よめかわ

ariya jun

第1話

 藤原夏基はため息をついて狭く暗い塗籠の中を眺めた。

 あかりもない暗闇の中、自分一人は物寂しい。

「できれば姫の寝所が良かった」

 そうぼやくのをみると反省の色がない。

 彼をここへ閉じ込めた男はそう怒鳴りつけるだろう。

 なぜ彼がこんなところに閉じ込められているか。

 理由は、この邸の姫に夜這いをしかけ姫の父親に見つかって塗籠に閉じ込められたからだ。

「まさか親にちくるとは思わなかった」

 夏基は目を閉じ昼に出した文の内容を思い出す。


『今宵、あなたの元へ参ります』


 そういった内容の文をこの邸の姫に送ったのだ。

 この時代、男が女の下へ通うよくある手段である。夏基以外の誰もがやっていること。

 ただ夜這いの相手が悪かった。

 東雲の内大臣家の鈴姫。

 大姫とも呼ばれるが、歌合せで彼女が詠んだ声は鈴のように愛らしく美しいということからそう呼ばれるようになった。

 しかも、前の新嘗祭にて五節の舞姫にも選ばれ、本物の天女が舞い降りたようだと評判であった。

 噂では女御入内の話も出ているとか。

 確かに伯母が帝の生母というからそういった話があっても不思議ではない。

 そして、鈴姫に夜這いに来た夏基への対応を見るにその話は本当なのだろう。

 今源氏と呼ばれる遊び人の夏基がちょっかい出したとなれば内大臣家としてはただ事ではない。帝に捧げる大事な姫を傷物にされようとしていたのだから。

「夏基」

 男の声と共に塗籠の戸が開かれる。

 光が差し込み夏基は眩しそうに目を細めた。もう朝なのだろうかと思ったがその光は男が手に持っている燭台(しょくだい)のものだった。

「おや、思ったより早く解放されるのかな」

 そう軽口を叩く夏基に男は呆れたようにため息をついた。反省の色がないのだなと非難の篭った眼差しである。

「夏基、帰るぞ」

「兄上?」

 思ってもいない人物の登場に驚いた。まさか兄が迎えに来るとは思わなかったのだ。


 藤原理基(ふじわらのまさき)。

 蔵人頭を務め、帝の信頼の厚い男である。夏基と正反対に実直なもので世間から血が繋がっていないのではと揶揄されることがある。


「なぜ兄上がここに?」

「内大臣に呼ばれたのだ。お前を迎えに来るようにと」

 早く邸を出るぞと理基はせかす。

 どうやら内大臣に早くつれて帰るように言われているようだ。

 大事な娘にちょっかい出した男なのだから当分顔も見たくないと思っているはずだ。

 理基に引っ張られるように車に押し込められる。

 まだ日が出ていない中牛車が大通りを進む。

「で、私はどうなるのです?」

 夏基は相変わらずの調子で兄に質問した。すでに内大臣より夏基の処遇をだいたいのことは聞いているはずだ。

 物語にあるようにどこぞの遠国へ流罪になるのだろうか。それとも出家させられるのだろうか。

「お前は反省というものをまず覚えろ。父上と私の顔に泥を塗ったのだぞ」

 じと目で兄に睨まれるが夏基は痛くも痒くもないといった具合である。いつも飄々として掴みどころのない不真面目な弟に理基は諦めたように先の質問に応えた。

「まずお前は山寺で謹慎だ。そこで写経の日々を送ってしっかり反省しろ」

「坊主にしなくて良いのですか?」

「……そして謹慎が解けたらお前はある姫の元へ通うように。彼女を正室に迎え大事にするというのなら今回の件は許してくださると寛大な措置をくだされた。官位もそのままで参内できる。無職にならずに済むぞ」

 これば意外だ。夏基は驚いた。

 謹慎と嫁をとれば許すとは内大臣はとてもお人よしな様子だ。

「へぇ、で……その姫というのは?」

 そんなに嫁の貰い手に困るとはどれだけの難物なのだ。

「内大臣の末の妹姫の白川殿だ」

 またさらに驚いた。

「白川殿てあの白川殿。醜聞で有名な」

「お前に醜聞といわれるなど白川殿が可哀想だ」

 白川殿というのは内大臣の父、今はなき太政大臣の四の姫のことである。

 父より遺産として白川邸をいただいたことにより白川殿と呼ばれるようになった。老後に得た娘であることからかなり可愛がっていたと聞く。

 その姫にどのような醜聞がというと四十以上も年の離れた男と恋仲になったことだ。親子程年の違い、しかも相手には姫よりも年上の息子がいる。

 都の者たちはこの二人の仲を悪しく詰った。

 そんな中男は急な病にて亡くなってしまった。姫との恋はたった一年で終わってしまったのだ。

 これに都の者たちは残された姫、白河殿をますます詰る。

 色恋に溺れた故に仏罰がくだったのだと。

 噂の姫はまだ十五。

 まだまだ若く立派な適齢期である。

 正式には男とは結婚してはおらず、だが誰も姫に手を出そうとは思わなかった。

 男が突然急死したことからその原因は姫にあったのではないかと、まるで姫を悪女のように謗るものもあった。

 内大臣はこの妹姫の処遇をどうしたものかと悩んだ。

 先の太政大臣より白川殿のことを頼むと言付かってはいたものの、これでは婿のとりようがない。

 そこで現れたのが入内を計画していた鈴姫にちょっかいを出す不届き者である。本来なら官位を剥奪して髪をぶった切って日本の端っこに飛ばしたいところだ。

 だがここでふと内大臣は考えた。

 ここで恩を売って妹姫を処分してもらおうではないかと。

 その過程を聞き夏基はげんなりとした。

「何か大人の嫌な事情ですごいいやなんですけど」

「わがままを言うな。むしろ官位も取られずこの件を伏してくれるというのだ。ありがたいことと思え」

 夏基ははぁっとため息をついた。

 内大臣に恩を売られ妹婿としてずっと飼い殺されるわけか。

「それだったら私は坊主にでもなった方がいいな」

 その方が自由きままで楽である。そんなことを言うと理基に小突かれた。

「とにかくお前は山寺で謹慎一ヶ月。方違えということにしておく。絶対そこから一歩も出るな。そして終わり次第白川殿の元へ通え。なに、手の早いお前のことだからすぐに口説き落とせるだろう」

「女性は好物ですが、用意されたものにはなぁ」

 夏基としては女性は苦労して手に入れるべきだと考えている。しかも相手が手に届かない高嶺の花と思えば思う程燃える。人妻もしかり。

 そんな彼だからこそ今まで数々の浮名を流してきたのだ。

「四の五の言うな。これは内大臣だけではない。私と父上の命令でもあるのだ」

「ほえ、父上にももう知られているの?」

「当たり前だろうが! いっそ勘当にしてやるとかんかんに怒っていたのだぞ」


 そこへ思ってもいない内大臣からの縁談の申し出である。父親はへこへことそれに従ったという。

「母上も、心配をなされているぞ」

 それを聞いて夏基はぴくりと眉を動かした。一瞬見えたのは儚げな白百合のような女性の姿。

 病がちで今は寺の方で静養して、会わなくなって久しい。

「はぁ、わかりました」

 夏基は降参と両手をあげ内大臣の命令に従うことにした。

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