オドロ三号
「すぐにテレビを点けて!」
「はいっ!」
幸恵の指示を受け、敦が傍にあったリモコンでテレビを点ける。
そのテレビは幸恵達がいる此処――――オドロ研究施設に備え付けられたものだ。研究施設は国によって、オドロ二号が熊本を襲撃してすぐに突貫工事で建てられた。多くの自衛隊員も駐在しており、機材の搬入や整備をやってくれている。それでも現状ほぼプレハブ小屋であり、将来的には熊本県の某大学に移設予定だ。
つまり仮設の建物であり、主な役割はサンプルの保管と簡易な研究。テレビも念のため設置されていたもので、お世辞にも良品ではない。
しかし仮でもなんでも置いておかなければ、今回の『問題』を遠くから見る事さえも出来なかっただろう。
「……! 映りました!」
リモコンで電源を入れられたテレビは、ある映像を映し出す。幸恵だけでなく、同じ部屋にいる研究員、そして自衛隊員達の視線も集めた。
それはテレビ報道ではない。このテレビに映るのは自衛隊が撮影したものだからだ。即ち今映し出されているのは、出撃中の自衛隊員が記録している生の映像。
リアルな現場の、報道よりもずっと臨場感のある『現実』だ。
【こちら第二小銃小隊! 現在応戦中! 三号の動きに変化なし!】
【迫撃砲の効果なし! 空爆支援を求む!】
【空爆効果なし! 残弾なし! 一時帰投する!】
映像からは自衛隊の無線と思しき、数々の声が聞こえてきた。いずれも逼迫した、緊張感のある声ばかり。
そして映し出される巨大物体――――オドロ三号の姿。
自衛隊のヘリによる撮影だろうか。空中から撮影されるそれは、事前に聞いていた情報が正しければ、熊本の都市部を進んでいた。全長は約百六十メートル。一号や二号よりもやや大きい。
そして一号とも二号とも異なる姿をしている。
まず四つん這いの体勢をしている。そしてその四肢は、今までよりも明らかに『発達』していた。太いだけでなく長さもあり、明らかに腕と脚だと分かる。特に下半身の発達が著しい。一号ではろくな形にならず、二号でも精々ゾウのようだったのに、今では肉食獣を彷彿とさせる屈強さとしなやかさを両立させていた。
背筋もより洗練されていた。オドロ二号では真っ直ぐ伸びていた身体は、緩やかなS字のようなカーブを描いている。イヌなど四つ足の脊椎動物に見られる構造だ。走った際の衝撃を分散するための仕組みである。
頭はやや小型化していた。二号よりも更にイヌの似た形になっている。口は一層精密な構造となり、目や鼻、耳がない以外はほぼイヌのそれだろう。
全体的に見てもイヌのような姿だ。身体はやはり黒い泥状の、恐らくヘドロと思われるもので出来ているが……一号や二号と異なり、もう表面は剥がれ落ちていない。
そして変化は見た目だけでなく、行動にも現れている。
【ゴボォオボォオオ!】
一号や二号も出していた、泡が混ざったような声。
おぞましい雄叫びを上げながら、オドロ三号は都市部を駆け抜けていく。
そう、三号は走っているのだ。
フォームは本物のイヌと比べて、かなり不格好。今にももつれて転びそうなぐらい、身体が左右に揺れている。足が地面に付く度、衝撃を上手く流せていないのか大きく前のめりになって、慌てて頭をもたげてバランスを取ろうとする有り様。
ハッキリ言って、ちゃんと走れているとは言い難い。二歳児の全力ダッシュぐらいの不安定さだ。だが百六十メートルもの巨体が、曲がりなりにも走りのフォームをしている。
そこから生み出される速さは、時速二百キロは出ているだろう。戦闘機以外の乗り物では、この不器用な怪物から逃げ切る事さえ出来ない。
「また、適応している……やはりオドロは出現の度に肉体を改良しているみたいね……!」
三度も確認出来れば、確信しても良いだろう。
明らかにオドロは陸上での活動に適応しつつある。一度目は辛うじて上陸し、二度目は歩行するに至った。そして三度目で不安定ながらも走るようになったのだ。まだ一週間も経たないうちでの急速な変化だが、同時に着実な進歩でもある。
もしかすると過去には、上陸自体失敗していたのかも知れない。一号が上半身だけしっかりしていたのも、改良がまだ途中だったからか。
しかし、そう考えると――――
【攻撃開始!】
思考していた幸恵を現実に引き戻したのは、テレビから聞こえてきた自衛隊員の勇ましい雄叫び。
