エピローグ


「あれから、相原さんはいらっしゃらないですね。」


花村先生が、診断室のベッドを拭きながらそう言った。


GWも間近に迫り、世間はどこかそわそわとし始めている。

待合室に差し込む光も、心なしか柔らかい。


花村先生は、いつもより少しだけ楽しげに見えた。

その様子を眺めながら、私は先日来た相原さんのことを思い出していた。


「便りがないのは、元気な証拠ってやつかな。

花村さんのおかげで、咳も落ち着いたんだと思うよ。」


そう言ってから、少しだけ言葉を探す。


「ありがとう。

相原さんは……僕にとっても、ずっと気になっていた患者の一人だったからね。」


一拍置いて、静かに続けた。


「花村先生は、相原さんだけじゃない。

僕のことも、救ってくれたんだよ。」


「そんな……。

そうだったら、嬉しいです。」


花村先生は少し照れたように視線を落とし、布巾を動かす手を、わずかに早めた。


「でも……相原さん、一度しかカウンセリングにいらっしゃいませんでしたね。」


「霊ってね――

『帰りたい』とか、『気づいてほしい』とか、

そういう想いを抱えきれなくなったときに、生きている人の身体に現れることが多いんだ。」


一度、言葉を区切る。


「相原さんは、もう二年以上も咳に苦しんでいた。

きっと、あの霊も……かなり追い詰められていたんだと思う。」


少しだけ、昔を思い出すように視線を遠くにやった。


「それに以前、僕に会っている。

そのときに、

『この人なら、気づいてくれるかもしれない』

そう思ったのかもしれないね。」


ふっと、力を抜いたように笑う。


「だから、探していたんだろう。

ずっと。

そして、ようやく――ここまで辿り着いた。」


「御門先生は、総合病院を辞めたことを後悔してないんですか?」


私は気になっていたことを聞いてみた。


「僕はね、医師としても優秀だったんだ。

だからこそ、医療だけでは完全には救えないと分かった時の虚しさは、人一倍大きかった。


今は救える人の数は多くはないけれど、

その分、素直に――自分が正しいと思った診断ができる。


花村先生のおかげで、根本から解決できるようにもなったしね。


だから、後悔はしてないよ。」


「御門先生は、いつも本当に花村先生に感謝されていますよ。」


「ちょっと、ジーニー。勝手に話し出さないでよ。

……っていうか、そういうことは内緒にしてよー。」


診察室に、御門先生の悲鳴ともとれる声が響き渡った。


「なぜですか? 本当のことではありませんか。」


「いや、まあ……そうだけどさぁ。」


「相原様の件では、お酒を飲まれながら

『花村先生のおかげだ』と涙を流されていましたよね。

心から感謝されている証拠だと、私は判断しました。」


「ホントやめて、ジーニー!」


「あれ? 先生、どちらでお酒を飲まれていたんですか?

まさか、この診断室ではないですよね?」


私は、少しだけ意地悪く問いかけた。


「も、も、もちろんここじゃないよ。ここ、病院だよ。」


「そうなの? ジーニー。」


「ここです。御門先生は、何か勘違いされているのかもしれませんね。」


「ジーニー!!!!!」


焦って頭を抱える御門先生。

想像通りの反応に、思わず笑ってしまう花村先生。

画面には、

「何か勘違いされているのかもしれませんね。」

と、淡々とした文字が表示されている。


今日もこのクリニックには、

穏やかで、どこか温かい光が差し込んでいた。


――あなたの原因不明の体調不良は、

ここでなら、治せるかもしれません。





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Unleash Lab 〜原因不明の不調を診断します〜 5.過去からの解放 八尾 遥 @hachio_haru

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