変な誕生日

桜森よなが

前編

 俺の親友の城坂和行しろさかかずゆきは変わった奴だった、

 彼はルックスが優れていて、勉強も運動もできて、性格もよくて、皆の人気者だった。

 だが、そんな恵まれた人間なのに、人生に絶望した哲学者のような顔をしている時がたまにあるのだ。

 なにが彼にそんな顔をさせているのだろうと、少し気になってはいた。


 ある日、そんな城坂に家で誕生日パーティを開くから来ないかと誘われた。

 そういえば、あと一ヶ月ちょっとで彼の誕生日が来るな、と思い出した。


 いいよと言うと、ただ……と彼は何かを付け足そうとした。


「ただ、なんだよ」

「俺の家、少し……いやたぶんかなり変わってるんだ」

「変わってるってどんな感じに?」

「そうだな……例えば、怪奇現象が起きるんだ。部屋の電気が勝手に点いたり消えたりとか、物が勝手に倒れたりとか」

「怪奇現象? そんなものあるわけない」

「お前、幽霊とか信じないもんな、でもほんとに起きるんだ」

「ふーん、じゃあ、お前の家に行った時、確かめてやるよ」


 そして三日後の日曜日。

 俺は城坂の家に招待された。


「お邪魔します」


 と言って城坂と共に家に入ると、玄関に彼の父親らしき人が来た。


「おお、君がかずなりの友達か。よく来たね、私は父のかずひらです。どうぞ中へ」


 城坂の父親によってリビングに案内される。


 リビングはなかなかの広さだった。十畳以上は軽くありそうだ。部屋の中央にテーブル、そしてそれを挟むようにソファが置かれていた。

 右の角にテレビスタンドがあって、その上にはテレビとゲーム機とデスクライトが置かれている。

 ゲーム機とデスクライトの電源コードがテーブルの下にあるタコ足配線まで伸びていて、危うく踏んづけそうになってしまった。


「こんにちわ、高島君、君のことはかずなりから聞いているわ、息子がお世話になってるわね」


 ソファに座っていた城坂の母が言う。隣には彼の姉らしき人物がいた。


「あ、いえ、こちらこそ、お世話になってます」


 彼の母に向かってぺこりと頭を下げると、今度は姉の方が声をかけてきた。


「こんにちわ、姉のえみです。私は弟から高島君の話は聞いていたけど、実際に会うのは初めてだよね」

「あ、はい、高島たかしま光也みつやです、今日はよろしくお願いいたします」

「そんなかしこまらないでいいわよ」


 なんて姉のえみさんに苦笑して言われる。

 優しそうな人だと思った。

 そこで、俺は一つ思い出したことがあった。


「そうだ、おまえに借りていた漫画を返したいんだけど」

「ああ、そういえばお前に貸していたな、俺の部屋まで来てくれ」


 そして城坂と共に廊下に行き、玄関の近くにある彼の部屋まで案内される。


「あの本棚に入れてくれ」


 城坂が部屋の端に置いてある本棚を指差す。

 バッグから出した本をそこの棚に入れていると、棚の上にある写真立てが目に入った。

 そこに入れられている写真には、五人の人物が写っていた。

 城坂、城坂の姉、父、母、そしてもう一人の一番背が高い人は兄だろうか?


「この人はお前の兄か?」

「ああ、三つ上の兄だ、今はここにいないけど」


 三歳上となると、大学二年生くらいか。都会の大学へ進学して今は一人暮らしでもしているのかな?

 本を返し終わり、再びリビングへ戻ると、誕生日パーティが始まった。


 俺と城坂が隣りあって座り、向かい側の左端から順に、彼の父、母、姉が座っている。


 城坂がホールケーキに立てられたロウソクの火を息で消すと、皆から誕生日おめでとうと祝いの言葉がかけられる。

 彼はなぜだかあまり嬉しくなさそうにありがとうと苦笑しながら言った。


 なんでだろう?


 疑問には思ったが、テーブルに並べられているごちそうを前にしたせいか、あまり気にならなかった。

 お寿司やローストビーフやピザなどがたくさん置いてある。


「ねぇねぇ、かずなりは学校ではどんな感じなの?」


 ピザを食べていると、彼の姉からそう訊かれたので、正直に答える。

 

「真面目で成績優秀で、顔もいいので、皆の人気者ですね」

「えーほんとー、家ではけっこうだらしないのに」

「ちょっと、姉貴、あんまり家での俺のこと高島に言わないでくれよ」


 そんな姉弟の会話に皆あははと笑う。

 和やかな雰囲気で、何か起きそうな気配などまったくしなかった。

 しかし、それは突然起きた。


「いやー、おいしいなぁ、このサーモン。私は寿司はサーモンが好きなんだが、高島君は何が好きだ?」


 なんて城坂の父がサーモンを食べ終えた後、右手をズボンのポケットに入れてそう言った時、急に部屋が暗くなった。


「うそ、誰もスイッチを触ってないのに、照明の電気が消えたわ!」


 城坂の母が怯えた表情で言う。

 そこで、思い出す。

 ああ、そういえば怪奇現象が起きると言っていたな、と。


「ちょっと待って、今明るくするから」


 そう言って城坂の姉が自身のスマホのライトをオンにし、画面も最大限に明るくした。

 これでテーブルの周りだけは少し明るくなった。

 その間にも部屋の証明の電気が点いたり消えたりする。


「やはりそうだわ、ここにはきっと幽霊がいるのよ! これは幽霊の仕業よ!」


 なんて城坂の母が体を震わせながら言う。


 その時、唐突にどこかから、ドタドタドタドタドタ! と誰かが走り回る足音が響きだした。


「ヒィィィィィィ、なにこの足音、誰も走ってないのに!?」


 甲高い声で悲鳴を上げる城坂の母の肩に父が手をポンと置く。


「さなえ、落ち着くんだ、かずなりの友達も来てるんだぞ!」

「そ、そうね……」


 城坂の母が心を落ち着けようとしたのか、お茶が入ったコップを手に持ち、それを飲もうとする。

 だが、その手がぶるぶると震えていたため、コップを落としてしまった。


「あ! あらやだ、ごめんなさいね」


 テーブルの下に落としたコップを城坂の母が拾おうとした、その時――


 がたん、ごとん!


 となぜか部屋の角にあったテレビスタンドから、ゲーム機とデスクライトが立て続けに床に落ちた。


「ヒィィィィ、なによこれぇ、なんで急に落ちたの!? 前々からこの家、怪奇現象が起きていたけど、やっぱり幽霊がいるの!? もういやああああ!」


 城坂の母が震えながら悲鳴を上げると、城坂とその姉と父が「落ち着いて」と必死に宥めだした。


 彼女のようにあからさまに怯えてはいなかったが、俺も内心ではその怪奇現象の数々に動揺していた。


 なんだこれは?

 本当に怪奇現象が起きたのか?

 幽霊なんていないと思っていたが、まさか本当に……


 いや、本当にそうか?

 思い出せ、その怪奇現象が起きていた時、どういう状況だったのかを。

 そして数分ほど黙考して、気づいた。


 そうか、わかったぞ!

 そう考えればこの怪奇現象に説明がつく。

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