ルナとソフィア、異世界へ迷い込む

つるぴかつるちゃん

とある休日の出来事

休日の朝は、少しだけ空気が柔らかい。


朝食を終えたルナは、伸びをしながら歩き出した。

「いい天気だね、ソフィア!お腹もいっぱいだし、お散歩日和だよ!」


その隣を、ソフィアが半歩遅れて歩く。

「そ、そうですね・・・・・・。でも、あまり遠くまで行かない方が・・・・・・いいとは思いますが・・・」


街外れ。

人の気配が薄れ、林が近づいてきたその場所で、ルナが足を止めた。


「あれ?」


地面に、淡く刻まれた円。

草を押しのけるように、魔法陣が姿を現していた。


「魔法陣・・・、かな?」

「え? ルナ、それ・・・・・・あまり近づかない方が・・・」


ソフィアは小さく息を呑む。

嫌な予感が、胸の奥でちくりとした。


けれどルナは、しゃがみ込んで魔法陣を覗き込む。

「うーん・・・・・・魔力はあるけど、変な感じじゃないよ?危険そうじゃないし」


ソフィアは警戒する。

「で、でも・・・・・・念のため、無視して・・・行きましょう?」


「大丈夫だって!」


そう言って、ルナは魔法陣の中へ、ひょい、と足を踏み入れた。


「ルナ!?」


慌てて呼び止めるが、何も起きない。

ルナはくるりと振り返り、笑った。


「ほら、平気だよ!」


「はあ、本当に、もう・・・」


逡巡の末、ソフィアも恐る恐る一歩踏み出した。

その瞬間。


  ぱあっ。


魔法陣が、強く光った。


「きゃっ!?」

「わっ!?」


2人は反射的に飛び退く。

光はすぐに収まり、辺りは元の静けさを取り戻していた。


「な、何だった・・・の?」

「今のは、さすがにびっくりしたね」


ルナは真剣な表情でサーチ魔法を展開した。


周囲に意識を広げるが、異常はない。

林も、空気も、変化なし。


「何もないね」

「だ、だから・・・・・・もう行こう?」


しかしルナは、もう一度魔法陣に近づいた。

「ちょっと気になるんだよね」


魔法陣の端。

木の根元に、石ころのような小さな物が転がっている。


「ねえ、ソフィア。あれ、何だろ?」

「ルナ、やめて!」


止めようとして、ソフィアも魔法陣の中へ入る。


「ちょっと持ち上げてみ・・・・・・」

ルナが、その石を拾い上げた瞬間。


世界が、反転した。

ぐにゃり、と視界が歪み・・・


次に立っていたのは、草一本生えていない荒野だった。


「え?」

「こ、ここは?」


2人は顔を見合わせる。

見渡す限り、乾いた大地と空。


「どこ!?ここ!」

「わ、わかりません!」


ルナは即座にサーチ魔法を展開した。

「何もないね・・・、だけど馬車が。向こうから来てるよ。女の商人っぽい人が1人乗ってる・・・」


距離と速度を測る。

「10分くらいで来るけど・・・・・・このままだと、少し離れたところを通るね」


「じゃ、じゃあ・・・・・・そこへ移動しようよ・・・」


2人は進路上へ移動し、待った。


やがて、馬車が見えてくる。

近づくにつれ、速度が落ち


「止まってー!」

ルナが、馬車の前へ駆け出した。


「ルナ!?」


御者が悲鳴を上げ、必死に手綱を引く。

馬車は大きく進路を変え、急停止した。


中から飛び出してきた女性が、声を張り上げる。

「なんやなんや、急に止まってどないしてん!?」


「す、すみません!女の子が急に飛び出してきて!」


ルナとソフィアは慌てて駆け寄り、頭を下げた。


「ごめんなさい!驚かせちゃって!」

「ほ、本当に・・・・・・すみませんでした・・・」


女性は2人をじっと見てから、ふっと肩の力を抜いた。

「まぁ、ケガなかったんならええわ」


にっと笑い、胸を張る。

「うちはパルメラ言うねん。商人や」


パルメラの声が、乾いた荒野に軽やかに響いた。


