第33話 旋風の帰還(リターン)は、計算を超えた熱と共に

「一分も持たない? 笑わせるな、リサ!」


阿修羅の咆哮と共に、第二試合のゴングが鳴り響いた。その巨体からは想像もつかない速さで、阿修羅が肉薄する。かつてフランスでリサの心を折った、重戦車のような圧力(プレッシャー)。


「死ねッ!」


阿修羅の剛腕がリサの顔面を狙う。

だが、リサは紙一重で首を傾け、それを回避。

同時に、芸術的なまでのしなやかさで右足が跳ね上がった。


「――サバット・バ・マト(下段蹴り)!」


靴の先端が阿修羅の弁慶の泣き所を正確に捉える。


「グッ……小癪な!」


阿修羅は痛みを無視して強引に距離を潰し、リサの腹部へ重い膝蹴りを突き出す。

かつてのリサなら、ここで『理論上防げない』と判断し、心が折れていたはずだった。


「甘いわ」


リサはあえて後退せず、凛先輩直伝の泥臭いスウェーバックで衝撃を逃がすと、至近距離から阿修羅の顔面に鋭いジャブを叩き込んだ。


「何っ!? お前、サバットにボクシングの動きを……」


「ええ。教本通りの根性論もたまには役に立つのよ!」


リサの動きは、フランス時代の『完璧な理論』に、昨日屋上で得た『野生の勘』が混ざり合っていた。

リングサイドでは、凛先輩が身を乗り出して叫んでいる。


「いけっ、リサ! そいつのガードは右が甘いぞ! 叩き潰せ!!」

「わかってるわよ、うるさいわね!」


リサは軽やかにステップを踏み、阿修羅の周囲を旋風のように舞う。阿修羅の拳は虚空を切り、リサの変幻自在な蹴りが次々と彼の肉体を削っていく。


(……すごい。リサさんが、あの怪物を圧倒してる!)


僕はその美しくも激しい戦いに目を奪われていた。

だが、阿修羅の瞳に暗い光が宿る。


「……リサ。お前の成長は認めてやろう。だが、格闘技は『正しさ』だけで決まるものじゃない」


阿修羅が不自然に姿勢を低くした。

リサがトドメのハイキックを放とうと、軸足を固めたその瞬間――。


「しまっ……!?」


阿修羅は格闘技のセオリーを無視し、リサの軸足目掛けて体当たりに近いタックルを仕掛けたのだ。

リングのロープ際。

逃げ場のない場所で、リサの細い体が宙に浮く。


「そのままリング外へ落ちろ!!」


阿修羅の狙いは、リサを場外へ叩きつけ、物理的に戦闘不能にすることだった。

コンクリートの床がリサの背後に迫る。


「リサさん!!」


僕の叫びが響く中、リサの瞳に宿ったのは絶望ではなく、確信に満ちた笑みだった。


「……佐藤君。セコンドなら、しっかり見ていなさい。これが、私の『全勝』への計算よ!」


リサは空中でトップロープを掴むと、その弾力を利用してバネのように体を反転させた。

かつて冴さんが僕たちを翻弄した『相手の力を利用する』動き。


「氷川流……なんて、柄じゃないけれど!」


宙を舞うリサの足が、阿修羅の顎を真上から踏みつけるように、美しい弧を描いて振り下ろされた。

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