陰キャな私が捏造した『架空の恋人』、なぜかクラスの頂点ギャル(と義妹)に受肉する。

サクサク

第1話 擬態陰キャのシステムは、正常に稼働していたはずだった。

やらかした。

 本当に、やらかしてしまった。

 ずぶ濡れになった花乃はなの千春ちはるは、雨のカーテンを強引に閉め出すようにして、玄関のドアに背中を預けて滑り落ちた。ドアに押し付けた耳には、雨が大地を叩きつける音がはっきりと聞こえてくる。

 体も、靴も、さっき水たまりに派手に転んだせいで泥まみれだ。両親が買った高級なインポート物のカーペットに、レインコートから雫がポタポタと落ちていく。普段なら不安で発狂しそうな状況だが、今の千春にはどうでもよかった。


 彼女は濡れたスマートフォンを取り出し、メモアプリを起動して、今日の日付を打ち込む。


【5月28日、雨。】

【ターゲット:小稲こいねあおいとそのグループ。】

【本日のミッション:雑談への付き合い、及びカラオケでの交流。】

【自己評価スコア:0点。】

【異常報告:システム名『花乃千春』が不明な感情攻撃を受け、防御システムがオーバーロード。緊急回避エマージェンシー機構が作動。】

【私はもう、終わりだ。】

【グループの中心人物であるギャル、小稲葵に対し、どういうわけか思考回路がバグり、土砂降りの雨の中で傘を投げ捨て、一人で逃亡した。】

【たぶん、私は生まれついての陰キャなのだろう。もう死なせてくれ。】


 ――――


 時間は6時間前へと遡る。

 その時、システム『花乃千春』はまだ正常に稼働していた。


 梅雨時の空気は、絞れば水が出てきそうなほど湿っていた。呼吸をするたびに、湿気が鼻腔を伝って肺に入り込み、草木と土の匂いを運んでくる。

 無造作に寄せ集められた数脚の学習机。その上には、凝ったものから適当なものまで様々な弁当箱と、場違いな焼きそばパンが置かれている。机を囲む女子高生たちは、「青春」という名のノイズを撒き散らしていた。


「だよねー。安くて美味いし。アタシみたいに死ななきゃいい、腹に入ればなんでもいいって人間には、これで十分だって」


 小稲葵のそんな豪快な発言を聞き、千春は手慣れた様子で表情筋を動かし、「呆れ顔」を作ってみせた。


「あんた本当にJKなの?」


 よし。ツッコミのタイミングは完璧だ。

 千春自身は、葵のような女子高生を嫌っているわけではない。むしろ千春は、同人イベントで怪しい薄い本を買い漁るタイプのオタクであり、様々なジャンルに対して高い耐性を持っている。

 だが、この手の底抜けに明るいリア充相手には、適切なタイミングでツッコミを入れないと、「つまらない奴」認定されてハブられるリスクがある。

 これは定期的なシステムメンテナンスのようなものだ。古い時計が正確な時を刻むためには、ズレた針を何度も調整しなければならない。


「そんなのカンケーないって。JKは自由なんだよ」


 葵が机から飛び降りる。スカートは短く改造していないはずだが、それでも際どいラインが見えそうになり、千春は内心では無反応を貫きつつも、「清楚」な女子高生という設定キャラを守るために顔を背けた。

 しかし、相手は容赦ない。

 葵が顔を近づけ、千春の胸元のリボンに指を絡ませてくる。


「つーか、厳密な意味でのJKって言ったら、千春の方がよっぽどそれっぽくない?」

「そうかな?」

「あんたみたいに、学園モノのラノベにしか出てこないような完璧な形のリボン結んでる奴、他にいないって」


 桜咲丘さくらがおか女子高等学校の制服はかなり面倒な構造をしている。特に首元のリボンだ。青、赤、白、緑の四色ストライプのデザインは、70年前の創立時に定められたものらしい。校則では「在校中は必ずリボンを着用し、身だしなみを整えること」とされている。