こうして、不思議な出会いが始まったのだった。



パルメラは、腕を腰に当てて2人を見下ろした。

「で、あんたらは?」


「私、ルナだよ!」

ルナは元気よく名乗る。


一方でソフィアは、少し緊張した様子で一礼した。

「わ、私は・・・・・・ソフィアです・・・」


「ほーん。で、どっから来たん?」

パルメラは気軽な調子で続ける。


ソフィアが一瞬ためらってから答えた。

「トルナージュ・・・、からです・・・」


「トル・・・・・・なんやて?」

パルメラは首をかしげる。

「知らへんなあ」


その言葉に、ソフィアとルナは困ったように顔を見合わせた。


そんな2人を見て、パルメラはぽん、と手を叩く。

「まぁええわ。さっき人送ってな、これから街に戻るとこやさかい、乗ってくか?」


「いいの!?」

ルナの声が弾む。


「ほ、本当ですか?」

ソフィアの顔も、ぱっと明るくなった。


「ええで ええで。ほら、はよ乗り」


2人は礼を言い合いながら馬車に乗り込んだ。

やがて馬車は、きしむ音を立てながら荒野を進み出す。


しばらくして、パルメラが振り返った。

「他にも知ってる街の名前、聞いてもええか?」


「うん!」

ルナは指を折りながら言う。

「ヒルダロア、メルグレイス、それからアステリア!」


「なんやそれ。分からへん」

パルメラは即答した。

「ひとつずつ言うて?」


ソフィアが控えめに身を乗り出す。

「ヒ、ヒルダロアは・・・・・・分かりますか?」


「知らん。聞いたことあらへんわ」


「メルグレイスは?」

「それも分からへん」


「アステリア・・・」

「うーん・・・」


パルメラは腕を組んで首をひねった。


ソフィアの目に、じわりと涙がにじむ。

「どこも・・・知らないって・・・」


「大丈夫!」

ルナが、すぐにソフィアの手を握った。

「絶対に帰れるよ!私がいるもん!」


「はい・・・」

ソフィアは小さくうなずいた。


そのとき、前方に、橋が見えてきた。


御者が不安げに声を上げる。

「亡者、出ますかね?」


「行きは出たさかいになあ」

パルメラは渋い顔で答える。

「出るかもな?」


その直後、ルナはこっそりとサーチ魔法を展開した。

「来てる。ゾンビみたいなのが、下から上がってきてるよ」


「はぁ!?なんで分かるん!?」

パルメラが振り向く。

「あかん、進路変更や!」


ルナはにこっと笑った。

「大丈夫。馬車と、パルメラさんを守るよ」


ソフィアも、静かにうなずく。

「私も・・・、います・・・」


「何言うてんねん!」

パルメラは顔色を失った。

「亡者は死なへんねんで!?あんたらがどれだけ強うてもムリや!」


馬車が方向転換のために速度を落とす。


次の瞬間。

ルナとソフィアは、同時に馬車を飛び出した。


「20体くらい・・・かな?」

ルナが軽く言う。


「そう・・・ですね・・・・・・楽勝です」

ソフィアの声は、珍しく迷いがなかった。


「あかんて!!」

パルメラが叫ぶ。

「早う馬車戻り!!」


「やるよ!」

「はい!」


2人は、ほぼ同時に詠唱した。

「ファイアーストリーム!」


炎の奔流が、荒野を走る。


「何して・・・」

パルメラは目を見張る。


炎の中近づいてくる亡者を見たパルメラは叫んだ。

「せやから言うたやろ!あいつらは業火でも死なへんねん!逃げるで!!」


「そうなんだねっ!」

ルナが叫ぶ。

「じゃあソフィア、アイスストリームで足止めして!」


「はいっ!」


ソフィアがアイスストリームを唱える。

氷の奔流が亡者たちを包み、動きが一気に鈍る。


それを見たルナが頷くと杖を掲げた。

「絶対零度!」


一瞬で、すべてが凍りついた。

亡者たちは、完全に氷漬けになる。


「やったーっ!」

「と、止まりました!」


