第7話 「最年長冒険者、なぜか運営に呼び出される」


「……呼び出し?」


久我恒一は、差し出された端末を見て、ゆっくりと聞き返した。


「はい。ダンジョン運営管理局からです」

若い職員が、どこか気まずそうにうなずく。

「できれば、今すぐ」


ユウトが目を丸くした。


「課長、やばいことしました?」

「説教が長すぎたとか?」


「心当たりはありません」

恒一は即答した。

「私は常に、規則と安全の範囲内で行動しています」


それが逆に怪しい、という顔を三人がする。


案内されたのは、ダンジョン浅層の一角にある仮設施設だった。

外観はプレハブ。

中に入ると、妙に事務所っぽい空気が漂っている。


「……懐かしい匂いですね」


コピー用紙とインスタントコーヒー。

恒一は、思わずそう呟いた。


応接スペースに通されると、

スーツ姿の男女が三人、待っていた。


「久我恒一さんですね」

中央の女性が口を開く。

「私、アンダーベイ運営責任者の 真鍋(まなべ) です」


「総務部課長――いえ、元・総務部課長の久我です」

恒一は、自然と名刺を出しかけて、止めた。


――あ、もう持ってないんだった。


「本日は、お時間をいただきありがとうございます」

真鍋は丁寧だが、表情は硬い。


「率直に伺います」

隣の男性職員が言った。

「あなた、何をしたんですか?」


恒一は、少し考えてから答えた。


「……報連相を、徹底しました」


三人の職員が、揃って黙った。


「えーと」

真鍋が言葉を探す。

「それがですね……」


端末に、グラフが表示された。

被害件数、救助要請数、撤退成功率。


「ここ数日で、浅層の事故率が激減しています」

「原因を調査したところ……

 すべて、あなたの行動圏と重なっている」


恒一は、目を瞬かせた。


「それは、皆さんが優秀だからでは?」


「いえ」

真鍋は首を横に振った。

「正直に言うと、

 今までここまで“秩序立った進行”はありませんでした」


別の職員が言う。


「情報共有、判断基準、撤退ライン……

 全部、マニュアルより現実的です」


恒一は、少し困ったように眉を下げた。


「それは……現場で、失敗を重ねた結果です」


「だからです」


真鍋は、はっきりと言った。


「ぜひ、協力していただきたい」


「……何にでしょうか」


「冒険者向けの、簡易ガイド作成です」


恒一は、固まった。


「私が、ですか?」


「はい。

 あなたのやり方を、言語化してほしい」


しばらく沈黙。


「私は、冒険者ではありません」

恒一は、静かに言った。

「戦闘も、得意ではない」


「知っています」

真鍋は微笑んだ。

「だからこそ、です」


そのとき、

ユウトたちが控室から顔を出した。


「課長、どうでした?」

「怒られました?」


恒一は、少し間を置いて答えた。


「……頼まれました」


「何を?」


「安全対策の、相談役です」


三人が、同時に声を上げた。


「ええ!?」


真鍋が咳払いをする。


「正式な役職ではありません。

 あくまで、助言をいただくだけです」


「責任は?」

恒一が即座に聞く。


「ありません」

真鍋は即答した。

「最終判断は、すべて運営が行います」


恒一は、少し考えた。


――責任は取らない。

――助言のみ。


「……それなら」

恒一は、うなずいた。

「お引き受けします」


ユウトが、ぽかんとする。


「課長、即決すぎません?」


「条件が、良すぎます」


その場に、微妙な笑いが起きた。


打ち合わせは、短時間で終わった。

内容は、実に地味だ。


・撤退基準の明確化

・情報共有ポイントの設置

・無理をしない判断の推奨


だが、職員たちは真剣だった。


「……あの」

最後に、真鍋が言った。

「なぜ、そこまで“被害を出さない”ことにこだわるんですか?」


恒一は、少し考えてから答えた。


「事故報告書を書くのが、一番つらいからです」


職員たちは、なぜか深くうなずいた。


施設を出ると、

ユウトが感慨深そうに言った。


「課長、もう完全に裏方のボスじゃないですか」


「表に立つつもりはありません」

恒一は首を振る。

「最年長は、後ろにいるものです」


ミサが、ぽつりと言った。


「……頼りにしてます」


その一言に、恒一は少しだけ背筋を伸ばした。


最年長冒険者は、

剣も魔法も振るわない。


だが今日、

ダンジョンの“運営”を、少しだけ動かした。


(第7話・完)

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