第31話 逆転の衝撃(カウンター)は、教本を超えて

ズォォォン……ッ!!


僕の右拳が鮫島の顎を正確に撃ち抜いた。

自分の拳から肩を通り、背骨まで突き抜けるような凄まじい手応え。昨日、冴さんの体に触れることすらできなかったあの『未完のアッパー』が今、最高の形で完成した。


「……ぁ、が……?」


鮫島の巨体が一瞬だけ宙に浮いたように見えた。

次の瞬間、彼は糸が切れた人形のようにマットに顔面から崩れ落ちた。


ドサッ……。


北門工業のヤジが止まり、体育館中が静まり返る。

レフェリーのカウントすら、一瞬遅れて始まった。


「……エイト、ナイン、テン! 勝者、聖華高校・佐藤悠真!」

「よっしゃあああああ!!」


静寂を切り裂いたのは、凛先輩の絶叫だった。


「見たか! これが私の……私たちの佐藤君だ!

恋愛教本第200章『愛の指導(特訓)は、不可能を可能にする奇跡のパンチを生む』だぞ!!」


先輩がリングに飛び込んできて、僕の首を絞めるような勢いで抱きついてきた。


「ちょ、先輩、苦しい……勝ったのは嬉しいですけど、窒息します……」


「よくやったわ、佐藤君。少し見直したわよ」


リサもリングサイドまで駆け寄り、誇らしげに、そして少しだけ複雑そうな微笑みを僕に向けた。

だが、勝利の余韻に浸る時間は短かった。


「鮫島の野郎、無様にやられやがって。所詮は噛ませ犬か」


低く、地を這うような声が響いた。

北門工業の控え室から現れたのは鮫島を遥かに凌ぐ体躯を持ち、異様なほど静かなオーラを纏った男。

北門工業ボクシング部主将、阿修羅(あしゅら)。


「聖華の少年。お前の一撃、悪くはなかった。

だが、運だけで勝てるのはそこまでだ。

次は、その隣にいる『フランス帰りのお嬢さん』。お前に用がある」


阿修羅の視線がリサを射抜く。

リサの肩が微かに跳ねた。


「私? どういうことかしら。私の対戦相手は、別の人のはずだけど」


「変更だ。俺自らがお前を教育してやる。

忘れたか? リサ。三年前、フランスのジュニア・アカデミーで、お前に挫折を教えた男の顔を」


「……っ!? まさか、あなたは……ジャン・ポール……!?」


リサの顔から、一気に血の気が引いた。


「フランスでの偽名はやめた。今は阿修羅だ。

あの時、俺のキックで心を折られて日本へ逃げ帰った負け犬が、いつの間にか聖華の『女帝』なんて呼ばれているとはな。笑わせる」


「逃げたんじゃない……私は……!」


リサの声が震えている。あの自信に満ちた彼女が、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっている。


「全勝が条件だったな? ならば次、俺がこの女を叩き潰し、お前たちの『廃部』を確定させてやる」


阿修羅が不敵に笑い、リングのロープを跨いだ。

リサの過去。彼女が隠し続けていた『敗北の記憶』が、最悪の形で目の前に立ちはだかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る