聞こえない!

岡野奈倉

聞こえない!

 国道沿いの喫茶店のドアが開いて少年と少女が出てきた。二人とも制服に身を包み、どこかよそよそしい雰囲気を漂わせながら道路沿いを並んで歩く。夕暮れ、沈みかけの夕陽が二人を照らしている。

 少年の歩みはだんだんと遅くなっていった。何か考えごとをしているようだ。そしてその考えごととは、少女に自分の気持ちを伝えようかということだった。少年は少女のことが好きだった。

 少女はそんな少年に気づかずそのまま歩いている。気がつけば、少女は少年の二、三歩前を行くようになっていた。

 二人の距離が広くなった。

「あの!」

 少年が少女の背中に呼びかける。少女が振り向いた。

「なに!」

 少女が少年に向かって叫んだ。

「言いたいことがあって!」

「言って!」

「あの!」

 少年が口を開いたそのとき、二人の背後を救急車が駆け抜けた。

「ピィィィポォォォ! ピィィィポォォォ! ピィィィポォォォ! ピィィィポォォォ!」

 救急車の走行音で少年の告白は聞こえなかった。

「聞こえない! もう一度!」

 少女が少年に向かって叫んだ。

「あの!」

 少年が口を開いたそのとき、二人の背後をF1カーが駆け抜けた。

「ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥファァァァァァァァァァァァァン!」

 F1カーの走行音で少年の告白は聞こえなかった。

「聞こえない! もう一度!」

「あの!」

 少年が口を開いたそのとき、二人の背後を甲子園のサイレンが駆け抜けた。

「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 甲子園のサイレンで少年の告白は聞こえなかった。

「聞こえない! もう一度!」

「あの!」

 少年が口を開いたそのとき、二人の背後を元気な太宰治が駆け抜けた。

「ウマレテスミマセェェェェェェェェェン!」

 元気な太宰治の悲鳴で少年の告白は聞こえなかった。

「聞こえない! もう一度!」

「あの!」

 少年が口を開いたそのとき、二人の背後をドグラ・マグラが駆け抜けた。

「…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………」

 ドグラ・マグラの書き出しで少年の告白は聞こえなかった。

「聞こえない! もう一度!」

「あの!」

 少年が口を開いたそのとき、二人の背後を虚無が駆け抜けた。

「                  」

「好きです! 付き合ってください!」

「そっちは残像よ」

 一瞬のうちに少年の背後に移動した少女が肩越しにささやいた。振り返る間もなく、少女の手刀が少年の首をとらえる。少年は鯉のように体を大きく震わせてその場に崩れ落ちた。

 沈みかけの夕陽が二人を照らしていた。

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聞こえない! 岡野奈倉 @megatera

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