暗殺勇者は今宵も嗤う
茶電子素
最終話
暗殺術を極めた結果、僕は今日もまた誰かの枕元に立っている。
いや、別に殺すつもりはない。
むしろ逆だ。
ただ、気づいたら立っているのだ。癖というのは恐ろしい。
今、目の前で寝息を立てているのはパーティーの魔法使い――リリア。
月明かりが彼女の金髪を照らし静かな寝室に淡い光が落ちている。
「……また来たの?」
寝ているはずのリリアが目を閉じたまま呟いた。
「起きていたのか」
「あなたの気配は、もう慣れたわ。というか毎晩来られたら嫌でも覚えるわよ」
僕――勇者アッシュは、そっと足を引いた。
暗殺術を極めたせいで気配を消すのが癖になっている。
だが、リリアには通じない。彼女の魔力感知は世界最高峰だ。
「今日は何の用?」
「いや、特に用はない」
「じゃあ帰って」
「うん」
僕は静かに部屋を出ようとしたが
扉に手をかけた瞬間、背後から声が飛んできた。
「アッシュ、あなた本当に勇者なのよね?」
「もちろんだ」
「だったら、せめて人の寝室に立つのはやめてくれない?」
「努力する」
「努力じゃなくて、やめて」
リリアの声は真剣だった。
だが、僕はどうしてもやめられない。
暗殺術を極める過程で、寝込みを襲う訓練を延々と繰り返したせいで
寝室に立つと落ち着くのだ。
廊下に出ると城の夜は静かだった。
王城の警備は厳重だが僕にとっては散歩コースのようなものだ。
暗殺術の訓練で王城の構造もほぼ暗記してしまった。
さて、次は――。
「アッシュ、またか」
声の主は王様の寝室の前に立つ近衛騎士のガルドだった。
彼の目をかいくぐることなど造作もない。だが節度は失いたくなかった。
彼は僕を見ると深いため息をついた。
「お前、毎晩ここに来るな」
「王様の安眠を確認しに来ただけだ」
「それは医者の仕事だろう。勇者がやることじゃない」
「だが、僕は暗殺術を極めている。そしてその逆も」
「それは知ってるが、だからといって王の寝室に入る理由にはならん」
ガルドは額を押さえた。
彼は真面目すぎるほど真面目な男だ。
僕の行動は彼の常識を毎回破壊しているらしい。
「今日は入らないよ」
「本当か?」
「本当だ」
「……ならいいが」
ガルドが安堵した瞬間、僕の身体は勝手に動いていた。
気づけば王様の寝室の扉の前に立っていた。
「アッシュ!!」
「違うんだ、ガルド。これは反射だ」
「反射で王の寝室に入るな!」
ガルドが僕の腕を掴んだ。
だが、僕の暗殺術は筋力強化も含む。
軽く振りほどくと、ガルドは壁に寄りかかってバランスを取り直した。
「……頼むから、やめてくれ」
「努力する」
「努力じゃなくて、やめろと言ってるんだ!」
ガルドの叫びが廊下に響いた。
だが、王様は熟睡している。
僕が毎晩枕元に立っているせいで、逆に安心して眠れるようになったらしい。
……それはそれでどうなんだ。
ガルドに見張られながら僕は渋々その場を離れた。
廊下を歩きながら、ふと考える。
――次はどこへ行こうか。
気づけば、足は貴族街へ向かっていた。
城下町の夜は静かで灯りがぽつぽつと揺れている。
貴族の屋敷はどれも豪奢で警備も厳しい。
だが、僕にとっては庭のようなものだ。
最初の屋敷に忍び込むと当主の寝室はすぐに見つかった。
寝息が聞こえる。
僕は枕元に立ち、静かに観察した。
――この人、寝相が悪いな。
布団が半分床に落ちている。
寝言も多い。
「……税金……もっと……」
寝言で税金の話をする貴族は初めて見た……仕事熱心な財務官僚?
僕はそっと布団をかけ直すと屋敷を出た。
次の屋敷でも、また次の屋敷でも、僕は枕元に立ち続けた。
暗殺術を極めた者の宿命なのか、ただの癖なのか、自分でも分からない。
そして気づけば――。
「……ここは」
魔王城だった。
どうして来てしまったのか自分でも分からない。
だが、足は勝手に動いていた。
魔王城の警備は強力だ。
だが、僕の暗殺術はそれを上回る。
気づけば魔王の寝室の前に立っていた。
扉を開けると、魔王――ディアボロスが大の字で寝ていた。
意外と無防備だ。
僕は枕元に立つと静かに観察した。
魔王の寝相は驚くほど平和だった。
寝息も穏やかで、まるで普通の人間のようだ。
「……お前、誰だ」
突然、魔王が目を開けた。
僕は固まった――だが礼節は失わない。
「勇者アッシュだ」
「なぜ寝室にいる」
「癖で」
「癖で来るな!」
魔王が跳ね起きた。
その瞬間、部屋中に魔力が満ちた。
だが、僕は動じなかった。
「殺す気はない」
「当たり前だ!寝ているあいだに殺されてたまるか!」
「殺さないよ」
「じゃあ何しに来た!」
「癖で」
「癖で来るなと言っている!」
魔王の怒号が響いた。
だが、僕は静かに頭を下げた。
「努力する」
「努力じゃなくて、やめろ!!」
魔王の叫びが夜の魔王城に響き渡った。
こうして僕の奇妙な夜は終わった。
だが、癖というものは簡単には治らない。
明日の夜も、きっと僕は誰かの枕元に立っているのだろう。
暗殺勇者は今宵も嗤う 茶電子素 @unitarte
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