身体関数の証明
ちびまるフォイ
私が考えている理由はきっと別にある
著名な数学授与式の前日に事故る。
そんな不運な数学者は自分だけだろう。
いまや授与式で表彰状を受け取ることもできない。
ただ眼球を動かすしかできないイモムシだ。
いっそ殺してくれとさえ思う。
ああ、以前のように体を動かすことができたなら。
そもそも以前の私はどうやって体を動かしていたのか。
どうやって指先を操作していたのか。
どうやって口を動かしていたのか。
もう思い出せない。
人間の身体は電気信号の応答により動作している。
いわば優れたコンピューターだ。
私のコンピューター本体はすっかり壊れてしまったが、
思考というソフトウェアは今も存在している。
なんとか動かせないものか。
幸いにも時間は腐るほどある。
死ぬまでの時間潰しに考える命題としては十分じゃないか。
どれだけ時間が過ぎたかわからない。
それでも私の身体関数式の研究は進んでいる。
「あ。あ……あ」
身体関数に特定の値を入れることで口や喉が動いた。
本来の発生させたい言葉とは別だが、発声できたことが大きな進展。
喉と口、舌の動きをヘルマンホルツ演算子に置き換えて、
KH2密度転移変換の数式をかけ合わせれば誤差修正ができるはず。
なんて発見だろう。
人間の身体は脳が具体的な命令を出しているのではない。
X=2のとき、鼻をほじるというように。
脳から出されている定数値を関数式により体を動かしているのだ。
人間の身体は100%の力を発揮できないとはいうが、それは違う。
単に脳から出力される値の幅が足りてないだけなのだ。
X=100のとき、華奢な女性が象をかつぐことだってできる。
脳にリミッターなど最初から無い。
あったら、全身不随の私が声を発することなどできないのだから。
それからも脳内での数的解析と、体での実地テストは進んだ。
そのかいあって、体はついに自由を取り戻す。
「こんにちは」
「おお!? か、患者が動いたぞ!?」
「もう大丈夫です。体の動かし方も関数式で証明できました」
「なんかワケわかんないこと言ってる!!」
大怪我した数学者の軌跡の復活はニュースになった。
さまざまなメディアが押しかけるが興味はない。
私はこの美しい「身体関数」を早く論文にしたいのだ。
身体関数を持ってすれば、人間の体がどう動くのかを数字で証明できる。
医療現場はもちろん、教育現場などにもきっと活かせるだろう。
今はまだ私の頭にしかとどまっていないこの関数式。
これをよりおおっぴらに公開して世界を一歩先に進めるのだ。
事故後、久しぶりに戻った我が家。
荒れ放題の部屋をそのままに机に向かってペンと紙を用意する。
時間は十分にある。
証明するべき身体関数は頭にある。
あとはただ頭の数式を紙に転写するだけなのだ。
「……待てよ」
ペンが止まる。
ペンを止めるという値を身体関数に入れたためだ。
なぜ止めるのか。
「人間の身体は身体関数により制御されている。それは証明できた。
では思考は? この考えや感情も同じなのではないか?」
それは魂を数式化する一歩だった。
身体関数は腕や足などのハードウェアを操作する関数。
一方で考えや感情を導き出すことはできない。
けれど考えてみれば思考や感情も結局は電気信号の受け渡し。
身体関数で説明できなくとも、ほかの関数式で表せるのではないか。
それができれば、つまんない番組を見ても爆笑できるし
ストレスを定数値で緩和させたり、好きでもない人を好きになることだってできる。
人間が感情に振り回されるのではなく、
人間が感情を律して制御できるのではないか。
「身体関数の証明はあとだ! 今はこの思考を関数化しなければ!」
今度は思考の解析と実践に時間が割かれる。
これを証明できるのは身体関数をひらめいた自分だけなのだろう。
その"ひらめき"すらも関数で導き出せるようになったら。
人間は新人類としてまた一歩進化するだろう。
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数年後。
モントリオール・数学・モンドセレクション授与式。
華々しい舞台に私は立っていた。
「素晴らしい数学的発見をありがとう。
君の提出した身体関数および思考関数は革新的だ」
「ありがとうございます、嬉しいです」
「その感情は思考関数的にはどういった値なんだ?」
「思考関数の x=2.5 y=0.98 です」
「なるほど、では私も同じ値を思考関数に入れてみよう。
……ほう、こういう感情なのか。わかったよ。
あんまりうれしくないんだな」
「私の目的は真実の探求にあって、表彰ではないからです」
「はっはっは。まあ受け取っておきたまえ。
こういう表彰が君の人生を歩みやすくしてくれるよ」
思考関数の証明には時間をついやした。
けして諦めずに研究した結果、ついに人間の思考を関数化できた。
誰もが特定の値を思考関数へ入力することで、
同じ感情を共有することができ、誰もがわかりあえる時代。
身体関数に値を入力することで、
同じだけの成果を出せるような平等の時代に突入する。
「数学的大発見をありがとう。さあ表彰状だ」
「はい」
「では次の抱負を聞かせてもらおう」
「抱負?」
「君のように熱心な数学の探求者が、
身体関数および思考関数の証明で満足するとは思えない。
次の証明先もすでに考えているんだろう?」
「ええまあ」
「教えてくれ。次の研究は何をはじめているんだ?」
「定数の生まれる源を探しています」
「定数の……なんだって?」
「人間の行動や思考はすべて関数による自動出力です。
その出力は定数値が入力されたものです。
では誰がその値を入力しているんです?」
「……は? それは……もちろん人間だろう?」
「いいえ、人間ではありません。
人間が値を入力するのなら、関数に入力するというため
別で入力値を入れる必要があるからです」
「せ、専門的なことはわからないな……」
「なにか外的なものにより我々は値を入力されているんです。
それを証明するのが今後の課題です」
「それは神の領域に踏み込むのでは?」
「神だって、なんらかの関数で生み出されたものです。
その関数に値を入れているものを知りたいのです」
授与式もさっさと終えて二次会もせずに部屋に戻った。
私が考えることはすべて関数式で証明できた。
だがその関数式に値を入れているのはなんなのか。
神か。
それともランダムな乱数値なのか。
わからない。
しかし思考すらも関数式で表せたのなら、
きっとこの思考にも何らかの意思や傾向があるはず。
私は今まさに神の領域を数式で紐解こうとしているのだ。
「ふふ、なんて高尚で素晴らしいものなのだ。
人間は今、もっとも高次の生物に昇華しようとしている……!」
人間のおそるべき成長と進化の入口に立っている。
私がこの扉を開けるのだろう。
定数の入力先を知ることができたなら、
全人類に同じ考えを共有して同じ行動を取らせることができる。
しかし問題は定数値にある。
思考関数を動かす値はいつもランダムで偶発的。
まるで規則性が読めず証明には暗雲が立ち込めていた。
「くそ……。ここまで来てまったくわからないとは。
やっぱり人間ではこの定数の秘密を解き明かすのはできないのか」
机につっぷして何もかも投げ出したくなった。
そんなときふと空を見上げる。
窓から見える青空には不均等な雲がたゆたっていた。
「あ……」
そのとき私の思考関数にひらめきの値が入力された。
私は関数の入力先を見てしまったのだ。
関数を動かすための値を入力しているの神じゃなかった。
それを証明するための方法もすでに解析できた。
ただそれを証明することは控えることにした。
なぜなら人間の思考入力のすべては……。
空に浮かぶ雲の形で決まっているなんて、誰も知りたくないだろう。
身体関数の証明 ちびまるフォイ @firestorage
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