除夜の鐘【カクコン11お題フェス③】
🐉東雲 晴加🏔️
除夜の鐘
『大晦日、鐘を鳴らしに行かない?』
恋人からそう誘われた私は、二つ返事でその誘いにのった。
仕事が忙しすぎて、今年はクリスマスが平日だった事も理由の一つだけれど、クリスマスに予定していたデートは立ち消え。仕事納めも三十日と、年末ギリギリもいいところだ。パソコンのブルーライトにさらされた目がしみる。
もう付き合って三年になる彼に、年越しデートに誘われれば断る理由など何もないだろう。
(よかった。あんまりに忙しすぎて呆れられたかと思っちゃった)
年末の予定は散々だったけど、新しい年を一緒に迎えられるなら、来年はいいスタートが切れそうだ。
そう思いながら彼の迎えを待っていると、予定していた時間ぴったりに彼が車で迎えに来た。
「おまたせ」
グレーのダウンジャケットを着た彼が穏やかに微笑む。
私は昨日までの疲れが吹き飛ぶ様な気がして、弾む気持ちで助手席に乗った。
「……」
けれど、どういうことだろう?
どこかの寺院に向かうと思っていた彼の車は、思っていた道を外れてどんどんと街から離れていく。そのうち車は高速道路に乗り、見える風景からは灯りが消えて左側には真っ暗な海が見えてきた。
「ちょ……! 鐘を鳴らしに行くんじゃなかったの!?」
訝しげに尋ねる私に、彼は「そうだよ」と前を向いたまま静かに笑うだけだった。
どう考えてもこちらの方向に有名な寺はない。困惑する私をよそに、車は高速を降りると夏は海水浴で賑わう海浜公園の駐車場に止まった。
夏は人でにぎわう浜辺。
けれど今は冬でしかも深夜だ。浜辺は真っ暗で人気もなく、不気味としか言いようがない。
いやいやいや! 怖い! 私、もしかして殺される!?
冷たい冬の海風が頬を叩いて寒い。
彼は「大丈夫?」と心配しながらも、私の手をひいて真っ直ぐ浜辺の方へ向かった。その手が、いつになく力が籠もっているような気がしてどんどん不安になる。
「ね、ねえ! 鐘は!? なんでこんな所に来たのよ!?」
半分泣きそうになりながら彼に叫ぶと、彼は「え? だから鐘を鳴らしにだよ」と、きょとんとして前を指さした。
そこには、ハートを模した、上から鐘が吊るされた大きなモニュメントが建っていた。
「――この鐘をさ、二人で鳴らすと、その二人はずっと一緒にいられるんだって」
恋人の鐘って言われてるらしいよ、とにっこりする彼に一気に全身の力が抜けた。
……大晦日に鐘を鳴らしに行くと言えば、普通、除夜の鐘だと思うに決まっているではないか。
なぜ、真冬の真っ暗な海に鐘を鳴らしに行こうと思ったのか。
せめて昼間にして、昼間に。
「除夜の鐘じゃないの」
がっくりと肩を落とした私に、彼はあっけらかんと言った。
「ダメだよ。除夜の鐘は煩悩を落としに行くんだろ? 俺、煩悩だらけだし、これから煩悩がないと言えない事、言おうと思ってるのに」
「え?」
眉尻を下げて情けない顔で彼を見上げた私に、彼は小さな箱を差し出して「結婚して下さい」と波の音をBGMに言った。
寒いし、暗いし、不気味だし。挙げ句靴の中に砂が入ってジャリジャリする。
彼はその言葉をここで言って、断られたらどうしようとかは考えなかったのだろうか。
けれど、私は彼のそんなズレた所が好きになったんだっけと思い出した。
除夜の鐘は一つも聞こえない。聞こえてくるのは波の音だけで。
けれど、彼の手のひらの中で光る一粒の指輪が、まるで未来を指し示す星の光のように輝いていた。
私は「来年の初詣は普通に行きたいんだけど」と言って、浜辺に建つ目の前の鐘を、百八つには足らないけれど二人でたくさん鳴らす。海風が馬鹿みたいに寒くて、暖を求めて彼の手を握った。
浜辺に響いた鐘の音は二人を祝福するように、大晦日の夜に鳴り響いた。
2025.12.31 了
除夜の鐘【カクコン11お題フェス③】 🐉東雲 晴加🏔️ @shinonome-h
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます