第4話 感電するオーナー

午後四時。

雨上がりの山間部に、遅い西日が射し込んでいた。  

濡れた地面からは蒸気が立ち上り、森全体が湿気を帯びている。

電気を通すには、これ以上ない環境だ。

『グラン・テラス・ヒルズ』の敷地内を、スーツ姿の一団が歩いていた。  

都内の投資ファンドから招かれた視察団だ。  

その先頭で、オーナーの九条が声を張り上げている。

「見てください、この絶景! ここはただのキャンプ場じゃありません。自然と共生する、究極のエコ・リゾートになる予定です」

九条は満面の笑みで、足元の地面を革靴で踏み鳴らした。  

その数メートル下には、建設廃材や汚染された残土が埋まっているとも知らず、投資家たちは「ほう」「素晴らしい」と頷いている。

「しかし九条社長。ネットの噂では、ここの地盤や治安に問題があるという話も聞きますが?」

鋭い質問を投げかけたのは、視察団の中でも年配の、銀縁眼鏡をかけた男だった。  

元ゼネコンの技術者であり、今は投資家として厳しい目を持つ高田(たかだ)という人物だ。  

九条は表情一つ変えずに手を振った。

「ハハハ! それは競合他社のネガティブキャンペーンですよ。地盤は岩盤まで杭を打ってありますし、セキュリティも万全です。……論より証拠、あれをご覧ください」

九条が指差した先には、森の境界線に沿って張られた電気柵があった。  

銀色のワイヤーが、夕日を浴びて鈍く光っている。

「あれは最新鋭の獣害対策システムです。イノシシはもちろん、不審者が侵入しようとしても完全にシャットアウトします」

「ほう。ですが、万が一、宿泊客の子供やペットが触れてしまったら危険なのでは?」

高田の懸念はもっともだ。  

九条はニヤリと笑った。待っていましたと言わんばかりの表情だ。

「ご安心ください! このシステムは高度な制御AIを搭載しており、人間と動物を識別します。人間が触れても、静電気程度の刺激しかありません。絶対に安全です」

もちろん、真っ赤な嘘だ。

AIなど搭載していない。  

だが、九条には勝算があった。  

この制御盤には、投資家たちには内緒で、電流を極限まで弱める『デモ用モード』が仕込んであるからだ。

「論より証拠だ。私が実際に触れて、その安全性を証明してみせましょう」

九条は自信満々に電気柵の制御ボックスへと歩み寄った。  

体で隠すようにして鍵を開け、中のスイッチを確認する。

彼は貼り替えられた操作シールを見た。

『MODE A:8,000V』  『MODE B:10.000V』

(……よし、Bだな。こいつにしておけば、ただの10ボルトだ)

 九条は心の中でほくそ笑んだ。  

『10.000V』という数字。

九条は理数系ではない。  

ゼロが三つ並んでいるのを見て、なんとなく「精密な制御がされている」と感じたか、あるいは「10V」を丁寧に書いただけだと解釈した。  

より、彼自身の願望が目を曇らせていた。

そして、普段は致死性の方にスイッチを入れておくように指示してあったはずである。

「今は致死モードであってくれなければ困る」のだ。

カチッ。

九条は投資家たちに見えないよう、素早くスイッチを『MODE B』に切り替えた。  

その瞬間、変圧器が唸りを上げ、家庭用電源から吸い上げた電流が、致死性の高電圧に変換され、ワイヤーへと解き放たれた。

「さあ、見ていてください。子供が触っても平気なところをお見せしますよ」

九条は振り返り、投資家たちにウィンクしてみせた。  

そして、濡れた地面に革靴でしっかりと立ち、右手でワイヤーを握った。

――バチィッ!!

