第1章|桜の校門(前編)
第1章|桜の校門(前編)
春の光が、校門の桜を淡いピンクに染めていた。朝の空気は冷たくも澄んでいて、陽菜は制服のスカートを軽く押さえながら歩いた。卒業式が終わった帰り道。いつもなら賑やかな声が響く通学路も、今日はどこか静かだった。
「陽菜、こっちだよ!」
振り向くと、海翔が笑顔で手を振っていた。短く切った茶髪が朝日を反射し、まぶしく光っている。陽菜は軽く手を挙げ、少しだけ頬を赤らめた。
「海翔、写真撮るからもう少しだけ待ってて」
莉奈がスマートフォンを取り出し、無邪気に笑った。明るい笑顔に、陽菜の胸が少しだけ締め付けられる。今日で、この制服で一緒に笑うのも最後だと思うと、言葉に詰まった。
「ねえ、みんなで一枚撮ろうよ!」
蓮は少し離れた場所から声をかける。表情は冷静そのものだが、瞳の奥に微かな緊張が見え隠れしていた。奏は少しだけ俯き、手元のバッグの紐をぎゅっと握りしめる。
「はい、笑って!」
莉奈がカメラを構え、無理やりみんなを集める。ぎこちなく肩を寄せる陽菜と海翔。蓮は腕を組み、遠くを見るような目線を合わせない。奏はやさしい微笑みを浮かべるものの、その瞳はどこか遠くを見ていた。
「せーの!」
シャッターが切られる音とともに、桜の花びらがふわりと舞い落ちる。陽菜はその瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じた。
「やっぱり、今日でおしまいだね」
海翔の声は、いつもより少し低く、震えている気がした。陽菜は黙ってうなずく。言葉を交わさなくても、同じ気持ちを抱えていることが伝わる。
「ねえ、陽菜……大学、楽しみ?」
莉奈の声に、陽菜は一瞬はっとして振り向く。心臓が早鐘のように打った。将来への期待よりも、離れることの不安が大きくのしかかる。
「うん……楽しみ、かな。でも、ちょっと怖い」
陽菜は小さく息を吐き、手を握りしめる。未来が遠く、手の届かない場所にあるように感じられた。
「私もだよ。地元を離れるの、想像以上に不安だし」
莉奈が目を伏せ、指先で桜の花びらをそっと触る。海翔は黙ったまま、肩を少し落とした。
「陽菜、俺……なんだか、言えないことばかり増えてくな」
海翔の声が途切れ、空気が一瞬だけ静まり返る。陽菜は何も言えず、ただ彼の目を見つめる。言葉にできない想いが胸の奥で渦巻く。
桜の香りが風に乗り、すぐそばまで漂ってきた。華やかな春の匂いに包まれながらも、心の奥底には小さな寂しさが芽生えている。卒業式の余韻と、別れの実感が静かに押し寄せる。
「じゃあ、行こうか」
奏の柔らかい声が、少しぎこちない沈黙を切った。陽菜はうなずき、深呼吸をする。今日が終われば、すべてが変わる。それでも、歩き出さなければならない。
桜の花びらが再び舞い落ちる。校門をくぐり、陽菜は一歩踏み出す。振り返れば、笑顔や涙が入り混じった仲間たちの顔が、春の光に照らされて揺れていた。
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