ヒューネジアの結婚

直三二郭

ヒューネジアの結婚

 九州のとある場所の廃村には、『ヒューネジアの結婚』を祝わない者には不幸が訪れる。そんな言い伝えが存在している。


 『ヒューネジアの結婚』とは何なのか。人の名前なのか、あるいは花か何かを例えていて、そう呼んでいたのだろうか。

 記録が残っていない今は、それはもう調べる事は無理だろう。


 俺が働いている雑誌の元にこの話を持ってきた人物は、古びた服を着た痩せた老人だ。


 うちはオカルト雑誌なので、不思議な話を持ち込まれたら、使えそうなら謝礼を渡す。

 珍しくもないのだ、謝礼の為にこういう話が持ち込まわれるのは。ほとんどが謝礼目当てで考えたデタラメで、これは誰にも知られないように無視をしようと思っていた。


 しかし、気まぐれに見ていた先輩には気になったらしい。『ヒューネジアの結婚』と言う言葉に。

 そんな言葉には聞いた事も覚えも無いはずなのに。それなのにその先輩は、取材も記事も俺にやらせると言い出した。


 しょうがなく調べたら、意外な事に話を持ち込んだ人は、かなり近くに住んでいた。だから連絡をとって取材をしたいと言うと、資料を持って行くから会社で話をしようと、そう提案をされてしまった。

 それは都合がいいかもしれないとそう決めて、数日後には会うことになった。


 電話で老人だと予想は出来ていたが、老人っぽくはなかった。

 会うなり彼は挨拶もなしに『ヒューネジアの結婚』について語り始める。

 驚きながらも私は録音を用意して、もう一度最初から話す事を頼んだ。

 そしてそれが、意思の疎通ができた最後の会話だった。



『もう一度だな。『ヒューネジアの結婚』は俺が住んでいた村では、昔からやっていたんだよ。俺が生まれるずっと前、室町より前からやっていたって、俺のひい爺さんから言われたな。俺がガキの時で、ひい爺さんが死ぬ前に言われたな。『ヒューネジアの結婚』を祝わなかったら、不幸になる。だから絶対に祝って、捧げろってな。『ヒューネジアの結婚』を祝うのは、村総出でやっていたどうだよ。どんなに苦しいときでも、食べ物なんかもかき集めて、戦時中でもやってたそうだ。だけどな、そんな事が国にバレたら、怒られるじゃすまないだろ? 欲しがりません勝つまでは、って時代だ。バレて憲兵までが出てきて、色々されたらしい。俺は戦後の生まれだから、詳しくは知らないけどな。それで次の年にはやらなかったんだ、と言うか、できなかった。『ヒューネジアの結婚』の時期になると憲兵が何十人も出てきて、絶対にさせなかったそうだ。暇なのかね、憲兵って。……それでまあ、不幸な事が起こったんだ、憲兵を巻き込んで。戦時中だから、空襲があっただろ。村が空襲に襲われたらしい、『ヒューネジアの結婚』を祝わなかった、その日の夜に。生き残ったのは数件で全部、こっそりと家でヒューネジアの結婚を祝っていた家なんだよ。もちろん憲兵は全滅、山の中の小さな村なのに、何で空襲したんだろうな? 『ヒューネジアの結婚』を祝わなかったからに違いない、少なくともひい爺さん達は、そう思っていたよ。だから次の年もこっそりやってたんだけどな、戦争に行ってた親父が帰ってきたら、引っ越す事にしたんだそうだ。戦争に行ってた親父は、『ヒューネジアの結婚』を祝わなくても帰ってこれた。ならここに住まなければ『ヒューネジアの結婚』を祝わなくてもいいんじゃないかって、そう思ったそうだ。実際に引っ越して、俺の弟妹も生まれた、不幸な事は何も無かった。だから親父の考えは正しかった、そう思っていたんだよ』



 一気に喋られて、録音して本当に良かったと思う。言われた事を頭の中で咀嚼して、質問をしようかと考えていると、老人の話はまだ終わっていないようだ。

 彼はさらに、言葉を続ける。興奮した態度になって。



『でもな、違ったんだ。土地は関係なかったんだ! 『ヒューネジアの結婚』を祝わなければいけなかったんだ! あの土地で生まれた人間は、その子孫は! ひい爺さんは正しかった! 十年前にお袋が死んでから、ろくな事がない! 親父から継いだ会社は倒産して、この歳で離婚された。息子は俺の会社とは関係ない会社で働いて、俺とはもう二度と会わないと言われた! きっとお袋がやっていたんだ、『ヒューネジアの結婚』を! 俺の知らない所で『ヒューネジアの結婚』を祝って、捧げていたんだたんだ! しかし死んで誰もしなくなったから、俺に不当が訪れた! だから俺はしなくちゃいけないんだ! 『ヒューネジアの結婚』を祝って、捧げないといけなんだ! こうやってな!』



 立ち上がった老人は、私に襲いかかって来た。何を言っても聞こえていないのか、私が何を言っても止めようとしない。

 老人らしい力の持ち主で、私の方がもちろん強い。だから老人の手を抑えて、

 今は、逆に老人にケガなどをさせないようにしなければならない。

 私はもちろん他の会社にいた人達も、穏便に済ませるにはどうするかを考えて、攻めあぐねていた。



『分かったんだ! お前なんだ! 『ヒューネジアの結婚』を祝うには、こうするしか無いんだ! そうすれば全てが上手くいく! 『ヒューネジアの結婚』を祝って、捧げないといけないんだ!』



 一度離れると、老人は持って来た資料を取り出した。しかしそれは資料ではなく、包丁だった。

 会社には防犯カメラが複数取り付けられいる。来賓室、と言うか会社のはじっこに作られたスペースも、もちろん録画されていた。

 だから、ここまでされたら大抵の事は、正当防衛が成立できるだろう。もっとも老人といえども包丁を構えた人間に、立ち向かう勇気が必要だが。

 警察にはまだ連絡したくない。これが老人である事もだが、全員が警察は嫌いだからだ。

 作っているのがオカルト関係の雑誌なので、夜中に行動をする事が多い。職務質問をされすぎてお互いに顔見知りになったと言うのに、誰も職務質問を止めたりはしないのだから。



『見つけた! お前だ! そうすれば! お前だけだ! 探してる時間がもう俺に——』



 突然、老人が倒れた。包丁を下にして。



『ガッ!』



 そんな言葉が、老人の最後だった。

 見えていないが、おそらく包丁が体に刺さったのだろう。床は赤い色が広がる。近くにいた俺には、そのニオイも。


 毎年やって、慣れた匂いが。


 偶然ではあったが、俺は今年も『ヒューネジアの結婚』を祝う事が出来たようだ。時期が近付いてしかし探す事が出来なくて、覚悟をしていたが。こんな事になるとは。

 本当はこの持ち込み話は無かった事にして、知られないようにこの老人に近付き、『ヒューネジアの結婚』を祝い、捧げるつもりだったのに。

 しかしこれは予想外な幸運だった。会話は全て録音されていて、話を持って来たのはこの老人だとは、言い出した先輩が証言してくれるだろう。


 誰かが警察と、救急車に連絡をしてくれているようだ。俺はもう、この場で怯えたふりをし続けた方が自然だろう。


 来年はどうしようか。


 まだ『ヒューネジアの結婚』は、祝われる事に満足していないようだ。

 いつまで俺達は祝い、捧げなけければならないのだろうか。千年以上前からやっているというのに。

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