「驚くべき影」
人一
「驚くべき影」
「あんたぁ!掃除もせんとダラダラ炬燵にこもって!もう大晦日なのよ!」
「お母さん……いいじゃん、大晦日なんだから。」
「いいわけないでしょ!お父さんはご挨拶周りでまだ動き回ってるのに、あんたときたら今日はベッドから炬燵に移動しただけじゃない。」
「まぁ、いいじゃん。大晦日なんだし、普段以上にだらけても。」
「だから良くないって言ってるでしょ。
お父さんまだまだ忙しいんだから、今年はあんたが除夜の鐘を撞いちゃいなさい。」
「えぇ!嫌だよ。」
「つべこべ言わない!ほらほら、早く行っちゃいなさい。ダラダラしてると遅くなるわよ。」
不本意、本当に不本意ながら温かい炬燵から引っ張りだされ、よく晴れた寒空のしたの鐘の元にやってきた。
除夜の鐘は撞いたことはある。
お父さんの手伝いと称して、少しだけ手をかりて。
でも全部1人は初めてだ。当然なんだけど。
「寒い……本当に寒い……風が冷たすぎる。天気は良すぎるのに太陽が役目を果たしていないよ……」
吹き抜ける冷たい風に身体を震わせ、もう既にかじかんだ指先を擦りながら撞木の綱を握った。
「確かお父さんはこんな風に……」
力いっぱい振りかぶるがビクともしない。
「おっも……こんなん108回とか無理ゲーすぎるでしょ。」
とりあえず体ごと前後に動かし、何とか撞木に勢いをつけて梵鐘を撞けた。
ゴーーン……
太く広がる心地の良い音が響く。
「あとこれを107回?年越しまでに間に合わないでしょ……
まぁお父さんが帰ってきたら交代してもらお。」
私は2度目を撞くため、体を大きく振りかぶった。
ゴーーン……
10回目
「はぁ、しんど。手がもう痺れてきたよ。」
ゴーーン……
24回目
すっかり体は温まり、もう上着は脱ぎ捨て服も捲り上げて半袖である。
ゴーーン……
39回目
「お父さん帰ってくるの遅くない?早く交代して欲しいんだが。」
ゴーーン……
50回目
ほとんど折り返し。
昼頃に始めたが、辺りはすっかり夕方の様相を呈している。
ゴーーン……
61回目
日が完全に落ちた。
照明に照らされる中続ける。
ゴーーン……
67回目
お父さんがようやく帰ってきた。
一目見ただけで事情を察したのか、半笑いで「頑張って」と言い残し家に入っていった。
許さない。絶対に。
ゴーーン……
81回目
腕がいよいよちぎれそうだ。
長めの休憩をとりに家に戻る。
「あんたもう終わったの?」
「いやまだ80回くらい。
……あっ、間違えた……」
「どうしたの?」
「今終わったって言えばよかったのに……
まぁとりあえずお父さんは?」
「お父さん今お風呂入ってるわよ。」
「タイミングが……悪い……
はぁ、ちょっとしたら戻るから。」
ちぎれそうな腕と鉛のような足を引きずって、私は鐘の元に帰ってきた。
「はぁ、、あともうちょっとだ。」
ゴーーン……
98回目
「あと10回だ。」
日が落ちてから時間の感覚がよく分からない。
ペースは落ちてるだろうけど、そんなに長い間撞いている感覚は無い。
ゴーーン……
107回目
いよいよだ。ついにだ。
ラスト1回だ!
逸る気持ちを押さえつけながら、撞木の縄に力を込める。
「せーのっ!」
ゴーーーーン……
108回目
「ついに終わった……やりきったぁ……」
フラフラになりながら、その場に
へたりこんだ。
時刻は23時47分。
ギリギリ年内に間に合った。
「はあ、疲れた。……戻ろ。」
私は荷物をまとめて立ち上がった。
『お嬢ちゃんよく頑張ったな。ワシがご褒美をあげよう。』
「え?」
誰かに話しかけられた?
いや、そんなわけないか。
『ほれ、どこを見ておる。こっちじゃ、こっち。』
声のする方へ振り返ると、見たことないお爺さんが立っていた。
「うわぁ!い、いつの間に!てかどこから、」
『まぁまぁ、そんなことはどうでもいいじゃろ。
半日かけて鐘を撞くその姿、ワシは見ておった。感動したぞ。
じゃから、何か1つ欲しいものをくれてやろうと思ってな。』
「へ、へ~」
怪しい、怪しすぎる。
せっかく終わったのに、こんなヤバい人に絡まれるなんてツイてない。
でも、欲しいものくれるってちょっと魅力的だな。
確かにここまで頑張ったし……ちょっとくらいいいかも?
「なんでもくれるの?」
『そう。ただ1つだけな。』
どうしよう……なんでも1つか……
「じゃ、じゃあ……私じゃ手に入れられない程、お高い物お願い!」
『お高い物、それで本当に良いのか?』
「うん!お願いします!」
『よかろう。』
――パチン
「うわっ」
指パッチンの音が聞こえると同時に、眩しい閃光に包まれる。
目を開けると、そこには……
新品造りたて、それは綺麗な鐘楼があった。
今まで撞いていた、年季の入った鐘楼と比べて際立っている。
「え?これ?どういうこと?」
『望み通り、お嬢ちゃんじゃ手に入らないお高い物ぞ。』
「え?え?え?鐘と突棒ってどういうこと?もっと即物的な物じゃないの?普通は?」
『何を言っておる。
鐘楼は買って建てようとすると、何千万じゃきかないんじゃぞ。』
「それは……そうかもしれないけど……」
目の前のお爺さんは、笑いも怒りもせずただこちらを待つような表情で立っている。
「う、うわぁぁあ!頑張ったのにー!こんなのってヒドイよ!
お父さーーん!」
泣きそうになるのを堪えながら、お爺さんに背を向け走り出した。
『はぁ、全くワガママな娘じゃ。
……いったい誰に似たもんかのう。』
――パチン
お爺さんは煙のように消えた。
そこに残るのは、古びた鐘楼と新しい鐘楼ただ2宇のみ。
「驚くべき影」 人一 @hitoHito93
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