パルメラは、目を見開いたまま立ち尽くす。

「なんや、あれ?」


「ねえパルメラさーん!」

ルナが振り返る。

「このゾンビみたいなの、粉々にしてもいい?」


「粉々にしたとこは見た事あらへんけどな」

パルメラは首を振る。

「剣でどれだけ刻んでも、再生しよんねん」


「再生・・・」

想像したソフィアは身震いした。


「うわ、気持ち悪っ」

ルナも顔をしかめる。


「氷の壁になってもうたなあ」

パルメラは橋の前に出来た氷の壁を見て言った。

「どのみち、迂回やな」


「橋の幅だけあれば、通れる?」

ルナが聞く。


「せやけど・・・・・・なんか方法あるんか?」


ルナは満足そうにうなずいた。

そして、ちょうど亡者のいない橋の方向へ向かって


「ウインドカッター!」


鋭い風が走る。

ちょうど橋と同じ幅だけ、道が切り開かれた。


「この氷、いつごろ解けるん?」

パルメラが呆然と尋ねる。


「たぶん10日くらい後かな」

ルナはあっけらかんと言う。

「曇りが続いたら、2週間は持つと思うよ!」


「はー・・・」

パルメラは深く息を吐いた。

「それなりに生きてきた・・・思うとったけどなあ・・・」


そして、苦笑しながら続ける。

「まだまだ世の中、知らんことが、ぎょうさん有んねんなー」


こうして、

パルメラ、ルナ、ソフィアは再び馬車に乗り、街へと向かうのだった。




街へ入った馬車は、そのままギルド前で止まった。


「着いたでー」


パルメラの声に合わせて、扉が開く。


「パルメラさーん!おかえりなさーい!」


ギルドの中から、ぱたぱたと駆け出してきたのはメルだった。


「おお、メル。留守番ご苦労さんや」


パルメラが馬車を降りた、その直後・・・

ギルドの扉がもう一度開く。


「・・・・・・橋の辺り、亡者は出なかったか?」


低く、短い声。

アスターだった。


「出たで」

パルメラは、あっさりと言う。


「えっ・・・・・・!」

メルがはっとして、パルメラを見る。

「だ、大丈夫!?け、けがは・・・・・・?」


そのとき。


馬車の中から、ぴょん、とルナが降り、続いてソフィアが慎重に足を下ろした。


「・・・・・・え?」

メルが目を瞬かせる。

「そ、そちらは・・・・・・?」


「私、ルナ!」

ルナは元気よく手を挙げた。

「ルナ・ノアールだよ!」


「私は・・・、ソフィア」

ソフィアは丁寧に頭を下げる。

「ソフィア・アスティア・・・です・・・」


アスターは一瞬遅れて、2人に向き直った。

「挨拶が遅れた。悪かった」


そう言って、短く自己紹介をする。

「アスターだ。用心棒をやっている」


「わ、私はメルといいます・・・」

メルも慌てて続けた。

「よろしくお願いします・・・」


アスターはパルメラに視線を戻す。

「亡者を避けて来たにしては、到着が早いな」


「それがな!」

パルメラは身を乗り出した。

「このルナとソフィアが、20体以上の亡者を・・・

何と!!凍らせてん!」


「・・・・・・?」

メルが瞬きをする。


「・・・・・・」

アスターも、言葉を失ったまま黙り込む。


数秒の沈黙のあと。

アスターは無言で、パルメラの額に手を当てた。


「・・・・・・なんや?」

パルメラは一歩下がる。


「・・・・・・熱はない」

アスターは真顔で言った。


「アホ!」

パルメラが叫ぶ。

「熱なんかあるかいな!!」


「・・・・・・」

メルはおずおずと、ルナたちを見る。

「一体、どうやって、亡者を凍らせたんですか!?」


「えへへ」

ルナは胸を張る。

「アイスストリームで動きを鈍らせて、絶対零度で凍らせたんだよ!」


「・・・・・・は?」

メルの口から、思わず声が漏れた。


「・・・・・・さっぱりわからん」

アスターも率直に言う。


ソフィアはくすっと笑って、補足した。

