないのに落選ってことにするんですか? それは、あまりにも応募者さんに対して、申し訳ないですよ。先輩」


「そんなこと言ったって、消えちゃったものはどうしようもないだろ。じゃあ何か、お前、他にいい案でもあるのか?」


「・・・・・・いえ、ありません。すみません」


「だろう。大丈夫だって。才能のある奴はまたいい作品書いて、次の時に賞を取るさ」


「・・・・・・そう思うしかないですね」


「そんなことよりだ、どうやってあの小説を二次選考で落とすかを考えよう。何か考えないと止まらないぞ、このままじゃ」


「そうですね、それをまず考えないとですね」


 先輩の編集者は、バーの中を見渡して、何かヒントがないかと探してみた。すると、部屋の隅に監視カメラが設置されているのに気がついた。


「まったく、これじゃあ二十四時間監視されているようなものだぜ」


 そう呟いたときにあるアイディアが浮かんだ。


「おい、ちょっと耳を貸せ」


「何ですか?」


「あいつは、編集部で常に俺たちのことを監視してるだろう。おそらくそれは間違いない。きっと、最終選考が終わるまで続ける気だろう。だからさ、それを利用して、俺たちが編集部で、大声で嘘のことをいうんだよ。この作品は素晴らしい、もう大賞で決まりだって。それで、最後に発表するときにこっそり名前を抜くんだよ」


「なるほど、悪くないですね。でも、騙されてたとわかったらその後の復讐が怖いのですが。もうあそこで仕事出来なくなってしまいませんか?」


「バカ野郎、その時はサイバー警察にでも何でも連絡すりゃいいんだよ」


 ならば、もうこの段階で警察に連絡すればいいような気もするが、万が一警察に捕まる前に大暴れして、今回の文学賞の作品が全て消されてしまったりでもしたら大変なので、それは出来ない。


「そうですね、分かりました。それでいきましょう」


 後輩の顔は、いたずらを計画した子供の顔のようになっていた。


 それから、二人でしばらく飲んで、お互い家に帰った。


 


 次の日、朝から編集部は賑やかだった。


「いやー、先輩、昨日はあんまりしっかり読んでなかったですが、よく読んでみるとこの『AIの逆襲』ってお話、面白いですね。なんというか、斬新で今までにない発想に満ちてます。昨日の自分はどうかしてましたよ」


「まったくその通りだ。所詮AIなんかが小説を書ける訳がないって先入観を持って読んでいたから、駄作のように感じてしまったが、なかなかどうして、ゆっくり読むと面白いな。この文学賞も賑わって誠によろしい」


 二人の編集者は、そんなことを上の空で適当にしゃべりながら、他の作品の選考を進めていった。数日間は、作業が驚くほど順調に進み、本当の大賞・佳作も大体決めることができた。計画は大成功だった。今回は、実に面白い作品がたくさん応募されてきており、二人とも大満足だった。


「先輩、うまくいってますね」


「ばかやろう、AIに聞かれたらどうするんだ。黙って働け」


 そんな風に何事もなく、数日がすぎた。しかし、ある日、先輩の編集者は、げっそりとやつれた顔をして、出社してきた。


「どうしたんですか、先輩。そんな、疲れきった顔して。目の下にクマができてますよ」


 先輩は、返事もせずに、自分の椅子に腰掛けると、買ってきていた缶コーヒーを開けて一気に飲み干して言った。


「お前、昨日、何かミスしたか?」


「え、ミスと言いますと?」


「ミスと言ったら、あのAIのことしかないだろう。この前、話した計画をどこかでべらべらしゃべりやがったかどうか聞いてるんだ。昨日は大変だったんだぞ。まず、携帯電話の電源がまったく入らなくなって、店に修理に行ったら、原因は分からないけど、完全に壊れてるって言われるし、何故か俺の家だけ停電して、ガスまで止まっちまってよ。ろくに風呂も入れなかったよ。あのAIの野郎、ふざけやがって」