映像では、無数の爆発が起きていた。どうやらオドロに対し、様々な攻撃が行われているようだ。
オドロ二号に対しては、ミサイル攻撃で十分効果があった。戦闘機が積んでいるミサイルの威力がどれほどか幸恵はよく知らないが、少なくとも
オドロは巨体であるが、その身体は
訳がないのに。
【ゴボォボボボッ! ボボォオオオ!】
オドロ三号は、平然としていた。
無傷ではない。無数の爆発から飛び出した身体には、大きな傷跡が出来ている。だがオドロ二号ほどの大きさはなく、ほんの少し凹んでいるように見える程度。
明らかに防御力が向上している。
恐らくこれも『改良』の結果だ。前回上陸時に受けた人間側の攻撃を学習し、対抗策を練ってきたのだろう。一体どんな対策をしたのかはさっぱり分からないが、結果としてダメージは大幅に減少しているのだから成功したのは間違いない。
そして僅かに出来た凹みさえも、たちまち塞がっていく。
再生というよりも、周りのヘドロが集まって傷を塞いでいるようだ。だからこそ治りは早く、目視で回復が確認出来る。
身体の質量が有限である以上、再生能力など時間稼ぎに過ぎない。だが時間があれば、オドロは『目的』を達成出来る可能性が上がる。
【ゴボ、ゴボボボボ!】
圧倒的な身体能力を見せ付けるように、オドロ三号は猛然と大地を駆ける。道路は踏み荒らされ、建物は次々と破壊されていく。
しかしオドロ三号の目的が人口密集地への攻撃でない事は、都市部をただ通過するだけの姿からも明らかである。
加えて一直線に進むという事は、既に目的地は定まっているのか。
「オドロ三号の進路は!?」
「二号と同じです。出現場所、辿る道順まで含めて」
幸恵が近くにいた自衛隊員に尋ねれば、予想通りの答えが返ってきた。
やはりオドロは阿蘇山……火山を目指しているらしい。
最短距離の一直線。下手に迂回などの策を要するよりも、最速で向かうべきとオドロは判断したのか。その作戦は難なく成功しそうだ。
猛然と走るオドロ三号は、いよいよ阿蘇山の近くまでやってきたのだから。
「住民の避難は?」
「阿蘇山近隣では、オドロ三号出現の一報を受けてすぐに実施しています。飯海主任が事前に火山襲撃を予測していたお陰です……ですがオドロ三号の速度が予想以上に速く、市民全員の避難は困難かと思われます」
「っ……!」
自衛隊員の無慈悲な報告。犠牲者が出るかも知れないという想いから、幸恵は唇を強く噛む。
とはいえこれは仕方ない。
オドロ三号がここまでの速さで大地を駆ける事も、オドロ二号出現からたった三日で現れる事も、どちらも最悪のケースだった。阿蘇山近隣住民に防毒マスクの配布などを政府に進言したが、閣議決定前に現れてはどうにもならない。民主主義国家で一つの政策を実行するのに、三日というのはあまりに短過ぎる。
【ゴボ、ボボボォオボボボ!】
ついにオドロ三号は阿蘇山周辺――――巨大なカルデラ内へと侵入する。
阿蘇山は数万年前に、破局噴火と呼ばれる大規模な噴火を起こしている。その凄まじい破壊力によって周辺地域は粉砕され、巨大で平坦なカルデラ(噴火によって出来た窪地の事)が形成された。阿蘇山近隣の町は、そのカルデラの内側に存在している。
オドロ三号は家々を踏み潰し、更に勢いよく進んでいく。自衛隊のヘリや戦闘機の攻撃では、最早スピードさえ衰えない。瞬く間に阿蘇山近くまで迫り、あと一歩で登山と呼べるだけの山道に踏み入る。
瞬間、オドロ三号は減速を始めた。
急な減速ではなく、徐々にスピードを落とす動き方だ。速度が低下した分、自衛隊の攻撃はより当たるようになっていたが、相変わらず平然とした様子を見せている。自衛隊の攻撃によって弱り始めた、という訳ではなさそうだ。
やがてオドロ三号は完全に停止。足下をじいっと見つめるような体勢で棒立ちする。
【オ、オボ、オオォォオオォ】
そして唸るような声を吐き出しながら、身体を大きく膨らませていく。
急激に、それこそ空気を注入するかの如く勢いの良い膨張だ。瞬く間に三百メートルはあろうかという物体へと変容し、イヌのような外見は丸い風船型になってしまう。