「氷魔法・・・、です・・・」


「・・・・・・」

「・・・・・・」


メルとアスターは、完全に固まっていた。


「な?」

パルメラは笑いながら言う。

「分からへんやろ?」


「・・・・・・分かりません・・・・・・」

メルは正直に答えた。


「ここで立ち話も何やし」

パルメラは手を振る。

「中、入ろか」


5人はギルドの中へ入った。



ほどなくして、メルがお茶とお菓子を持ってくる。

「どうぞ・・・」


次の瞬間。


ルナは、ソフィアの前に置かれたお菓子と、自分の前の分をまとめて掴み、ぱくっと口に運んだ。


「えっ!?」

メルが目を丸くする。

「お菓子・・・・・・まだ、ありますよ・・・・・・!?」


「うん!じゃあもっと持ってきてー!」

ルナはニコニコだ。


「ル、ルナ・・・」

ソフィアが慌てて言う。

「こういう場所では・・・・・・遠慮するものです・・・」


「かまへんかまへん」

パルメラが笑って手を振る。

「気に入ったんやったら、好きに食べたらええ」


メルは少し迷ったあと、奥から袋ごと持ってきて、2人の前に置いた。

「どうぞ・・・」


「やったー!」

ルナの目が輝く。


パルメラは咳払いをした。

「ほな、本題入るで」


ルナは早速、幸せそうに、お菓子をほおばっている。


そしてアスターを見る。

「アスター、この子らのいた街、分からへんか?」


「・・・・・・どこの街だ?」

アスターが聞く。


「トルナージュ、です・・・」

ソフィアが答える。


アスターは首を横に振った。


「昼だろーって街は知ってるか?」

パルメラが続ける。


「それ違う!」

ルナがすぐに突っ込む。

「ヒルダロア!」


「ああ、そかそか」

パルメラは苦笑する。

「悪い悪い」


アスターはメルを見る。


「・・・・・・知らないです・・・・・・」

メルは小さく言った。


「メルって知ってるか?」

パルメラが今度はメルに聞く。


「・・・・・・え?」

メルはきょとんとした。

「わ、私?」


「自分とちゃうわ!」

パルメラが即座に突っ込む。

「メルっちゅー街や!」


「・・・・・・えっと・・・・・・」

ソフィアが言いにくそうに口を開く。

「メ、メルグレイス・・・・・・です・・・・・・」


「せやせや、そんな名前やったなー」

パルメラは明るく言った。


アスターは腕を組んで考え込む。

メルも首を振る。


ルナは結局、出されたお菓子を全部食べてしまった。


「明日行こーって街は?」

パルメラが言う。


「・・・・・・あす?・・・・・・行こう?」

アスターは眉をひそめた。

「・・・・・・わざとやってるだろ」


「分かってもうた?」

パルメラは笑う。

「悪気はないねんで。覚えられへんねん。ルナ、ソフィア、かんにんな」


「うん、大丈夫だよ!」

ルナはあっけらかんと言う。


ソフィアが引き継ぐ。

「アステリア・・・・・・、という街は・・・・・・ご存じありませんか?」


「・・・・・・知らない」

アスターは即答した。


「・・・・・・私も・・・・・・」

メルも続く。


ソフィアは、ルナを見て、涙目になる。

「どうしよう・・・帰れなかったら・・・」


「大丈夫だよ!」

ルナはすぐに言った。

「絶対に帰る方法はあるはずだもん!」


「ルナが・・・・・・魔法陣で・・・・・・変なことするから・・・」

ソフィアが小さく言う。


「えっ?」

メルが顔を上げた。

「・・・・・・魔法陣・・・・・・?」


一瞬、何かを思い出したように――

メルの表情が、変わった。


「それなら・・・」


「・・・・・・心当たり、あるんか?」

パルメラはメルを見る。


メルは小さく、けれど確かに頷いた。

「はい! 昨日までは、確かに、なかったんだよ?