 もっとも、そんな校則は十年前に過疎化対策で共学化の議論が出たあたりから形骸化しているのだが。

 千春はこの古の技術リボン結びの伝承者として、友人たちから「リボン仙人」とからかわれることがよくある。


 それは挑発ではない。親愛の情だ。

 葵は、私と親密なやり取りプロレスがしたいというシグナルを送ってきている。

 千春は心の中で安堵の息をつきつつ、表面上は尻尾を踏まれた猫のように毛を逆立ててみせた。


「綺麗なんだからいいでしょ!? もう一回言ったらぶっとばすからね!」


 演出効果を高めるため、千春はあえて袖をまくり、白くて細い、脅威のかけらもない腕を見せつけ、鏡の前で何度も練習した八重歯を覗かせた。


【スキル発動:虚勢によるギャップ萌え。】


 効果はバツグンだ。

 葵は腹を抱えて笑い、無防備にその柔らかな体を預けてきた。


「千春かわいー」

「う、うるさいっ!」


 千春は顔を赤くして反論する――この時の顔面の充血制御も完璧だ――しかし、内心は凪いだ海面のように冷え切っていた。


 ――ほらね。これが私の仕事。


 マニュアル通りにコマンドを入力すれば、この「リア充」という生き物は自動販売機みたいに好感度を吐き出してくれる。

 すべては掌握できているはずだった。

 葵の陰りのない笑顔を見ながら、千春は机の下でそっと拳を握りしめた。


 ……眩しすぎる。

 この小さなグループの絶対的中心である葵は、千春が最も渇望し、しかし模倣トレースでしか盗み取ることのできないものを持っている。

 あの生まれついての、吐き気がするほどに、けれど誰もが求めてやまない「陽の光」を。

 みんな楽しそうに笑っているけれど、葵、あいつだけが一番忌々しい。


 その話題はドライアイスのようにすぐに昇華して消えた。

 けれど、雨上がりのネギ苗みたいに、次から次へと際限なく新しい話題が生えてくる。

 隣のクラスの野球部のチャラ男への悪口から、北海道への合宿旅行の話まで。まるで夢の話みたいに、脈絡なく飛び火していく。

 千春の予想通り、結局は誰かがそのチャラ男のLINEを聞き出しに行くだろうし、旅行の話もみんなの懐事情で立ち消えになるだろう。


 一年、一ヶ月、一週間、いや一日経つごとに、すべての出来事が再放送リピートされているような気がする。日常とはこうして循環し続ける、退屈なものなのかもしれない。

 けれど、アレさえ手に入れば。成功さえすれば、これらはすべて必要なコストだ。

 陽キャに擬態し、葵のグループに入り込み、陽キャとしての社交圏を手に入れた。本来望んでいた人間関係は既に手の中にある。だが、まだ足りない。


 花乃千春は笑顔を貼り付ける。


「ねえ知ってる? ……ほら、最近話題のあの芸能人! ……そうそう、彼! 彼とある声優が結婚発表するらしいよ……マジありえなくない? そんなの……」


 葵の友人が話題を振った。ありふれたゴシップネタだ。しかし。

 普段なら、書店でファッション誌を立ち読みしておけば、笑顔で会話に参加できるレベルの話題だ。インスタを見れば済む話かもしれないが、動画は情報密度が低すぎる。小説やアニメを見る時間を、くだらないゴシップに割きたくはないのだ。


「千春、知ってる? そういえばあんた、その声優の推しじゃなかったっけ! 好きなアイドルが結婚とか、ファンとして絶対ムリだよね?」


 いつ、そんなこと言ったっけ?


【警告:関連メモリデータを検索中……失敗。】

【検索ワード:「該当局アナ」「私の推し」「結婚の感想」。】

【結果:404 Not Found。】


 冷や汗が千春のブラウスを一瞬で濡らした。

 単に「知らない」だけではない。彼女たちに話を合わせるために、過去のどこかの会話で適当に「私も彼女のこと好きだよー」なんて嘘をついていた可能性がある。

 どうでもいい一般人ならまだしも、相手はあの人気声優だ。もしガチ恋勢ファンだとしたら、今ここでどういう反応をするのが正解なんだ?

 祝福? 発狂? それとも涙を堪えて微笑む?

 正解テンプレートがない。アドリブで乗り切るしかない。私はスカートの端をきつく握りしめる。


「千春? どうしたの? 顔色悪いよ」


 葵の友人が顔を覗き込んでくる。その瞳には、本人さえ気づいていない「疑念」という名の火種が宿っていた。


「あ、もしかして相手が『女ファンの敵』みたいな奴だから、千春ショック受けてるとか?」

「えー? 千春って実は口では言わないけど、アイドルを彼氏目線で見るタイプ?」


 マズい。

 会話の流れが制御不能コントロール・ロスになり始めている。

 普段の私なら、曖昧な返事で誤魔化せただろう。「幸せならOKです」みたいな万能bot回答で。

 でも、今日はダメだ。

 脳が焼き切れそうだ。ここでボロを出して、千春がただ話を合わせているだけの「風見鶏」だとバレれば、今まで築き上げてきた「キャラ設定」に亀裂が入る。

 何か言わなきゃ。早く、花乃千春。この瞬間のために蓄えてきたオタク知識データベースを呼び起こせ――。


 ブブッ。


 その時、ポケットの中のスマホが震えた。

 普通の通知じゃない。「特別設定」した相手からのバイブレーション・パターンだ。


「あ、ごめん。家から急用みたい」


 まさに天の助けだ。私は救命ロープを掴むようにスマホを握りしめ、窒息しそうな会話の輪から逃げ出した。

 画面が光る。

 送信者:小稲葵。


 私は固まった。彼女は目の前に座っていて、足をぶらぶらさせているだけなのに、なぜLINEを?

 顔を上げると、葵は相変わらず誰かと談笑していたが、視線が交錯した瞬間、気づかないほどの微細な動作で、左目をウインクさせたように見えた。


【小稲葵:あいつマジで声優ファンとかじゃないからw ただ男の方がブサイクって言って一緒に盛り上がりたいだけwww 千春は「確かに釣り合わないよねー」って言っとけばクリアだよ! つーか、千春もその話題興味ないでしょ?】


 助けられた。……でも、なぜ?

 その瞬間、千春は向かいで楽しそうに笑う小稲葵を見た。


【小稲葵:放課後、一緒にカラオケ行こ(>▽<)】

【小稲葵:他の子も誘うから。他の子は来ないけど。】





※あとがき

本作は、海外在住の私が母国語で執筆したオリジナル作品を、AI翻訳と自身の手直しによって日本語化したものです。

「どうしても日本の読者にこの物語を届けたい!」という情熱で投稿しました。

日本語に不自然な点があるかもしれませんが、物語の中身を楽しんでいただければ幸いです。

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