虚構3 勇者の出発
王都セントラルの中央広場は、朝から人で埋め尽くされていた。
旗がはためき、喇叭が鳴り響き、子供たちの歓声が空に舞う。
今日は「勇者選定の儀式」の日。
二十二歳のクリードは、広場の壇上に立っていた。
金髪に青い瞳、鍛えられた体躯。
王宮の鍛冶師が作った白銀の鎧を纏い、腰には「魔王討伐の剣」と呼ばれる長剣を佩いている。
――勇者。
その言葉は、クリードにとって幼い頃からの夢だった。
村で育ち、魔王軍の脅威に怯える人々の話を聞き、
「いつか俺が倒す」と誓った。
家族を失った幼馴染の涙を見て、
「二度とあんな思いをさせない」と拳を握った。
だからこそ、この瞬間は、胸が熱くなるはずだった。
なのに。
「勇者様、がんばってください!」
民衆の声が、なぜか遠く感じる。
歓声の中に、混じっているのは期待だけではない。
冷ややかさ。
嘲り。
――そして、諦め。
王が壇上に上がり、クリードの肩に手を置いた。
老いた王の声が、広場に響き渡る。
「我が国は長きにわたり、魔王の脅威に晒されてきた。今日、ここに新たな勇者が誕生する。
クリードよ。お前こそが、魔王を討ち、世界に平和をもたらす者だ!」
拍手が沸き起こる。
しかし、クリードは気づいていた。
拍手の音が、いつもより薄いことを。
王が剣を授ける儀式が終わり、クリードは壇上から降り、民衆の間を抜けて王都の門へと向かう。
道中、数人の市民が近づいてきた。
「おい、勇者さん。本気で魔王倒すつもりか?」
一人の酒臭い中年男が、ニヤニヤしながら言った。
「倒せばいいけどよ……倒しちまったら、俺の仕事なくなっちまうぜ。工場、潰れるんだよな」
隣の女が肩をすくめる。
「うちの旦那も軍需工場よ。魔王がいなくなったら、失業だわ。ま、がんばってね」
クリードは言葉を失った。
――そんなはずはない。
魔王を倒せば、みんなが喜ぶはずだ。
戦争が終わり、誰も死ななくなる。
家族が笑える日が来る。
なのに、なぜ。
王都の門を出る直前、一人の子供が駆け寄ってきた。
小さな手で、クリードの鎧の裾を掴む。
「お兄ちゃん……魔王倒したら、お父さん、仕事なくなっちゃうって。でも、お兄ちゃんがんばってね」
子供の目は、純粋で、でもどこか寂しげだった。
クリードはしゃがみ込み、子供の頭を撫でた。
「……ありがとう。俺は、絶対にみんなを守るよ」
子供は頷き、走り去った。
クリードは立ち上がり、門の向こうを見た。
そこから先は、荒野。
魔王の城があるという、遥か彼方の闇。
剣の柄に手をかけ、
クリードは深呼吸した。
「俺は……勇者だ。魔王を倒すために生まれたんだ」
そう自分に言い聞かせて、一歩を踏み出した。王都の門がゆっくりと閉まる音が、背中で響いた。
その音は、歓迎の拍手ではなく、「行ってらっしゃい」の合図のように聞こえた。
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