第25話 ダブル・コーディネート(波乱)は、試着室から

「三人で楽しむ……? 何を言っている、この金髪!」


凛先輩が鼻を真っ赤にしながら叫ぶ。

変装の帽子がずれているのも気付かないほど動揺しているようだ。


「決まっているじゃない。

佐藤君の『ボクサーとしての格』を上げるために、私たちが最高の一着を選んであげるのよ」


リサは楽しそうにクスクスと笑うと、僕の腕を掴んだまま、高級感の漂うセレクトショップへと僕を引きずり込んだ。


「待て! 佐藤君には、私の『恋愛教本』に基づいた勝負服が必要だ! 勝手に進めるな!」


トレンチコートをバサつかせながら、先輩もドタドタと後に続く。

こうして、地獄のダブル・コーディネートが幕を開けた。


「まずはこちら。あなたの少し細身な体格を活かす、イタリア仕立てのスリムスーツよ」


リサが差し出してきたのは、光沢のある深いネイビーのセットアップ。


「洗練された美しさは、相手に『格の違い』を見せつける最高の武器になるわ」

「甘いなリサ! 佐藤君には、野生の闘争心を呼び覚ますような力強さが必要だ!」


先輩がどこからか持ってきたのは、身体のラインが露骨に出るピタッとした白いTシャツとダメージの激しいデニム。


「恋愛教本第132章『男の魅力は、隠しきれない筋肉の陰影に宿る』だ!」


「先輩、これ、ほとんどボクシングの練習着と変わりませんよ……」

「いいから着るんだ! ほら、試着室へ入れ!」


僕は二人に背中を押されるようにして、狭い試着室へと放り込まれた。


「まずは私のよ、佐藤君。早く着替えて見せなさい」


カーテン越しにリサの余裕たっぷりな声が響く。


「ふん、私の選んだ服の方が絶対に似合う! 佐藤君、リサの服は後回しだ! 私の方を先に着ろ!」


先輩がカーテンの隙間から、無理やり白いTシャツをねじ込んでくる。

試着室の中で、僕はパニックに陥った。

片方の足にはリサの選んだ高級スラックス、上半身には先輩の選んだピチピチのTシャツという、あまりにもマヌケな格好で固まる。


「佐藤君? まだかしら。まさか、手伝いが必要?」


リサの手がスッと試着室のカーテンにかけられる。


「な、……ッ! 貴様、何を考えている! 私の佐藤君に……いや、私の素体に何をするつもりだ!」


先輩が慌ててリサの手を叩き落とす。


「あら、凛さんこそ、そんなに必死になって。

もしかして、彼の着替えを覗きたいのは自分の方じゃないの?」

「そ、そんなわけないだろう! 私はただ、彼が正しく教本通りの着こなしをしているか、セコンドとして確認しようと……!」


「……二人とも、声が大きいです! 周りのお客さんが見てますから!」


試着室の中から僕が悲鳴のような声を上げると、外の二人は一瞬静まり返った。

だが、その沈黙は長くは続かなかった。


「……決めたわ。凛さん、こうしましょう。

佐藤君がどちらの服を『より着こなせているか』。店員さんに判定してもらいましょう?」

「……いいだろう。私の審美眼が、フランス仕込みのキックボクサーに劣るはずがない!」


二人の女帝のプライドを懸けた戦いは、僕という『着せ替え人形』を媒介にして、ますます泥沼の様相を呈していく。


「佐藤君、次はこれよ。胸元を少し開けてみて」

「待て! その上からこの革ジャンを羽織れ! 重厚感が足りない!」


僕は、合同練習会の試合本番よりも激しいエネルギーをこの狭い試着室で消費し続けていた。

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