でも今朝、散歩していたら・・・」


「それだよ!」

ルナがぱっと顔を輝かせる。

「絶対それ!」


ソフィアも、胸の前で手を合わせるようにして、嬉しそうに頷いた。

「間違いないと思います・・・」


「・・・・・・じゃあ」

メルは少し緊張した笑顔で言う。

「わ、私が、その場所まで、案内するよ」


「アスター」

パルメラが振り返る。

「この子ら、守ってやり」


「ああ」

アスターはそれだけ答えた。


「い、いえ・・・」

メルは慌てて首を振る。

「すぐ近くだし・・・・・・悪いから・・・」


「そうか」

アスターは深追いしない。


「それでも行くんが男っちゅーもんや!」

パルメラは腕を組む。


「大丈夫だよ!」

ルナは軽く手を振った。

「ね、ソフィア?」


「はい・・・。大丈夫です・・・」

ソフィアも静かに頷く。


「んー・・・・・・そうか?」

パルメラは心配そうに眉を下げる。

「ほんまに、大丈夫なんか?」


メルは、ぎゅっと拳を握ってから、にこっと笑った。

「はい」


こうして、メル、ルナ、ソフィアはギルドを後にした。


少し歩いたところで、メルが足を止める。

「へへっ、この路地を、抜けると近道ですなんですよ・・・」


細く、日陰の多い路地へ入った。

そして路地を抜ける、直前。


ぬっと。

屈強な男が、3人、立ちふさがった。


「・・・・・・っ!」

メルが目を見開く。

「指名手配されてる・・・人たち・・・」


「へー」

ルナは首をかしげる。

「じゃあ、悪い人なんだー」


ソフィアは、すっと一歩前に出て、メルに寄り添った。


男の一人がニヤニヤしながら話す。

「俺たち、有名だもんな」


その瞬間、背後からも足音。

反対側の入り口に、さらに3人。


「嬢ちゃんたち」

中央に立つ男が、にやりと笑う。

「金目のもん、置いて行きな」


男の視線が、3人の全身を舐めるように這う。

「それとも、その体で払ってくれてもいいんだぜ?」


下卑た笑い声が、路地に響いた。


メルは顔面蒼白で、身体を震わせる。


「通してください!」

ソフィアはメルを抱きしめるようにして、声を張る。


「今晩のおかずに・・・・・・なってくれるならなぁ?」

男は卑猥に笑った。


「ソフィア」

ルナは落ち着いた声で言う。

「アイスバインド、使える?」


「はい」

即答だった。


「大人しく言うこと聞いてた方が、身のためだぜ」

男がナイフを抜く。


それに続いて、他の5人も同時に刃を光らせた。


「・・・・・・っ!!」

メルの足が、がくがくと震える。

「ル、ルナ、ソフィア、ごめんなさい・・・」


「大丈夫です!」

ソフィアは小さく、しかしはっきり言った。


ルナは男たちを見下ろすように言う。

「そこ、どかないと・・・・・・痛い目にあうよ?」


「がははは、その痛い目にあわせてもらおうじゃねえか!!」

男が踏み出した。


その瞬間。


ルナが唱える。

「アイスバインド!」


ソフィアは後ろから来る男に向き直ると唱える。

「アイスバインド!」


男たちの足元が一気に凍りつく。


「あれぇ?」

ルナはわざとらしく首を傾げる。

「痛い目にあわせてくれるんじゃなかったのー?」


「足元が・・・、凍ってる・・・」

メルは呆然と呟く。

「・・・・・・亡者たちも・・・・・・これで・・・・・・?」


「この魔法は弱いから違うよー」

ルナは笑う。

「でも、この人たちの方が、もっと弱かったねぇ」


「くそっ!」

男がルナにナイフを投げつける。


ルナは軽く身をひねって避けると言った。

「そんなお痛をする人は・・・」


「お仕置きです」

ソフィアが静かに引き継ぐ。


逆上した男たちが、一斉にナイフを投げた。


直後にルナは上に手を挙げる。


「『ウインドブラスト』!」


同時に、ソフィアはメルをかばうように強く抱きしめた。


ゴオッ!


