祝いの花を君に

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

 フィンセント・ファン・ゴッホの描いたアーモンドの花の絵を見ると僕は泣きたくなってしまう。

 柔らかい青空の下、咲き誇る白いアーモンドの花。自分を支えてくれた弟夫婦の第一子、甥っ子の誕生を寿いでいる。

 この時、すでにゴッホの精神状態は悪かった。それでも、絶望の中に、確かな光はあったのだ。

 さて、この度、目出度く弟が誕生する運びとなった。実に三十余年を以て一人っ子を卒業することになる。

「一応聞くけど、出産祝い何が欲しい?」

 父の後妻に尋ねる。

京終蜜きょうばてみつ先生の新作!」

「うん、予想通りだね」

 僕より十歳下の義母は、幼少のみぎりより、僕の描く絵の大ファンだったらしい。

「アーモンドの花でも描こうか?」

 冗談めかして笑う。一気に青ざめる遥歌はるかさん。

「え、何。弟の誕生を見届けたら、この世からいなくなっちゃうの?」

「うん……」苦笑いする。「やっぱり、あれって完全なる死亡フラグだよね。本当に清らかないい絵なんだけれど……」

「アーモンド以外でお願いします」

 深々と頭を下げる。

「何、描こうかな。何かリクエストある?」

「ふふふ」急に笑顔を見せる遥歌さん。「とりあえず、お花! あと、場所は決まってるんだ」

 そう言い、依頼書を見せる。

 京都でも有名なお寺のふすま絵。さすが、敏腕秘書。仕事が早い。

「ふすま絵かあ……。ふすま絵!? え、一室!?」

「一室、描いちゃおうぜ! 大丈夫、障子のところは描かなくてもいいから」

 ワクワクが止まらない遥歌さん。

「絵が完成したら、家族みんなで見に行こうね。あと、毎年の誕生日も! いやあ、家族に有名な画家がいるといいね。ずっと絵が残るんだよ」

 未来を思い描き、微笑む。そして、あることに思い至る。

「あっ……」

 。僕の娘。生まれてすぐにスケッチくらいはした。

「菜ノ葉ちゃん?」

「そう言えば、ちゃんとした絵って描いてあげたことない気がする……」

 手作りアクセサリーはあるけど。

「駄目じゃない! ちゃんと岸田劉生の麗子嬢みたいなの描いてあげなきゃ」

「うん……。あれは、確かに実の娘だから描けた絵。最初はちゃんと可愛く描いてあるのに、だんだんあんなことに」

 ゆっくり首を傾げる。

「娘の麗子ちゃん的には、傍迷惑だったのでは? 足がしびれても、動くんじゃねえって言われたとか……」

「じゃあさ、菜の花描いてあげなよ」

 小さな叔父を抱く愛娘。それを記録してあげよう。

「うん、そうしようか」

 今から、楽しみだ。








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祝いの花を君に 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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