翡翠のさえずり
小桃 もこ
翡翠のさえずり
スイが死んだ。
だからわたしはピーピー泣く。
小さい子みたいに、いつまでもピーピー泣くの。
◇
「おはよう
「おはよ……うん、まあまあかな」
昨日だけかと思ったのに、教室に着くなり彼女は今日もまた私の隣に飛んできた。
このニコニコに、関わらないほうがいいのか、関わってもいいのかよくわからない。
「タカナシさんって」
「スイって呼んで!」
「ん……」
昨日、転校生の彼女をはじめて見た瞬間から、黒板に書かれた名前を見た瞬間から、『まさか』という気持ちと『ぜったいそう』という気持ちが混ぜこぜになって自分でもよくわからない。
「私も詩音と呼ぶからね!」
小鳥が遊ぶと書いて
名前はスイ。
どう考えても出来すぎだった。
【転校生の小鳥遊スイは、どう考えてもおとつい死んだうちのインコだ】
そんな定番の作り話のような出来事が実際にあるわけない。あるわけないと思うからどうしていいのかわからない。
それにうちのスイは────
「スイは……どうして転校してきたの?」
「詩音に会うためだよ!」
ストレートすぎてどうしていいのかわからない。嘘でも「親の都合で」とか言ってくれればまだいいのに。
「家はどこなの?」
「詩音の家のちかくかな!」
「えと……うち、教えたっけ」
「知ってるに決まってる!」
こわいよ、とは思わない。だって目の前のスイは、やっぱりスイだと思うから。
たとえうちのスイが『オス』だったとしても。
だから私はこんな質問をしてみた。
「いつまでいられるの?」
スイはエサを手のひらからあげた時みたいに少しだけキョトンとしてから、嬉しそうにさえずった。
「気が済むまで、かな?」
ピルルルルルルル 美しい声が聴こえた気がした。高くてやさしい、スイの声。
ピルルルルルルル
ピルルルルルルル
オスとかメスとか、どうでもいい。奇跡みたいな再会がただ嬉しい。泣くほど嬉しい。抱きしめて頬擦りして、たくさんキスしたいくらい嬉しい。
でも、きっとまた悲しいよね。
ピルルルルルルル
ピルルルルルルル
だってどうせ、またスイとさよならしなくちゃいけなくなる。
仲良くしてもいいの?
関わってもいいの?
そんなことになったら私たち、もっとツラくなるんじゃない?
でもスイはお構いなしだった。そうだよね。だってスイは、私に会いにきたんだから。
「マサナリ、どれ?」
スイの小声に心臓が跳ねる。
どうしてその名を、とは思わない。だって私は話していたから。
「スイ、なにもしなくていいからね?」
慌てて言うと、スイは笑った。
ピルルルルルルル
信用できない、綺麗な声で。
ピルルルルルルル
「来て」
放課後連れられて来た最上階の音楽室。
「歌おう!」
「うそ、やだ」
「大丈夫!」
最初は恥ずかしかったけど、だんだん慣れて、二人でお腹の底から発声していた。
なんて気持ちがいいんだろう。
ピルルルルルルル
ピルルルルルルル
「詩音はいいなぁ」
ピンク色した夕暮れの帰り道、なにが? と返すと、「恋してて」とスイは膨れた。
「スイはいないの? 好きな人」
訊ねてみると、スイは笑った。
「カラスのカーくんもスズメのチュン助も、悪くなかったけど振ってやったわ。『あたしは雑種のタマゴを産む気はないの』ってね」
両手の指先を、羽先みたいに揃えて口もとに当てて、クスクスとスイは笑った。
ピルルルルルルル
ピルルルルルルル
「ねえスイ」
「んー?」
「どうして女の子になったの?」
訊ねてみるとスイは驚いて、「なあんだそんなこと」と、ピヨピヨ笑った。
「素敵な声で詩音と歌いたかったの」
叶ったねえ。と満足そうに微笑むから。
ああ、お別れが近いんだ。
ぼんやりとした空を見て、なんとなく、そう思った。
「ねえ、また音楽室に来て」
スイに言われて、今日もまた来た。
だけどスイはいなかった。代わりにいたのは、ひとりの男子生徒だった。
まさか、スイ……?
一瞬思ったけど、ううん、ちがった。
「……詩音」
そら、と背中が寒くなる。
振り向いたのは
「あ……あの、スイ……タカナシさん、見なかった?」
「いや、見てない。でも」
雅成は窓を見る。つられるようにして見ると、空がぽっかり青かった。
ガラスは半端に開いていた。
「小鳥が一羽、飛んでった。黄緑の羽の綺麗な小鳥」
翡翠のスイ。
「すごく綺麗な声で鳴く鳥?」
「ああ、それ」
彼が窓辺に寄るから、私も寄った。
「毎晩うちに来てたんだ」
「……え?」
「その鳥が」
バカみたいで信じられない。
「その声聞くとなんでか詩音のこと思い出して。気づいたらずっと、おまえのこと考えてた」
ピルルルルルルル
「……なんでだろうな。でもおれたぶん、好きなんだ。詩音のことが」
小鳥遊スイは、それきり消えた。
さよならくらい言ってくれればよかったのに。
せっかく話せたんだから。
ピルルルルルルル
ピルルルルルルル
ぽっかり青い空の中で、お祝いみたいなさえずりがずっと聴こえている気がした。
◇
スイが死んだ。
だから私はピーピー鳴く。
ありがとねって、いつまでもピーピー鳴くの。
(おわり)
翡翠のさえずり 小桃 もこ @mococo19n
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