ルナの頭上から暴風が吹き荒れ、ナイフはすべて弾き飛ばされた。


「・・・・・・え・・・・・・?」

メルは、何が起きているのか理解できない。


「メルちゃん」

ルナが優しく声をかける。

「私とソフィアが炎の魔法を使うから、そのタイミングで、大きな声で、『助けて』って叫んでね」


メルは、こくりと頷く。


「ぎりぎり・・・・・・治療が出来る程度に・・・・・・火傷させちゃいましょう・・・」

ソフィアが言う。


「それ、いいね」

ルナはにっこりした。


「メルちゃん、行くよ!」


同時に

ルナの『ファイアーストリーム』が、前方3人の足元を焼く。


ほぼ同時に、

ソフィアの『ファイアーストリーム』が、背後3人の足元を包む。


「助けてーーーー!!」

メルの叫びが、路地に響いた。



「ぎゃあああ!」

「熱っ!!」

「こいつら、バケモンだ!!」

足元を焼かれた男たちが悲鳴を上げ、その場に倒れる。


「ちょっと!」

ルナは思わず叫んだ。

「こんなかわいい子に向かって、バケモンはないよ!!」


その隣で、ソフィアはくすりと静かに笑う。

「ふふ・・・ある意味では・・・バケモン、かもしれません・・・」


「えー?」

ルナは不満そうに頬を膨らませる。

「ソフィアまで、そんなこと言うの?」


ソフィアはルナから視線を外し、そっとメルに向き直った。

「大丈夫・・・、ですか?」


メルは頷く。

「・・・・・・はい・・・ありがとうございます」



人が集まり始める。



「あれ、指名手配の連中じゃないか?」

「本当だ!」

「誰か、警ら兵を呼べ!」

ほどなくして、警ら兵が駆けつけ、男たちを取り囲んだ。


「事情を聞く」

「動くな」


男たちが拘束される一方、

少し離れた場所で


「で、何があったんですか?」

警ら兵が、ルナ、ソフィア、メルに尋ねた。


3人は顔を見合わせ

メルが、深呼吸をしてから、口を開いた。


「あ、あの・・・」

メルは警ら兵を見上げ、震えの残る声で話し始めた。

「ろ、路地で・・・男の人たちに・・・襲われそうに、なって・・・」


「それで、私がファイアー・・・」

ルナが口を挟みかけた、その瞬間。


「ルナは、黙っててください!」

ソフィアが、はっきりと強く言った。


「分かったよ」

ルナは目をぱちくりさせ、少し怯えたように頷く。

「ソフィアは怒ったら怖いから・・・」


ソフィアは一瞬だけ不満そうにルナを見る。

だがすぐに気持ちを切り替え、一歩前に出て警ら兵に向き直った。

「指名手配犯の方々に、連れ去られそうになりましたので・・・」


そう言って、懐から小さなランプと、掌に収まる缶を取り出す。


「それは・・・・・・ランプと?」

警ら兵が首を傾げる。


「こちらの缶の中には・・・・・・可燃性の液体が入っています・・・」

ソフィアは落ち着いた声で続けた。

「逃げるために・・・・・・やむを得ず・・・・・・使いました・・・」


警ら兵は、さらに詳しい説明を求める。

ソフィアは、追い詰められた状況、足元に投げてランプを使い火を放ったこと、混乱の隙に逃げたことを、丁寧に説明した。


「なるほど」

警ら兵は頷いた。

「長い間探していた指名手配犯の検挙に、ご協力感謝します」


一方、拘束された男たちは必死に叫ぶ。


「違う!あの女どもが・・・!」

「手から氷出して、足元凍らせやがって!」

「爆風でナイフ吹き飛ばされて!」

「火も・・・!手から火を・・・!」


「手から氷?」

警ら兵は眉をひそめる。

「手から爆風?」

そして苦笑した。

「挙句の果てには、手から炎か・・・」


肩をすくめる。

「あんな華奢な女の子にやられたショックで、心が壊れてしまったんだな」


「違う!!本当に手から・・・」

男たちは必死に否定するが、


「話は後だ」

警ら兵は取り合わず、拘束したまま連れて行った。


その場に残った3人。


「ルナも・・・・・・ソフィアも・・・・・・すごい・・・」

メルが、ぽつりと言う。


ルナは人差し指を唇に当てて、ウインクした。

「これは、秘密だよ」


そのとき。


「おーい!!」


遠くから、息を切らした声。

パルメラとアスターが、悲壮な顔で駆けてくる。


「あんたら!」

パルメラは2人を見回す。

「大丈夫なんか!?ケガしてへんか!?」


「大丈夫だよ!」

ルナは元気よく答える。


「はい・・・」

ソフィアも頷いた。


「怖かった・・・」

メルはアスターの方を向いて、正直に言った。


「ほら見てみい!」

パルメラは即座にアスターを睨む。

「せやから、ついて行き言うたやろ!!」


アスターは視線を逸らし、短く言う。

「・・・メル、悪かった」


「でも・・・」

メルは少し笑って、ルナとソフィアを見る。

「ルナとソフィアの方が、アスターより強いかも・・・」


「は? そうなのか?」

アスターは本気で驚いた声を出す。


「そうかもなぁ」

パルメラは笑う。

「なんたって、亡者20体以上を一瞬で凍らせたんやからなー!」


「そんなことは不可能だ」

アスターは即答した。


そのまま歩き、人気のない林の近くへ来たところで・・・