自衛隊は攻撃を中止した。ここまで肥大化したなら、もう次に何をするかは分かっている。今更攻撃したところで、それは限界まで膨張した風船が自然に破裂するのを待つか、或いは針で突くかの違いでしかない。それよりも巻き添えを避けるため、退避するしかない。映像を撮影しているヘリも、急旋回して後退を始めた。
ましてや遠くから映像を見るだけの幸恵に出来るのは、市街地にいる市民の避難が少しでも進んでくれと祈る事だけ。
その祈りを嘲笑うように膨張したオドロは――――爆発した。
【ぐわっ!】
【ふぶっ!?】
爆発の余波を受けた、自衛隊員達の呻きだろうか。映像内で聞こえる通信に、呻き声が混ざる。
映像に至っては一時途切れてしまったが、再度映し出された時に見えたのは、山体近くから噴き上がる巨大な『キノコ雲』だった。
オドロ三号は、やはり爆発したらしい。
ヘリはかなり離れた位置にいた筈だが、衝撃波を受けて大きく揺さぶられたようだ。幸い、墜落はしなかったが。
オドロがいた場所から数百メートルの範囲は、ヘドロがびしゃりと広がっていた。土石流のような勢いで飛んできたであろうヘドロによって、建物は何もかも薙ぎ払われて平地になっている。それよりも遠くは、建物は無事だが……爆発によって飛んでいたヘドロが次々と落下。まるで爆撃のように市街地を破壊していく。
あまりにも不潔で、おぞましい破壊だ。
そして追撃とばかりに白い煙が無傷の市街地に流れ込む。オドロ三号から溢れたガス、恐らく硫化水素だ。白く見えるほどの濃度となれば間違いなく一呼吸であの世に旅立つ事になる。
あのガスの中ではいくら自衛隊員でも簡単には救助活動を行えない。ボランティアや消防隊員がいくら集まっても、防護服がなければ立入禁止だ。ヘドロ自体の除去もせねばならず、下手な災害の何倍も時間が掛かる筈。爆発地点から十数キロ圏内で、生存者は一人として見付からないだろう。
「……………」
いたましい、という言葉では到底足りないほどの惨状。あまりの酷さに、幸恵は言葉が出てこなくなる。
だが悲しみや恐怖に暮れている場合ではない。
「みんな! 三号のサンプル回収に向かうわ! 動けるメンバーは可能な限りサンプル集めに同行して! 自衛隊員の人達も護衛をお願いします!」
「了解」
幸恵の指示に、人間よりも細菌が好きと公言する賢治は淡々と答える。
人間味のない人格も、こういう非常時では頼り甲斐がある。他の研究員や自衛隊員も遅れて反応し、やや鈍いながら動き始めた。後は自力で準備ぐらいはするだろうと考え、幸恵は別の面に思考を巡らせる。
三号が見せた行動の『意味』、その考察だ。室内にいる自衛隊の中でも、階級の高い者達を集めて話し合う。
「やはりオドロは阿蘇山を目指しています。三度もやれば間違いない。奴等には活火山を目指す性質があるようです」
「作戦部隊が観測した、オドロ三号の進行ルートが分かりました。二号と全く同じ道を進んでいます」
自衛隊員の提示した資料には、オドロ
二号と三号の進行ルートを記した地図があった。確かに指摘通り、全く同じルートを辿っている。
「あまりにも機械的な動きです。やはり兵器として、何処かの国が派遣しているのではないでしょうか」
「私も同じ意見です。二号の時よりも格段に向上した防御力、そして走力は、生物の適応進化の範疇ではないと考えます」
自衛隊員達は次々と意見を述べていく。
どうやら彼等の中では、オドロは兵器という説が信憑性を増しているらしい。
確かにその考えに一理あるとは幸恵も思う。彼等が言うように、二号と三号の進行ルートにほぼ差がない事、自然淘汰を基本とするダーウィニズムでは説明出来ない体質改善の速さは、人工物でなければ説明出来ない。
「確かにそうかも知れませんが、いくらなんでも欠陥の質が低過ぎませんか? どの問題も最初から想定可能な筈です」
だからこそ、幸恵はそこに違和感を覚える。
柔らかいヘドロの塊が地上に出れば、自重で潰れてしまう。ちゃんとした足がなければ、素早く動き回れない。そして日本国で暴れ回れば、自衛隊が出動して攻撃してくる。
こんな事、小学生でも想像出来る問題点だろう。確かに(幸恵自身自覚するところだが)研究者というのは浮世離れしていて、常識知らずな事も多い。だが兵器であれば、軍の上層部や政治家もスペックは把握されている筈だ。問題が放置されるのは些か考え難い。
