吸血鬼の朝は早い

きのはん

第1話 吸血鬼


 雨の降る晩となりました。洋三郎ようざぶろうさんとお会いする約束のあった日は。

 そう、知る人ぞ知る、されどその知る人も時の流れと共に少なくなったと思われる旧友の洋三郎ようざぶろうさんにお会いする日です。そう、洋三郎ようざぶろうさんです。知る人の言う所、吸血鬼きゅうけつきであるという。

 今日明日きょうあすが、晴れの予報が続く日であったなら、私は新幹線の時刻と併せ、出先の土地へ乗り換える何本かの電車やバス、それらの運行も考えて早目に家を出て、鈍行の方に乗り換えて車窓からの景色を眺めていた事でしょう。駅弁を使っていたかもしれませんね。流れていく窓の外の風景とお弁当の具材を見比べたりしながら。そんな風に余裕を持って晩の約束まで時を流して、ふるい友人に会いに行く。それは何気なく、だからこそ素晴らしい時間の過ごし方となった筈です。

 ですがその日、今日なのですが、お天気は、生憎あいにくの雨でした。天気予報では、このさき三日は降り続くでしょう、と。

 ですから私はお電話でタクシーをお願いして家から離れた大きな駅まで向かい、その場で買った乗車券と特急券を改札に通し懐に納めて新幹線に乗り、降りた土地の乗り場でまたタクシーの客となり、友人の家まで着けて貰う事に致しました。雨は、あまり好きではないのです。移動の過程を味わえる気分にはなりません。新幹線の中でも、私は売店で買った薄いサンドイッチを少しばかり口に入れただけで、雲に覆われた暗い空と降る雨で景色や駅弁を楽しむような行程にはなりませんでした。

 とはいえ、向かう行程から予想していた楽しみが消えたとしても、その道すがら私の心は思いに満ちていたのです。何せ洋三郎ようざぶろうさんと再会するのですから。しょっちゅう会える訳でも無い旧友と顔を合せる事ができるのです。再会、という言葉が適切とはならないのかも知れない位に度々たびたびご連絡はする間柄ですし、現在はお手紙や電報、お電話以外にも電子メール、それから機械の操作に戸惑いも有りますがチャット機能を有する端末でのやりとりなども可能ですので、そういった新しいものに触れながら近況はお互いに伝えあっているのが昨今の関りです。思えば便利な時代になったものです。それでも、直接にお会いしてお話し出来ると思うと、それはまた格別の喜びでした。

 洋三郎ようざぶろうさんは、この時代、今を生きる事をどのようにお考えなのでしょうか。

 これに関しては、是非顔を見てお互いに膝突き合わせて、いえ、膝突き合わせて、とまでは申しませんが、直接にお会いして聞いてみたい事柄の一つでもあります。

 そのようにお話ししようと考えておいた事ほど、いざ会って見ると別れ際になるまで聞く事を忘れてしまう、というのも常ではありますが。

 思い出す限り、会ってお話しする事は大抵たいてい深い意味の無いお話ばかりになるものですので、そう、だからこそ今回は決めていたのです。これまでお会いした際には話題として切り出す事を忘れていなかったのだとしても、いざその場では控えてしまって会話の中身とすることの出来なかった洋三郎ようざぶろうさんへの、もしかしたら気分を害する踏み込みとなってしまうかも知れない過去や特別な事情のお話を。

 吸血鬼きゅうけつきであると。人の言う、その真偽。それにまつわるお話や、私からの疑問に思えていた所などを会話の中心に出してみよう。そのように決めて来ていた訳です。


「着きましたよ。住所だと、この辺りで宜しいですかね。それとも、この坂道をもう少し入りますか」

 タクシーの運転手さんに掛けて頂いた声で、私は心の中から目の前に映るものへと、意識を向け直しました。

 タクシーのフロントガラス越しには、左右に門柱だけが立ち、引き扉や仕切りのない坂道への入り口が雨の中、ライトの光りに照らされておりました。

 ええ、ここ先にあるのが長年の友人である洋三郎ようざぶろうさんのお屋敷です。過去にも何度か訪れていましたし、いずれの時も今と変わらず陽の落ちた時間に約束してお会いするのがつねでしたから、

「ありがとう。ここまでで結構ですよ」

 と運転手さんにお礼を述べて運賃をお支払いすると、開いた車の扉から傘を突き出すようにしながら地面に足を着け、傘を開いてから暗い足元にも怪我の無いようにと持って来た懐中電灯で坂になっている門から先の地面を照らしてみてから走り去っていくタクシーを改めて見送ると、右側の方の門柱に近付いて古びたインターフォンのボタンを押し込んで、

「こんばんは。山見やまみです。いま門の前に着いた所です」

 と門柱に語りかけるようにまず小さめの声で伝え、一呼吸ひとこきゅうおいてからもうひとつ大きな声を意識して出し、

「こんばんは。山見やまみです。いま門の前に」

 とまで再び声にした所で、

「はい、こんばんは。そのまま入ってくださいよ」

 と洋三郎ようざぶろうさんの聞き慣れた声がインターフォンから返ってきましたので、そこで左右の柱の間にある、車一台以上は通れそうな敷地の入り口に踏み込んで、お屋敷に続く坂道を上り始めました。

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