禁域
青蛸
鏡
「最近、寝れてるか?」
大学の講義の後、講義中爆睡だったリョウに云う。ここ最近、リョウは講義中寝るようになっていた。寝ている学生は珍しいものではないが、いままで真面目に講義を受けていたリョウが寝ているのはなんか違和感があった。
「ああ、そうだな」
リョウは虚ろな目のまま話し始めた。
二週間前ぐらいのことだった。
その日は講義の課題にちょっとだけ苦戦して深夜二時まで起きていた。
終わったころにはもう時計の針は二時を回っていて、いっそのことオールするかって思った。
明日の講義は一限目だけだから、終わった後寝ればいいやって。
それで眠気を覚ますために顔を洗おうと思って洗面台に行った。
鏡の前に立ったとき妙な音が聞こえた。
カツカツカツカツカツカツカツカツカツ
って。
擬音語で表すならこんな感じ。
金属か、もしくはガラスのような硬い素材を爪で叩くような音。
それも一定の調子で。
(リョウはスマホを取り出して画面を爪で叩いて見せた)
よく聞くと確かに鏡から聞こえてきた。
まるで鏡の裏の住人がノックしてるように聞こえてきて、サーと鳥肌が立つのを感じた。
約二分ぐらいその音が続いて、その間絶対に動いちゃいけない気がして蛇口のほうを見ながら筋肉を硬直させた。
鳴り終わったころには冷や汗が止まらなくなっていた。
鳴り終わった瞬間、空気が軽くなった気がして顔を洗うのをやめて、リビングに戻ってテレビを流したままソファで寝た。
正直日が昇るまで四時間くらいあって、それまでずっと恐怖しながら起きている自信がなかったし、早く記憶から消し去りたかった。
次に起きたのは四時過ぎ、テレビをつけっぱなしにしていたから起きていたんだと思う。
起きた時、寝ぼけてて数刻前に起きたことはすっかり忘れていた。
テレビは消そうと思って、テレビを消すとタイミングを見計らったように、
カツカツカツカツカツカツカツカツカツ
カツカツカツカツカツカツカツカツカツ
ああ、まただ。
記憶が蘇り、筋肉が硬直した。
それで鏡のように体を映すものからラップ音が鳴ることがわかった。
鏡ってたくさん怪談の題材になっているから、急激に恐ろしくなって、無理やり体を動かして毛布を頭まで被った。
不気味なラップ音は日が昇るまで鳴り続けて、その間は一睡も眠れなかった。
正直その日限りの怪奇現象だと思っていた。
その日以降しばらくラップ音が鳴ることはなかったから。
ただ、鏡の前に立つとどうしてもそのラップ音が頭の中で鳴り響いた。
だけど、ちょうど一週間前、また夜中に洗面台の鏡の前に立つと鮮明に聞こえてきた。
間違いなく鏡から。
カツカツカツカツカツカツカツカツカツ
カツカツカツカツカツカツカツカツカツ
と。
身体の震えを抑えながら顔を上げて鏡を見てみると、俺と全く同じ姿をしたなにかがいた。
自分がどんな表情をしてるかぐらい鏡を見なくてもわかる。
ただ、そのなにかは信じられないくらい満面の笑みで、鏡に爪を立てていたんだ。
それから今日に至るまで、体が映るものを前にすると俺の姿をしたなにかが映って、ラップ音が聞こえてくるようになった。
「まあ、そんな感じで人がたくさんいて安心して寝れる講義中寝てたってわけ」
リョウが話し終えると、しばらく二人の間で沈黙が流れた。すると、リョウがにかっと口角を吊り上げ、背中をバンバン叩いてきた。左手で叩くもんだから時計の金具が当たって痛い。
「なんてな、びびったか?」
「馬鹿、もう夜眠れねぇよ」
妙にリアリティのある話に引き込まれてたことに気づく。
「寝れないのは普通にゲーム」
無駄に怖い話をしたリョウの頭を引っ叩き、帰路に就いた。
翌日、右利きのはずのリョウは右手に腕時計をつけていた。
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