「オドロの開発者がいるなら、最低限の常識さえないように思えるんです。誰も指摘しなかったのが、どうにも奇妙と言いますか」
「北朝鮮のような独裁国家が主導という可能性はありませんか? 指導者からの指示ならば、他の者達が指摘出来ないのも頷けます」
自衛隊員からの反論は、確かに尤もらしい。実例もあるだけに否定し辛い。
例えば北朝鮮では『主体農法』と呼ばれるものが行われている。指導者からの指示により、トウモロコシの連作や密植が行われ、結果収量が激減した。現代農学からすれば「最初から分かっていた結果」であるし、この結果を前にすれば農民達も失敗だと理解しているが……しかし主体農法を指示したのは、当時の北朝鮮指導部。反対者は粛清され、言論は封殺されてしまう。その結果、同じ失敗を何度も繰り返しているという。
無能な指導者では、しばしば『現実』よりも『思想』が優先される。そしてその失敗を誰も戒めず、故に繰り返される。オドロもそういった産物かも知れない。
……ならば尚更、一号と二号で上陸時に見られた三つの問題を放置していたのは何故なのか。数日で改善出来たのだから、直そうと思えば直せた筈だ。下手な失敗作を出して粛清されるより、事前に失敗を潰した方が『生存率』は高いだろうに。
「あと、どうにも気になるのは……なんで火山なのでしょう?」
日本への攻撃が目的なら、例えば東京などの大都市や、原発を狙うのが効果的だろう。
なのにオドロ達はどれも、火山目指して一直線。しかも火山近くに来ると自爆してしまう。
『攻撃』がないのも奇妙だ。仮に兵器ならば、もっと市街地で暴れるような動きをすべきではないか。ところがオドロは直進するだけ。攻撃してくる自衛隊に反撃さえしてこない。
「他にも、たった三日かそこらであの質量の物体を作り上げるのは、相当難しい……というより無理だと思います。何処かの国で、数万トンのヘドロを輸送しているとかの情報はあるのですか?」
「……我々の担当ではないため断言出来ませんが、恐らくはないかと」
「オドロに関しては米国とも協力していますが、これといった情報はありません。米国が元凶なら、それも可能かも知れませんが……」
「同盟国の土地で、恐らく開発途中の兵器を、ろくに改善出来ていない状態で、解き放つと?」
陰謀論だとしても、ツッコミどころが多過ぎる。人間の、何処かの国の仕業と考えるには不自然だ。
しかし、では自然の仕業と考えるのも難しい。この議論の中で出たように、自然淘汰や進化にしては適応が速過ぎる。
何より的確だ。生物進化はランダムな変異の中から、環境に適したものが選別される過程である。本来ならば数千体のオドロが一斉に上陸し、その中で他よりも少し遠くまで進めたもの、少し頑丈だったものが生き残って、繁殖し、そして次世代になってようやく「自衛隊の攻撃にちょっと耐えられる」生き物が生まれる。二号のようにたった一体で、しかも自衛隊に倒されたら進化なんてしようがない。
なんらかの『意思』がオドロの変化に関与している、と考える方が遥かに自然だ。だが知性ある存在の関与を疑うには、あまりにもオドロは欠点が多い。
チグハグなそれは、ひょっとすると常識的な存在を示すのではないか。例えば――――
「(……異星人?)」
本当に、ふとした閃きの言葉。
しかしこれなら、色々と説明が付くのではないだろうか? オドロ一号や二号が地上での活動に支障があったのは、異星人の星と地球環境の差が大きかったから。自衛隊の攻撃を想定していないのは、
物的証拠は何もない。火山を目指す理由など、不明点はまだまだ多い。だが自然の生物や、何処かの国の兵器と考えるよりは、幾分説明が付く。
もし異星人の存在を示すなんらかの痕跡があるとすれば、やはりオドロを形作るヘドロか。
「(……後で大河内くんに聞いてみよう)」
細菌のついでとはいえ、最もヘドロを研究しているのは彼だ。賢治ならば、何か見付けているかも知れない。
――――オドロは着実に、『人類』を克服している。
されど人類もまたオドロを理解しつつある筈だと、幸恵は弱りそうになる気持ちを改めて奮い立たせた。
次の更新予定
汚泥怪獣オドロ 彼岸花 @Star_SIX_778
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