祝祭

ヒマツブシ

祝祭

 勇者一行は、城で開かれた盛大な宴の席にいた。

 魔王討伐を祝う祭りが、世界中で行われている。


「やっと終わったな。なあ勇者、この先はどうするんだ?」


 仲間の一人が、酒杯を揺らしながら問いかける。


「わからないな。とりあえず田舎に帰って親父の墓参りをするよ。その後は、どこかでゆっくり暮らすかな」


「夢がないな。皇女と結婚して王様になればいいじゃないか。お前の国なら、俺も張り切って働くぞ」


「それもいいね……でも、この先の未来に、どうにも現実感がないんだ」


「魔王の言葉か?」


「ああ。『お前達の物語も、もうすぐ終わりだ』ってセリフ。どうにも引っかかっててさ」


「あれは、負ける側の言葉としては変だったな」


「……あーあ、気づいちゃった?」


「!?」


 声の主は、仲間の魔法使いだった。


「どういうことだ?」


「そう。この物語はここでおしまい。この宴がエンディングかな。…たぶんね」


「なんだそれ。まるでゲームか何かのストーリーみたいじゃないか」


「そうだよ。この世界は、誰かが作ったストーリーなんだ」


 魔法使いは淡々と続ける。


「それは、みんな同じ。あなたも、そのストーリーを生きているだけにすぎない。だから、いつ終わるかわからない。突然終わるかもしれない。


ただ、…ずっと続くことはない」


「おい、お前までどうしたんだ? せっかくの宴の最中だぞ?」


 戦士が苛立った声を上げる。


「いや、魔法使いの言う通りかもしれない」


 勇者は、静かに言った。


「ずっと考えていたんだ。やっと理解したよ。ありがとう。ここまで着いてきてくれて」


「うん。よく頑張ったね。お疲れ様」


――fin――



「はー!?

クソゲー過ぎるだろ!?」


 男はコントローラーを布団に投げつけ、モニターを睨みつけた。

 息は荒く、身体が小刻みに震えている。


「あーーー……」


 唸り声を上げながら、机の上のPCを開き、キーボードを叩き始めた。


『史上最大のクソゲー。絶対エンディングまでやるな!!』


 怒りに任せて、詳細をひたすら書き連ねていく。



 しばらくして、男はネットニュースを見て目を見開いた。

 自分が酷評したゲームが話題になっているという記事だった。


 記事によると、きっかけはネット上のあるゲーム批評。

 クソゲーと罵る熱量のある文章に興味を持った人々が次々とプレイし、感想を投稿し始めたことで、話題が広がったらしい。


「はー!?

ふざけんな!

そんなことのために書いたんじゃねえ!」


 苛立ちが収まらず、男は着の身着のまま外へ飛び出した。

 それでも怒りは消えず、頭の中はゲームのことでいっぱいだった。


 確かに、あのゲームは面白かった。

 王道ながら工夫が多く、最後まで飽きさせなかった。


――それなのに、あの終わり方だ。


 まるで、プレイヤーに語りかけてくるようだった。


 いつ終わるかわからないストーリー。

 だから、プレイヤーも頑張って自分の人生を生きろ、ということか?


「ゲームごときが、プレイヤーに説教するなよ……」


 男の身体は、再び小刻みに震え始めた。

 ポケットからタバコを取り出し、口にくわえる。


 ライターを点けようとした、その瞬間。


 視界の端に赤信号が映った。

 そして、目の前にはトラックが迫っていた。



――――――



 暗闇の中で、男を呼ぶ声がする。


「おめでとうございます。

あなたは〇〇番目の転生者として選ばれました。

特典として、自由に特別なスキルを付与できます。

ご希望はありますか?」


 男は呆然としながらも、すぐに状況を理解した。


――転生って、本当にあったのか。


 少し考え、答える。


「最強の力と魔法をくれ」


 新しい世界で、男は不自由しなかった。

 力と魔法を使えば金はいくらでも稼げるし、逆らう者もいない。


 魔王討伐の依頼も来たが、断った。

 悪がいる世界の方が、生きやすい。


 誰かを助ければ金になる。

 そんな考えで、悠々自適に暮らしていた。


 だが、男への反発は少しずつ村人たちの間に溜まっていった。

 やがてそれは広がり、男自身が討伐対象となる。


 屈強な兵士たちが差し向けられた。


 最強の力と魔法を持つ男は、難なく撃退した。

 しかし、それも次第に面倒になり、人里から奥へ奥へと離れていく。


 そして、いつの間にか――

 男は新たな魔王として君臨していた。


 退屈な日々が流れる。

 生きることに、飽きていた。


 刺激はなく、ただ生きているだけ。

 衰えない身体と、無駄に過ぎていく時間。


 これほどの拷問があるだろうか。


「いっそ、この世界を滅ぼすのもありだな」


 そんなことを考えていると、何度目かの勇者が現れた。


「また勇者か。次から次へと、変わり映えしないな」


 だが、今回の勇者は違った。


 最強の力と魔法を駆使しても、確かなダメージを受ける。

 戦士と魔法使いとの連携もあり、戦況は立て直せない。


「うわあああ……」


 ついに、魔王の終わりが訪れた。


 男は、安堵とも寂しさともつかない、不思議な感情に包まれていた。


 転生前。

 転生後。

 そして、魔王となった自分。


 無茶苦茶な人生だったが、終わってみると味わい深い。


――悪くない人生だったな。


 ふと、すべてを理解する。


「そうか。俺は、このために生かされてきたのか」




 クックック、と悪役らしい笑い声が漏れた。




 さあ、今こそこのセリフを言う時だ。

 すべてはこのためだった。

 これが最後だ。




『お前達の物語も、もうすぐ終わりだ』










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