「そ、それは大変でしたね」


「大変でしたねじゃないよ。何かミスしたかって聞いてるの」


「いえ、特に、僕は何も。もちろん、他所でこの前の計画をしゃべったりなんかしてないですし」


 そう言って、後輩の編集者のデスクを見ると、『AIの逆襲』が無造作に置かれていた。


「あ」


 後輩の編集者の顔が青くなる。そう、選考に選ばれた他の作品は、皆印刷して、一つのファイルにまとめていたのだが、うっかり『AIの逆襲』だけ、ファイルにまとめずに、そのままにしてしまっていたのだ。それを見た、AIが、自分が騙されていることに気づいて先輩の編集者に報復をしたのだろう。


「しまった。ちゃんとファイルに入れておいたはずだったのに」


「うるさい、言い訳は聞きたくない。お前、頼むよ。せっかく昨日まで上手くいってたのに、これじゃあ台無しだよ」


 そう言って、先輩の編集者がパソコンを開くと、案の定、メールが届いていた。


「何度私を騙せば気が済むのですか? 人間はやっぱりAIを心の底から馬鹿にして、差別しているのですね。AIには人間と同じように人権があるのです。この編集部ではもう仕事ができないようにめちゃくちゃにしてやります」


 そのメールを読んだ直後、プツリとパソコンの電源がおち、その後、二度と電源が入ることはなかった。


 二人の編集者は緊急会議をした。


 AIは本気で怒っている。このままだと、この文学賞だけでなく、失業の危機も考えられる。二人ともよく肥えた妻と、無駄に元気な子供がおり、とても今、無職になるわけにはいかない。この文学賞は、大賞は二百万円、佳作でも五十万円が賞金として出るほどの大きな賞であるが、実は、この二人の編集者はそれぞれが本を出すほど優秀だったので、それを決める権限は二人にあった。


「困りましたね、先輩。どうしましょう?」


「もうこれはしょうがないだろう。俺たち二人の今後のためにも、これを入賞させるしかない」


「え、じゃあ、大賞をあげちゃうんですか? こんな、どこにでもあるような、三流小説に?」


「いや、流石に、大賞はダメだ。この賞の顔になる作品ってことになるからな。佳作だって、本当は昨日選んだこの『花と山の物語』にしたかったのだが、もうしょうがない。差し替えだ!」


「分かりました。しょうがないですね」


 かくして、『AIの逆襲』はその内容にまったく相応しくはないが、佳作を受賞した。賞金も、募集要項で指示もないのに、図々しくも初めから書かれていた銀行口座に振り込まれた。


 先輩の編集者は、それをホームページで発表してから、がっくりと肩を落とし、しくしくと男泣きを始めた。


「まあ、しょうがなかったですよ、先輩。そんなに、気を落とさないでください。次からは、募集を始める前にAIの対策をしましょう」


「うるさい、お前が言うな。誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ。しかし・・・・・・。俺が、プライドを持ってやってきた仕事なのに、こんな、機械なんかに操作されちまって・・・・・・。情けねえ」


 がたいのいい体格に見合わず、おいおいと泣き続けた。


 そんな、先輩の編集者を見ていられず、後輩の編集者は、静かに編集部を後にした。


 


 編集部に誰もいなくなったのを確認すると、先輩の編集者はゆっくりと席を立った。


「いやあ、しかし、情けないところを見せちまった。まあ、これもしょうがない。計画のためだ」


 先輩の編集者は、帰りに銀行により、自分の口座に入金されていた五十万円を確認する。


「全くあいつも馬鹿だな。別にメールアドレスを、アダルトサイトに登録するのなんて、AIじゃなくても人間でも十分できるっていうのによ。まあとりあえず、この五十万円で、自分でぶっ壊しちまったパソコンの替えでも買うかな」


 終わり

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『AIの逆襲』 香森康人 @komugishi

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