年の瀬サバイバル

夢枕

無い袖は振れないの!

 大学も冬休みに入り、大掃除に取り掛かっていた。こういう時狭いマンションでよかったと思う。


 昔は大掃除も年賀状も間に合わず親に叱られていたけど今年はばっちり。流石に大学生だもんね。


 整然と仕舞われた洋服を見て自信が湧き、億劫で後回しにしていたプリント類の整理に取り掛かる。一番薄い束から手に取った時、インターホンが鳴った。


 さてはあいつだな?


 掃除を妨害することが予想されるので出たくないけど……

 ドアカメラの映像を見ると確かにあいつだった。


「まゆかー、いるのはわかっているぞ。今月返済すると言っていた金が振り込まれていないんだが?」


 借金取りの才木。二十六歳イケメンそして独身だけど性格は傲慢、最悪。

 もう少し遅いと嬉しかったんだけど、居留守を使ってもいいことないし大人しく受け入れる。


「財布見せろ、小銭まで絞り取ってやる」


「いらっしゃい。でも財布の中ほとんど空っぽだよ?」


 現在財布の中は二千と三百ちょっとしかない。けどそれを取られたら食事を抜く羽目になる。


「来月給料が増えるからさ、ちょっと待ってよ」


「いいぞ利子を百倍にしてもいいならな」


「なんでそんな今月の内の回収にこだわるの?」


「お前のせいでこんな大晦日にまで仕事させられてるんだ!今年はお前に迷惑かけられてばかりだからゆっくり休みたかったのだが……」


 そんなの馬鹿みたいな利子ふっかけなきゃいいだけじゃない。どうせゆっくり過ごすと言ったって豪華なディナーとか食べてるんでしょ。こっちなんか日持ちするおせちをちみちみ食べて三ヶ日をしのぐ予定なのに。


「これ以上返済が滞るようなら新年はとうとう体で払ってもらうぞ」


 才木お得意の脅し顔で胸ぐらを掴んできたので、それなら水揚げよろしくとからかう。


「ふん、後悔するなよ」


 何を勘違いしたのか雑に床に下ろした途端押し倒してきたので、才木の顎を突き上げて弱らせ仰向けにする。


 そしてまたがり私が優位に立つ。


「いやこれはおかしい」


「おかしくないよ」


 精神的勝利を収めると才木は諦めて私を引き剥がした。


「クローゼットの中に色々あるから売れそうな物とか抜き出してよ」


「そうか、せいぜい売れる物が見つかるといいな」


 こうなると予想してクローゼットの掃除は放っておいたのだ。

 才木は掃き清めたばかりとは知らずに服を叩き払いながら、くくくと喉を鳴らしている。

 どうしてそんな上から目線なの。足らなかったら焦りながら取り立てるしかないんだよ。困るのは才木なんだよ。


 才木がクローゼットの中身を出していく後ろで、要らないプリントをゴミ袋に入れる。


「これは売れそうだな。というよりなぜ貧乏人のお前がこんな物持っているんだ」


 振り向くと、女子大生に人気があるブランドのカバンを呆れた眼差しで見ていた。


「それ私のことチョロそうとか思ってた先輩にもらったの。それなりの物あげれば簡単に落ちる……って予想に反し、お付き合いはキッパリ断ったよ。最後に罵られたけど」


「焦らせばもっと貰えたかもしれないぞ」


 そのカバンを金目の物の分類に置きながら、クローゼットの奥に手を突っ込み、


「お、これは売れるだろ」


「あ、それは無理!」


 私は腰を低くしたまま慌てて横に並び、ひったくる。

 これは才木が普段使っているブランドの物で、最高にお気に入りなのだ。


「借金まみれの分際で何が無理だ!」


「これ才木の好きなやつでしょ……」


「仕方ないな。借金返済したら同じようなやつ買ってやるから渡せ!」


「やった!大事にしてもらうんだよ〜」


 その言葉絶対忘れない!その時才木が忘れてても強硬な態度に出て買わせてやる!ついでにお揃いにしよ!

 お気に入りのカバンに別れを告げ、プリント整理に戻った。


 そして才木の結果発表がくる。


「え〜査定した結果、三千円ほど足りないということだ。さてどう返すつもりだ?」


 仁王立ちで見下ろして圧をかけてくるけど、そもそも返すつもりなんてない。借金取りも三ヶ日は強制休みだから除夜の鐘が鳴るまでのらりくらりとかわせばいい。


「そんなことより年越し蕎麦食べない?」


「蕎麦食べる余裕があるなら金返せ」


「いや材料は買い置きしてあるから」


 そう説明すると渋々ソファに座りくつろぎ出した。

 私はこれ以上ないくらい時間をかけて蕎麦を作った。時間稼ぎもあるけど料理下手だから普通に段取りが悪かった。


 だからなぜそんなに時間かかるんだと聞かれてしまう。

 うるさい料理ってのは難しいの。あんたみたいに外食ばっかりの人はわからないだろうけど。


 それから具が少ないとか言いつつも食べていた。才木は食べるのが遅いから、箸を置いた時間は女子の私と差がない。


 流石に食後すぐ取り立てる元気はないのかスマホを取り出して休憩していた。イヤホンも付けずに人気のお笑い番組を見ている。


 私はその間にスマホと本を連れてトイレに入り、篭城を決め込んだ。


 それに気づかれたのが十時頃。

 才木はまさかそんな古典的な方法を使うとは!出てこい目玉を潰すぞと怒鳴り散らす。


「お風呂に入らせてよ。そしたら返すかも」


「何が返すかもだ馬鹿女!時間稼ぎはもう終わりだ!」


「今年中に身を清めたいだけだってば!そんなに心配なら一緒にはいる?」


「馬鹿女め!」


 才木は捨て台詞を残しドアの前から去った。


 そしてお風呂から三十分程で出て、大きな貯金箱とともに姿を現す。

 貯金箱を持った腕を上げ下げさせたり睨み合いを続けて時間を稼ぐも十分程度で負けた。才木は中の小銭を数える。


 それでもまだ足りないんだよね。


「おい後千六百八十六円はどうするんだ?」


「もう無理だよ。ねぇ才木、来年からそういう仕事しなきゃ駄目かな?あのさ、私、初めては才木がいいなって……」


 膝を進め、見つめる。顔に熱が込み上げてきた。


「……新年になってから考え直せ。今年は相手しないからな」


 そして無言の時間が流れ……


 除夜の鐘が鳴り始める。


「あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いしますね〜!」


 しおらしさは振り捨て、あまりの喜びに口角が釣り上がる。スマホの音声も一層盛り上がっていた。


「……今年こそお前と離れたいからさっさと借金返済しろ!宝くじでも当たればいいのにな!」


「早速姫始めといかない?」


「もう寝ろ!帰る!」


 肩に手を乗せて軽く誘うとカンカンにキレて立ち上がってしまった。


「あーん止まって行きなよ、遅いし危ないよ?」


「男に言うセリフじゃないだろ!襲ってくるやつなど返り討ちにしてやる!」


 こうして私は才木に勝利し、いい気分でベッドに入ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

年の瀬サバイバル 夢枕 @hanehuta5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