朝、猫が窓を見なくなった
@Kuchizi
朝、猫が窓を見なくなった
なあ、ちょっと長くなるが相談してもいいか?
俺、まだあのマンションで暮らしてるんだけどさ、少し前に猫を飼ったんだ。
ああ、やっぱり話してなかったよな。
銀と黒の模様がはっきりした、きれいな男の子。
自慢じゃないが、広告モデルにだってなれるんじゃないかって本気で思ってる。
それでさ、あの子がうちに来て半年くらい経った記念に、キャットタワーを買ってみたんだ。
箱と棒を組み合わせた、てっぺんに見晴らし台があるよくあるやつさ。
最初は遊んでくれるか不安だったけど、心配する必要なんてなかったよ。
組み立てた初日からいきなりいちばん上まで登って、窓の外をじーっと眺めてたんだ。
うちはベランダの手すりが高くて外が見にくかったから、窓際に置いたんだ。
うちに来てから毎朝必ず、あの子は首をぐいって上げて外を眺めていたから。
気に入ってくれたんだと思って、本当にうれしかったよ。
猫が外を眺める理由はいろいろあるらしいんだ。
中でも、鳥とか虫とかを眺めて、どうやって狩るか、を考えてるって説がある。
だからあの子もそうなんだろうなって、ずっと思っていた。
ある時さ、たまたま時間があったから、一緒に外を眺めてみたんだ。
何てことのない、休日の朝だ。
鳥も虫もいなくて、他にも動いているものはなかった。
けれどもあの子は、尻尾を振り回しながら、じーっと外を見ていた。
何を見てるんだろうな、って思ったその時だった。
上から、黒い影が落ちてきたんだ。
あんまりにも一瞬だったから、はっきりとは見えなかった。
けど、鳥じゃない。鳥の大きさじゃなかった。
たぶん、人だった。
人の髪と服が、はためいていた気がした。
飛び降りかと思って慌ててベランダに出て、下を覗いたんだけどさ、何もなかったんだよ。
ただ、豆粒みたいな通行人が歩いているだけだった。
見間違いかと思った。けど、そうは思えなかった。
それから毎朝、あの子と一緒に外を見るようにしたんだ。
すると、同じ時間になると、そいつは決まって上から落ちてくる。
何日かして、ようやくわかった。髪の長い、黒いコートを着た女だった。
そいつがいつも、窓の外で背中を向けて、真っ逆さまに落ちていくんだ。
けど、やっぱり外では何も起きていない。
最初のうちは毎回下まで降りて確認してたけど、血も、騒ぎも、何もないんだよ。
管理人にも不動産にも確認したさ。
何か事故とか事件とか、なかったかって。
でも返ってくるのは、困った感じの声で、
「そのような事実はございません」の一点張り。
自殺? 俺は、もし何かあったとしたら飛び降りじゃなくて、殺人だろうと思ってる。
だって、あの女はいつも背中を向けて落ちていくんだ。
自分から飛ぶなら、普通そんな落ち方はしないだろ?
まあでも、別に俺に何かあったわけじゃない。
あの子も、その女が落ちるのを見届けると、満足げに尻尾を立てて窓から離れていくだけ。
だから俺は、自分には関係ないって思うようにしたんだ。
どうでもいい。あんなの、ただの景色だって。
ああ、ここからが本題なんだ。前置きが長くなって悪い。
最近さ、あの子が外を見ないんだ。
毎朝同じ時間にキャットタワーに登るのは変わらない。
けど、見ているのは外じゃない。部屋の中なんだ。
部屋の中を、尻尾を振り回しながら、じーっと見つめている。
いや、違う。俺を。いや、俺の後ろを見つめているんだよ。
そうして、しばらくしたら満足げに尻尾を立てて、いつものようにその場を離れていく。
なあ。
お祓い、行った方がいいと思うか?
朝、猫が窓を見なくなった @Kuchizi
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