ルナが、ふっと立ち止まる。


「ねえ、アスター」

振り返って、真剣な顔になる。

「これは・・・・・・内緒だよ」


そう言って、一本の木を指差した。


「あの木が・・・・・・どうした?」

アスターは訝しむ。


「見てて」

ルナは杖を構える。

「絶対零度!」


一瞬。


木は、音もなく、完全に氷に包まれた。


「これが・・・、氷魔法・・・、です」

ソフィアが、くすっと笑う。


「・・・・・・え・・・・・・」

メルは目を見開いたまま、声も出ない。


「・・・・・・」

アスターは、完全に言葉を失っていた。


「これやこれや!!」

パルメラが興奮して叫ぶ。

「これで亡者ども、一瞬で凍らせたんや!」


「さっきの、足元の氷とは・・・」

メルは震える声で言う。

「比べものに、ならない・・・」


アスターは、凍り付いた木を見つめたまま、しばらく動かなかった。


そして、ようやく

低く、掠れた声で、ひと言。


「・・・・・・理解した」



メルは、凍りついた木のさらに奥を指差した。

「あ! あれだよ・・・」


一行が進むと、木の根元。

影の中に、確かに魔法陣が刻まれていた。


「・・・・・・この魔法陣・・・・・・」

メルはしゃがみ込み、じっと見つめる。

「昨日までは、なかったんだよ・・・」


「・・・・・・確かに」

アスターも頷く。

「・・・・・・数日前まで、ここには何もなかった」


「ここで、こんなん見た事あらへんなあ」

パルメラも腕を組んだ。


「これだよ!」

ルナは迷いなく言う。


「間違い・・・ありません・・・」

ソフィアも静かに同意した。


「アスター、メル、パルメラ」

ルナが振り返る。

「下がってて」


3人は言われた通り、数歩距離を取る。


ルナが魔法陣の上に乗る。

続いて、ソフィアもそっと足を置いた。


光が走る。


「たぶん・・・・・・これで帰れるよ」

ルナが、少しだけ寂しそうに笑う。


そのとき、ソフィアが視線を落とした。

「あ、あれ!!」


木の根元。

小さな石ころのようなもの。


「たぶん・・・・・・これで帰れます・・・」

ソフィアは、それを指差した。


「ほんまに・・・・・・帰れるんか?」

パルメラの声は、少しだけ揺れていた。


「はい!」

ソフィアは、はっきり答える。


「短い時間だったけど・・・」

ルナは3人を見回す。

「楽しかったよ!みんな、ありがとう!」


アスターは無言で、深く頷いた。


「・・・・・・また・・・・・・会える・・・・・・?」

メルが、不安そうに聞く。


「はい、きっと・・・・・・また・・・」

ソフィアは、優しく微笑む。


「絶対やで!」

パルメラは声を張る。

「また来(き)いや!」


「うん!」

ルナは元気よく手を振った。

「またね!ばいばーい!」


「はい・・・・・・では、また・・・」

ソフィアも、丁寧に一礼する。


ルナが、石を拾い上げた・・・・・・。


魔法陣が強く輝き、

ルナとソフィアの姿は、光の中に溶けるように消えた。


「・・・・・・っ」

アスターも、

「・・・・・・」

メルも、

言葉を失ったまま、そこに立ち尽くす。


しばらくして。


「・・・・・・消えてもうたな・・・・・・」

パルメラが、ぽつりと言った。




次の瞬間。


「戻った?」

ルナが周囲を見回す。


見慣れた林。

そして・・・


「ルナ!!ソフィア!!」


駆け寄ってくるジャン。

その後ろに、runa、フィリーネ、エヴァン、エレオス、リディアの姿。


「どこに行ってたんだ!」

ジャンは珍しく声を荒げた。


「ねえねえ、聞いて!」

ルナは興奮したまま、身振り手振りで話し始める。

「別の街に飛ばされてね!商人さんに会って、亡者が出て――」


「本当に・・・・・・無事で・・・」

リディアは目に涙を浮かべ、ソフィアを抱き寄せた。

「よかった・・・・・・ほんとに・・・」


「心配を・・・・・・かけてごめんね・・・」

ソフィアは小さく頭を下げる。


やがて、落ち着いたところで

ルナとソフィアは、転移先での出来事を語り始めるのだが・・・・・・。


この転移が、

偶然ではなかったことを、

まだ誰も知らない。


ーーーーーー あ と が き ーーーーーー

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


深月(みづき)さんの『葬送のレクイエム』とのコラボ作品です。

『葬送のレクイエム』という素敵な世界をお借りできたこと、嬉しく思います。

掲載許可、ありがとうございましたー!!


この物語は、最後続きそうですが・・・・・・、1話完結です。


お楽しみ頂けましたでしょうか?


それでは、次の物語でお会いしましょう。

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ルナとソフィア、異世界へ迷い込む つるぴかつるちゃん @tsurupika

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