破裂音と共に、青白い火花が散った。

「ぐ、が……っ!?」

九条の目が限界まで見開かれる。  

静電気のような刺激などではない。  

全身を巨大な金槌で殴られたような衝撃と、血管の中を溶岩が駆け巡るような激痛。

離さなければ。  

脳はそう命令した。

だが、体は動かない。  

連続した高圧電流は、筋肉を強制的に収縮させる。  

ワイヤーを握った九条の右手は、自分の意思とは裏腹に、さらに強く、万力のようにワイヤーを握りしめてしまった。  

「あ、が、ギ……ッ!!」

声にならない絶叫。  

濡れた地面がアースとなり、電気は九条の体を通り抜け、大地へと流れていく。  

最も効率の良い、処刑の回路(サーキット)が完成していた。

九条の体から煙が上がり、肉が焦げる異臭が漂い始めた。  

派手なシャツが焦げ、皮膚が炭化していく。

「お、おい! 社長!?」

「何だ、演技か!?」

投資家たちは最初、それが九条の悪ふざけだと思った。  

だが、白目を剥いて痙攣し、口から泡を吹く姿を見て、悲鳴を上げた。

「救急車! 誰か電源を切れ!!」

真っ先に動いたのは、元技術者の高田だった。  

彼は顔色を変えて制御ボックスに駆け寄る。  

ブレーカーを落とそうとして、スイッチの設定を見て息を呑んだ。

スイッチは『MODE B』になっている。  

説明書きには『10.000V』とある。

「な、なんだこれ!? 10ボルト設定になってるぞ!? なんでこれで感電するんだ!?」

高田は混乱し、悲鳴に近い声を上げながら、電源ブレイカーを『OFF』に叩き落とした。  

ドサリ。  

ようやく解放された九条の体が、泥の中に崩れ落ちた。  

だが、彼はもう二度と、その口で嘘をつくことはない。


 ***


騒然とするキャンプ場から少し離れた高台。  

織部は、眼下で繰り広げられる救急搬送の様子を冷ややかに見下ろしていた。

警察や消防が来れば、すぐに判明するだろう。  

あの電気柵が、表示とは裏腹に、法を無視して改造された危険物であったことが。  

そして、捜査の手は「柵」だけでは終わらない。織部はそのための「導線」も確認済みだ。

「……感電事故の捜査では、必ず『アース(接地)』の状態が調べられます」

織部は視線を、九条が倒れている地面の近く、電気柵の制御ボックスの足元に向けた。  

そこには、電流を地面に逃がすためのアース棒が打ち込まれている。

「九条さんは、より強力な電流を流すために、アースを一番『通電しやすい場所』に打ち込んでいた。

……つまり、水分を多く含んだ、あの緩い盛土の上です」

警察が現場検証を行い、アース棒を掘り返した時、彼らは見るだろう。  

土の下から、自然界には存在しないはずのコンクリート片や、異臭を放つ汚泥が一緒に出てくるところを。

死体の発生した現場から産業廃棄物が見つかれば、警察は環境犯罪として捜査範囲を拡大せざるを得ない。  

そうなれば、行政も「立証責任」などと言って逃げ回るわけにはいかない。

地中から今まで噂でしかなかった物理的な証拠が出てきてしまうのだから。

この盛土が崩れた場合、その先に集落がある以上、これを契機に盛土規制法に依っても対応すべきであろう。

九条の死と、そこから繋がる芋づる式の証拠によって、この杜撰(ずさん)な違法開発は強制的に停止(シャットダウン)される。

「……私は、正しい仕様書を貼っただけですよ」

織部は低く呟いた。  

あのシールに書かれた『10.000V』と『デモ用』の文字。  

本来、デモモードであれば、その数値であるべきだ。

「あなたが作った機械の『中身』が、仕様書と違っていた。ただそれだけのことだ」

織部は、九条自身の違法改造と、彼が隠そうとした土地の穢(けが)れこそが、彼を追い詰める真の死因であると断じた。  

ラベルと実態の不一致。  

それは校正者が最も嫌うエラーだが、今回はそのエラーこそが、悪党を裁く執行人となった。

織部のスマホが震えた。ニュースサイトの速報だ。  

『グランピング施設でオーナー死亡 電気柵の違法改造が原因か』

織部は画面を閉じ、空を見上げた。  

山肌を撫でる風が、心なしか軽くなった気がした。

「計算終了。……次の現場へ」

織部は誰にも気づかれることなく、森の影へと消えていった。  

明日は水曜日。  

最新技術を過信する、愚かな自動車メーカー幹部への「アップデート」が待っている。


(第4話 完)

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