赤指
@ABCAI
第1話
ヤマトのチャンネル『ヤマト・インフェルノ』の登録者数は、ついに50万人の大台を突破した。
かつては一本の企画に一週間かけていたが、今や派手なサムネイルと「ガチで行ってみた」という煽り文句だけで、数万人の同時視聴者が集まる。ヤマトにとって、視聴者はもはや人間ではなく、自分を神へと押し上げる「数字」の塊に過ぎなかった。
深夜二時。ヤマトは愛車のドイツ車を走らせながら、ライブ配信のスタートボタンをタップした。
「はい、皆さん深夜にこんちは! ヤマトです! 今日の同接……うわ、もう3万人? お前ら寝ろよ、最高かよ!」
ヤマトはカメラに向かって不敵な笑みを浮かべた。
「今日はマジでヤバい所に向かってます。匿名で届いた気味の悪いDMにあった座標。新潟の山奥なんだけど、地図アプリを衛星写真に切り替えても、そこだけ真っ黒に塗り潰されてるんだよね。普通、隠すか? 公共機関でもないのにさ」
《ヤマトさん、またガチなやつ?》《同接4万突破!》《新潟の山奥とか絶対出るやつじゃんw》
加速するコメント欄を横目に、ヤマトは数時間前の出来事を思い出し、鼻で笑った。
『お願い、行かないで。あの住所、なんだか冷たい風が吹いているみたいな……嫌な感じがするの』
玄関で縋り付いてきた恋人・サキの顔。怖がりな彼女の忠告は、今のヤマトにはただの「足を引っ張るノイズ」でしかなかった。
「サキさぁ、いい加減にしてくれよ。俺は50万人の期待を背負ってんだ。お前の『勘』なんて一円にもならないんだよ」
冷たく言い放ち、泣き崩れる彼女を置いて家を出た。
あんな女の言葉を信じてチャンスを棒に振るなんて、あり得ない。50万人の王である自分には、さらなる刺激と、さらなる絶望が必要なのだ。
「おっ、見てよ皆さん。ナビがバグり始めました。道もどんどん細くなってる……っていうか、ここ道か? 枝が車体に当たりまくってんだけど。修理代、今日のスパチャで頼むよ!」
ヤマトは面白おかしく話し続け、恐怖をエンターテインメントへと変換していく。だが、車窓の外を流れる木々は、ライトの光を吸い込むように異様に黒く、密度を増していく。
不意に、スマホの画面に例の送り主不明のDMが再び届いた。
『モドレモドレモドレモドレモドレモドレモドレモドレモドレモドレモドレモドレ イマナラ マダ 間に合 わない 間に合 わない 間に合 わない』
「うわ、見て! また届いたよDM! 演出だとしたらマジで手が込んでるわ。……お、見えてきた。あれかな?」
ハイビームの先に、朽ち果てた木造の鳥居と、地名すら失われた廃村の入り口が現れた。
湿った土の匂いと、腐敗した何かが混ざったような異臭が車内に忍び込む。
「……到着。ここが、今夜のステージです。同接5万人のみんな、準備はいいか?」
ヤマトはジンバル付きのカメラを手に、車を降りた。
狂気の幕開けであることを、彼はまだ、全く想像すらしていなかった。
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