第9話 公開(エピローグ)
公開ボタンの手前で、私は一度だけ指を止めた。画面の向こうにいるのは読者ではなく、複製の仕組みそのものだと知っていたからだ。けれど、引き出しにしまった紙は、しまった瞬間から私のものではなくなる。残したつもりの痕跡が、黙って別の経路に渡っていく。そのことを止められないなら、せめて順番だけは自分で決めたいと思った。私は旧版の番号と水印の癖、遅れる時計のズレ、誰もいない受付で再生されたクリック、そして「規則内」という言葉が倒した人の呼吸を、できるだけ形容を削って並べた。告発ではなく、報告でもなく、供述でもない。――公開だ。読まれることで誰かの肩に触れるのが怖いまま、それでも私は送信した。送信音は鳴らなかった。代わりに、机の引き出しの奥で紙が擦れる気がして、私は息を吸い、砂糖のざらつきが舌に残るのを確かめた。次の瞬間、画面の隅に小さな通知が増えた。「これは命令ではない。共鳴です。」私は閉じなかった。閉じても波は止まらない。だから、止まらない波の前で、せめて自分の声だけを一度、自分の順番で置いた。
踏台AI(ふみだいエーアイ) @cocoabunny
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