稀代の英雄 大陸の覇者 アレス一世伝
茶電子素
最終話
俺の名前はアレス・ヴァン・ロウ。
二十年の修行を経て、気づけば世界最強になっていた。
最強になったら何をするか?
普通は魔王を倒すとか姫を救うとか、そういう方向だろう。
だが俺は違った。
「……もう面倒だから全部まとめて統一したほうが早いんじゃないか?」
結果、大陸は統一された。
勝手に「神帝」とか名乗っちゃったりしてね……まあ勢いあったしね。
そんなこんなで、とりあえず調子に乗ってたわけなんだけど、
問題は統一した後だった。
◆
統一直後、俺は民衆の前に立ち堂々と宣言した。
「今日からこの大陸は一つだ。争いは終わった。平和を築こう」
拍手喝采が起きると思っていた。
だが、返ってきたのは沈黙。そして――
「勝手に統一してんじゃねぇよ!」
「税金どうなるんだよ!」
「神帝って何だよ!宗教かよ!」
石が飛んできた。
俺は避けた。
……避けたけど、心には直撃した。
胃がキリキリと痛む。
修行で山を割ったことはあるが胃痛には勝てない。
隣にいた側近のミラ・エルフォードが心底困った顔で俺を見上げた。
「アレス様、民衆は急激な変化に弱いのです。もう少し段階を踏んで……」
「俺おじさんだぞ。段階を踏んでたら、またこの先二十年くらいかかっちゃうだろ」
「そこは踏んでください」
ミラは真面目すぎる。
俺の暴走を止めるために生まれてきたような女性ではあるが――。
◆
統一後、各国の王族と貴族を集めて会議を開いた。
俺としては「仲良くやろうぜ」くらいの気持ちだったが――
「我が国の文化を尊重していただきたい!」
「税制は我々の方式を採用すべきだ!」
「神帝という呼称は、いくらなんでも不敬である!」
全員が好き勝手に叫び始めた。
俺は椅子に座りながら、またも胃を押さえた。
ミラが小声で囁く。
「アレス様、怒ってもいいんですよ?」
「怒ったら全員黙るだろ。それはそれで怖いじゃん」
「確かに……」
俺が本気で怒れば会議室ごと吹き飛ばせるが――
それは避けたい。
代わりに俺は深呼吸して言った。
「……とりあえず順番に話そう。全員一斉に喋るな」
「順番?誰から?」
「我が国が先だ!」
「いや我が国だ!」
また揉め始めた。
俺は天井を見上げた。
修行時代、山奥で虎と殺り合っていた頃のほうが平和だった。
◆
会議が終わったあと、街を歩いてみた。
民衆の声を直接聞くためだ。
だが、聞こえてきたのは――
「神帝って不死身らしいぞ」
「いや、魂を食べて強くなるって噂だ」
「昨日、神帝が空を飛んでたのを見たってやつがいる」
全部デマだ。
俺は空を飛べないし、魂も食べない。
胃薬なら毎日たっぷり……。
ミラが呆れた顔で言う。
「アレス様、放っておくと噂はどんどん膨らみますよ」
「どうすればいい?」
「普通に説明すればいいんです。『私は空を飛べません』と」
「……なんか恥ずかしくない?」
「恥ずかしがらないでください」
俺は民衆の前に立ち宣言した。
「俺は空を飛べない!」
沈黙。
次の瞬間、誰かが叫んだ。
「謙遜してるぞ!」
「やっぱり飛べるんだ!」
「神帝が控えめな発言を……何か裏があるに違いない!」
逆効果だった。
胃が痛い。
◆
そんな中、唯一まともに話を聞いてくれたのが、街のパン屋の娘リーナだった。
「神帝様って思ったより普通の人なんですね」
「普通だよ。胃も痛むし」
「胃が痛む支配者って、なんか親しみやすいです」
「親しみやすさで統治できるなら苦労しないんだけどな」
リーナは笑った。
その笑顔に少しだけ救われた気がした。
「でも、みんな神帝様のことを怖がってるのは事実です。強すぎるから」
「強さって、そんなに怖いか?」
「怖いですよ。だって怒らせたらどうなるか分からないじゃないですか」
俺は言葉に詰まった。
確かに俺が本気を出せば国一つ消し飛ぶ。
「……怒らないように努力するよ」
「それが伝われば、きっと変わりますよ」
リーナの言葉は、妙に胸に刺さった。
◆
数日後、反乱軍が城に押し寄せた。
「神帝を倒せ!」
「自由を取り戻す!」
俺は城門の前に立ち手を振った。
「ちょっと待て。話を聞け」
「聞くか!暴君め!」
「暴君じゃない。胃が痛いだけの、ただの支配者だ!」
「同情を誘う作戦とは姑息な!」
話が通じない。
仕方なく俺は軽く地面を叩いた。
地面が少し揺れ、反乱軍が尻もちをつく。
「……今のは威嚇だ。本気じゃない」
「ひぃぃぃ!」
全員逃げた。
ミラがため息をつく。
「アレス様、優しさが伝わっていません」
「どうすれば伝わる?」
「まずは肩書きを変えませんか?」
「神帝、そんなにダメか?」
「ダメです」
◆
ミラの提案で肩書きを変えることになった。
「じゃあ……大陸代表とか?」
「アスリートじゃないんだから」
「じゃあ……統一管理者?」
「役所ですか?」
悩んだ末、俺は言った。
「……アレスでいいよ。肩書きなし」
ミラが目を丸くした。
「本当に?」
「肩書きがあるから誤解されるんだろ。名前だけでいい」
その日のうちに布告を出した。
翌日、街はざわついた。
「神帝が肩書きを捨てたぞ!」
「謙虚を装って何をするつもりだ!?」
「逆に怖い!」
胃が痛い。
◆
混乱は続いたが、リーナが言っていたとおりで
少しずつ民衆の態度が変わっていった。
「アレス様、今日は怒ってませんね」
「アレス様、パン買っていきます?」
名前で呼ばれると、不思議と距離が縮まる。
ミラも微笑んだ。
「アレス様、ようやく普通の統治者らしくなってきましたね」
「普通って難しいな」
「最強だからこそ普通が一番難しいんです」
俺は空を見上げた。
修行時代には想像もしなかった未来だ。
大陸を統一しても、胃痛は治らない。
でも――
「まあ、なんとかなるか」
そう思えるくらいには、世界は少しだけ優しくなったんじゃないだろうか。
稀代の英雄 大陸の覇者 アレス一世伝 茶電子素 @unitarte
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